魔法大国は極寒ですか①
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そこからは早かった。
支部長ロロカルさんはなんと伝達龍を懐に忍ばせていて、連絡が届いたのか翌日の夕方には黒々とした輸送龍に乗せられ、トレジャーハンターたちがやってきたのである。
アルミラさんが投資するって言ってたからな……伝達龍を飛ばすのにも金を払ったんだろうか?
ちなみに、俺が送る手紙に関してはトレジャーハンター協会が使う輸送便や伝達龍に混載してもらっているんで……安い。
そんなわけで気になって聞いたら、伝達龍は支部長ロロカルさん個人で飼っているので無償で手配したという。
伝達龍って……たしか覚えた数カ所を行き来するしかできないんだったよな、そうすると特定の個人は一カ所の扱いってことか?
だとしたら俺たちも一匹持てば手紙のやり取りが簡単に――。
そこまで考えて、俺は思い切り眉を寄せた。
いやいや、簡単になったとして得することと言えばギルドやトレジャーハンター協会に嫌味な手紙を読ませずに済むことくらいで、費用面は微々たるもの……それはそれで嬉しいけど、まるであいつのために伝達龍を飼うみたいじゃないか!
「どうしたの? ハルト君……なんだかすごい顔してるよ」
ディティアが濃茶の髪を揺らしながら首を傾げるので、俺は慌てて両手を振った。
「いや、別に、伝達龍って高そうだなと思って!」
「伝達龍? ああ、もふもふではないけど可愛いもんね!」
「もふもふ? 可愛い? あー、うん、そうそう」
返ってきたのは思ってもいなかった内容だけど、とりあえず頷いておく。
すると、聞いていたボーザックが腹を抱えて笑い出した。
「ぶはっ、あははっ、ハルト、文通に役立つと思ったんでしょ? 満更でもないんだよね? ふはっ、わかってる、わかってるからね、俺!」
「! う、うるさいぞボーザック! 断じてそんなことないからな!」
「あははっ……あ痛ッ!」
尚も笑うボーザックの肩に一撃入れて、俺はふんと鼻を鳴らす。
ディティアを見ると、彼女は緩んだ口元をそっと両手で隠した。
「……え、ええと! 伝達龍、トレジャーハンター協会でいくらか聞いてみようか、ハルト君」
「俺の話、聞いてたよな? 笑ってるのバレてるぞ」
「えっ、あれ、えへへ……バレてましたか」
俺が即答し、ディティアがやわっと微笑んだところで〈爆風〉の声がした。
「カンナ。輸送龍で来てくれたのはありがたいが、この先も運んでくれるのか?」
「そう。一番の目的は〈白薔薇〉をドーン王国に送り届けることだからね。まだドーン王国の入口だし、王都まで行くのは想定の範囲内。山道での実践は問題なかったし、カサンドラの荷物も二の次でいい」
スラスラと応えるカンナは傍らの輸送龍の鼻面をポンと叩く。
「これは頼もしいわね。徒歩だと王都までかなりありそうだもの」
聞いていたファルーアが両腕で体を抱え込むような仕草をする。
俺はふと気が付いてバフを練り上げた。
「『体感調整』」
……そうなんだよな。
焚火の近くならいざ知らず……普通に行動するには空気が冷たい。
正直、このキノコの森に到着してまだ数日だっていうのに日増しに寒くなっていて、体の芯がこう――キンと冷えていく気がする。
夕方から夜になるとそれは更に顕著だ。指先を使う細かな作業は難しいんじゃないかな。
まあ、そんな作業はないんだけど。
「ふう……気が利くわねハルト」
「お褒めの言葉をどうもだよ。それにしても……このまま進むとなると防寒具が必要か?」
肩を竦めて言うと、ディティアが両手を合わせて擦りながら眦を下げる。
「そうだね……王都までどのくらい掛かるのかな。むしろ王都のほうが寒かったりは……」
すると……ザッと土を踏み締め、頭の後ろで長い紅髪を結った女性がビッと右の人さし指を立てて突き出した。
「当然寒いわよ。さあ、そこでこの『懐炉』が必要になるわ! 体感を誤魔化しただけじゃ冷えた体は弱るでしょう? これを懐に忍ばせて暖を取れば解決よ。靴に入れる仕様もあるわ、勿論、安くしてあげる」
待ってましたと言わんばかりの彼女……アルミラさんは手のひらくらいの平たい鉱石みたいなものを差し出す。
色は桃色がかった金色、形は長方形で角を丸めてあり、表面に刻まれているのは魔法陣だ。
いつの間にそんなの用意したんだ? アルジャマの町で仕入れたのか? それに体感を誤魔化しただけって……いや、間違いじゃないんだけどさあ!
俺がむうと唇を引き結ぶと、ファルーアが『懐炉』とやらを覗き込んで言った。
「あら――その魔法陣、古代魔法ね? 鉱石は……魔力を貯められるものかしら」
「ええそうよ。この魔法陣で熱を保つ魔法を持続させるものってところね。もっと冷え込む時期には防寒具も必要になるけれど、いまならこれで十分よ。ファルーアがいれば繰り返し使えるから持っておいて損はしないはず」
答えるアルミラさんは近くにいたジェシカの頭をポンと撫で、グランと似た豪快な笑顔を浮かべる。
「ジェシカ、商売は相手が欲しいと思うものを用意するのが有効な手段よ。すぐに必要ではなくても欲しいと思わせる方法もあるけれど、まずは勘を養うといいわ」
「おい……変なこと教えてるんじゃねぇよ姉貴……」
「あァ? 変なことなわけがないでしょうこの大馬鹿。生きる術よ」
「……」
グランはぴしゃりと言い返され、顎髭を忙しなく擦りながら黙るけど――まあ、うん。
「客に高圧的な態度を取るのはあんまりよくない接客だぞ、ジェシカ」
コソッと口にしたら、アルミラさんの笑顔がぐりんとこっちを見据えた。
「あら、言うわね? それで買うの、買わないの? お客様?」
恐い。恐すぎる。
「か、買う……買います、いいんだよなグラン?」
俺は両手を上げて降参の意を表し、ため息交じりに呟いたのだった。
更新!
次はドーン王国王都編へと移行します。
よろしくお願いします。!