魔法大国は極寒ですか②
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ちなみに、懐炉に使われている鉱石はそんなに珍しいものではないらしい。
魔法陣を刻んで魔力を込めれば完成するため、値段もそう高くなかった。
俺の左手首に煌めく腕輪――そこに填まっているエメラルドのほうが高級品だ。
それから……今回の売上の一部はジェシカの両親へと支払うんだってさ。
なんでも、刻んだ魔法陣に例の特殊な塗料を塗り込むことを彼らが提案したそうで……その採用料金とのこと。
「刻んだだけの魔法陣でも十分効果が出せる程度の魔法だけれど、その塗料があるだけでさらに魔力の節約になる。つまり長持ちする懐炉ってことね。幸い、ドーン王国は魔力が濃いから魔法の効きも抜群よ」
アルミラさんはそう言って俺たちに懐炉を配り、グランから代金を受け取った。
「魔法の効きについては早く知りたかったよ……」
危うく消し炭だったんだぞとぼやきながら、俺は温かいそれを懐に入れてバフを消す。
途端にヒヤリとした空気が肌を撫で、一瞬だけぶわぁっと鳥肌が立つけれど……おお、なるほど。これは温かいぞ。
ファルーアの妖艶な笑みが向けられたから冷えたのではない――はずだ。
熱の範囲も思ったより広そうで、足先まではいかないにしても上半身は十分な温もりを享受できている。
ここに靴用の懐炉も使ったら、さぞや快適だろう――。
「うん。これはなかなかだ。老体には堪える寒さなのでな」
白い歯を覗かせて笑うのは〈爆風〉だけど……あんたは老体だろうとまったく堪えてないだろ……。
そもそも老体だなんて微塵も思えないし。
呆れて眺めていると〈爆風〉はこっちを見て笑みを浮かべた。
「言いたいことがあれば聞いてやるぞ〈逆鱗〉」
「ないない……言っても不毛だろ……」
そのとき、近くにいたグランがポツッと言った。
「戦闘になったときに高確率で『体感調整』は消すだろうよ、悪くねぇ買い物か」
「ふざけた言い方するんじゃないわ。私が売る商品に悪いものなんてないはずよ」
「い、痛ぇッ! おい、わかるだろうよ姉貴、褒めたんだよッ!」
即座に反応したアルミラさんとグランが楽しく会話するのを聞き流し、俺は緑色の怪鳥――ジェシカの両親がこっそりとジェシカに売上を渡すのを見た。
アルミラさんも、それを見越して採用したんだろう。
なんだかんだ面倒見がいいのは、やっぱり姉弟で似たのかもな。
「……そろそろ出発しよう。野営場所に目星をつけてあるんだ。森はすぐに暗くなる。話は輸送龍の上でして」
そこで彼らの話を切ったのは輸送龍を駆るカンナだ。
既に日の光が遮られた薄暗い森を、光るキノコたちが淡く照らし出している。
「そうしましょう。……それじゃあ支部長ロロカルさん、ジェシカちゃんと弟くんたち、それからこの遺跡をお願いします!」
元気よく応えたのはディティアで、ボーザックは既に皆の荷物を纏め始めてくれていた。
周りでは応援に来てくれたトレジャーハンターたちがテントを張り、小さな拠点を築こうとしている。
「それじゃあ、気をつけてくださいね。支部長のロロカルさんは連絡をお待ちしてますのでー」
「わかった。そっちも気をつけて……っと、そうだ」
俺はのほほんと言ってのける支部長ロロカルさんにジェシカの弟で俺の『友達』であるカミューに向けた伝言を頼んだ。
両親のことは引き続き調べるから任せろ。次に会ったときに新しい友達を紹介してくれ……ってさ。
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そんなわけで出発したんだけど……道中は思いのほか快適だった。
国境の町アルジャマからは馬車も多く出ていて、道が整備されていたからだ。
王都までは輸送龍を飛ばして五日ほど。馬車だと二週間はかかるという。
森を駆け、透き通った水を湛えた湖を横目に通り過ぎるとまた森……という流れが何度か繰り返されているあいだ、俺はとにかくバフを練習した。
『魔力活性』の精度を上げるためだけど――さすがに一朝一夕にはいかないか……。
ちなみに練習用の魔法陣は持っていた布に新しく描いてもらったんだ。
これなら持ち運びできるしな!
最初に比べたら魔法陣が強く光るようになってきたし、たぶん改良は地道に進んでいると思う。
ジェシカの両親にバフをかけ直すときに試しつつ、俺は王都にいるはずのシエリアのことを考えた。
暗殺者に狙われて逃げるため、トレジャーハンターとして旅していたドーン王国の第七王子。
亡き母親は俺たちの故郷である大陸出身だったそうだ。
濃い蒼の鎧に、白いマント。腰に提げていたのは少し反りのある細見の長剣――サーベルで、鞘にはこれでもかと装飾が施されていたはず。
肩に届きそうな髪は金、眼はつり上がった三白眼で冷たそうな蒼。恐い顔だけど中身は真っ直ぐで優しい好青年である。
元気にやってるかな、やってるよな。
楽しみだな、と思いながら……俺は輸送龍の背で笑みを浮かべた。
こんにちは!
今回もよろしくお願いします!