親子関係は継続ですか②
「死んだことに……って……」
呟いた俺に彼らは首を振った。
それ以上は口にするなと言われたような気がして先を呑み込み、思わず唇を引き結ぶ。
『そうすればドルアグから補助金が出る。私たちは仕送りもなにもできない状況だ。できるのはそれくらいしかない』
「補助金? ……そんなのがあるのか?」
『組織活動費として毎年払う金額の一部は有事の際、構成員の家族への補助金に充てられるのだ。私たちが死んだとわかれば、大人になってもしばらくは暮らせるくらいの額が出る』
「――え、それは……すごいけど……」
「ええ。……それをしてしまったらあなたたちは二度とジェシカたちのもとには戻れないのではないかしら……?」
『そうなる。けれど元にも戻れない以上、子供たちにしてあげられる最大限のことをしたい』
たしかに生きるのには金が掛かる。
でも……両親に二度と会えないとジェシカたちが知ったらどう思うだろう。
必ずなんとかしてやるって約束したのに――こんな結末でいいのか?
なにも言えないでいると、ファルーアが木製の器を差し出した。
中には香りのいい茶が並々と注がれている。
立ち上る湯気は冷たい空気に散って……どこかほっとする光景だ。
「まだ時間もあるわ。とりあえず体を温めて――ほかの案も探ってみましょう?」
******
それから皆が戻ってくるまでの三日と少し、俺はジェシカたちの両親にバフを教えた。
『知識付与』でなんとかならないかなーと思ったけど、これがまた全然駄目で。
どんなふうに練り上げているのかさっぱりわからないと言われてしまう始末。
どんなふうにと言われても……こう、なんていうんだ。手の上で特定の形にするような感じ……?
あれこれ伝えながら教科書も見せてみたけどこっちも駄目。
そういえば俺の先生的な存在である〈重複のカナタ〉さんの本、わかりにくいとか言われてるって話だったよな――。
「正直、私もバフを練るのは無理よ。これも才能なのかしらね」
しれっとファルーアにも言われたけど、バフを覚えたらどうかって言い出したのはお前だろ……。
思わず顔を顰めた俺に彼女は妖艶な笑みを浮かべて続けた。
「でも……秘匿魔法としてならどうかしら?」
「秘匿魔法として?」
聞き返す俺にファルーアは俺の持っている古代魔法が記された本を指差す。
「それ、その本ならもう少し理解できるんじゃないかと思って」
「ああ……なるほど……。ジェシカたちの両親はこれ読めるか? 内容がわかれば俺ももう少し説明できるかも」
俺が本を広げると……もふもふとした緑色の塊が頭を突き合わせて覗き込む。
顔はちょっと生々しいけど、こうして見れば愛嬌もある――か?
失礼なことを考える俺を余所にふたりは『ギュエギュエ』となにか言葉らしきものを交わす。
頁をなんとか捲りながらしばらくそうしていた彼らは……やがて炎の文字を浮かべた。
『魔力を使ってなにかを生み出すわけではないのだな』
「……うん?」
『魔力自体に別の力を持たせ、対象の感覚に働きかけるもの。補助であるとわかってはいたつもりだが、ふむ。これであれば』
「これであれば……? ……おお?」
彼らはバサバサと翼を羽ばたくと……顔の前あたりで魔力を練り始めた。
――あ、え、これは……!
『ギュギュエェッ!』
ぽわ、と浮かんだそれは俺に向かって弾き出され、掛かっていた『五感アップ』に上書きして『魔力活性』を付与する。
『どうだろうか』
「……嘘だろ、一回でできちゃうのか……。うん、大丈夫。間違いなく『魔力活性』バフだ」
俺の説明はなんだったんだ……?
ギュギュエェ……が魔力活性の発音なのかな……はあ。
現実逃避しかけて肩を落とし応えた俺の隣、ファルーアが笑いを堪えている。
「……ファルーア?」
「ふ、ふ……ああ、いえ、悪いわね……三日も説明して、こんな……ふふ」
「ふん。……『五感アップ』!」
鼻を鳴らしてそっぽを向き、自分のバフをもとに戻しておく。
それでも彼女は肩を小さく震わせていた。
くそー、なんか悔しい。
唇を尖らせたところでジェシカたちの両親は再び炎の文字を描き出す。
『ところで、これの精度を上げるという話だが。それなら魔法陣が使えそうだ』
「……魔法陣?」
『そうだ。いつか子供に魔法を教えたかった私たちは魔力を込めると光る魔法陣を用意していた。それを応用できるだろう』
「……」
すごいな、と言おうとしたけれど言葉が出なかった。
そっか、ふたりはジェシカたちに魔法を教えようと思ってたんだな。
もしかしたら家族皆で各地を巡る――なんてことも考えていたのかもしれない。
瞬間、言いようのない苦い気持ちが込み上げた。
やっぱり彼らを「死んだこと」にするのは――嫌だ。
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