隠蔽工作は得策ですか③
…………近い?
「あれ……そう、か?」
まあ……近いと言われれば、俺の影がディティアの瞳に輪郭を描く程度には近いわけで。
心臓がほんの少しだけ大きく跳ねたくらいには――驚いたのもあるんだけど。
あれ、なんか変だな。
「――み、皆にも分けようハルト君ッ」
思わず瞼を瞬いた俺にディティアはなにを思ったのか耳まで真っ赤になってそう言うと、そわそわと踵を返す。
「ねぇファルーアっ、手、手出して! は、ハルト君も早く!」
「あらボーザック、ティアが呼んでいるわよ?」
「ええ……俺? どう聞いてもファルーア呼んでるけどー?」
「どっちも! どっちもですッ! はい、手出してくださいッ!」
焚火にかけた鍋をかき混ぜ妖艶な笑みを浮かべたファルーアと薪を用意していたボーザックが苦笑する。
近くにいるジェシカたちの両親は文字通り目をキョロキョロさせていたが……うん。我らが〈疾風〉は風の如く駆け寄ると左手を上げたふたりの隣で俺を急かした。
俺が笑ってふたりの手をパチンと叩くと、ボーザックが不思議そうな顔で口を開く。
「……で、これなんの儀式ー?」
「俺の重荷を分け与える神聖な儀式?」
「……はぁ。あんた、それをティアにやったわけね? 本当にどうかと思うわ?」
「あははっ、ティア災難だったねぇ」
呆れ顔のファルーアと笑い出すボーザック。
ディティアは赤くなって視線を逸らしたままだけど――なんだよ災難って……失礼な。
するとファルーアが髪をさらりと肩に掛け、双眸を細めた。
「でも……少しでも一緒に背負えるのなら乗せられてあげるわ。……グラン、そろそろ昼食よ! ティア、〈爆風〉を呼んできてくれるかしら」
「う、うん!」
離れた位置にいる〈爆風〉へと駆け出すディティアの向こう、呼ばれたグランが入れ違うようにやってくる。
するとファルーアとボーザックが示し合わせたように手を上げた。
「――あぁ? なんだよ?」
グランはふたりの手を真似て……思わずといったように手を上げる。
俺はそこにパチンと自分の手を叩き合わせて笑った。
「俺の重荷をグランにも分け与えたもうー! って話」
「……あ? ……ああ……こういう方法に落ち着いたわけか……っつーかハルトお前、これをディティアにやったのか? …………やったんだな?」
「は? え、なんだよその顔……やったけど?」
げんなりというか、呆れたというか……生温いというか?
グランの表情に俺がさらに聞き返すと、厳つい巨躯の大男は深々とため息を吐いて顎髭を擦る。
「お前……いや、いい。それがハルトだな……」
「だからなんだよ……?」
「どうした若者。おかしな顔をしているぞ。いったいなんの儀式だ?」
そこにディティアに呼ばれてきたらしい〈爆風〉がカラカラと笑いながらやってきた。
「……」
無言で手を上げたのは――今度はグランである。
〈爆風〉はなんの疑いもなく左手を上げてみせ、面白そうに口角を吊り上げた。
「さて?」
「はいよっ……と」
俺がその手のひらに自分の手を叩き合わせると「ハルトの重荷が分け与えられるんだってさー」とボーザックが説明を挟む。
「ははは。頑張れよと声をかけたはいいが――随分な歓迎を受けたらしいな〈疾風〉」
「うう……」
そういえば〈爆風〉がディティアになにか耳打ちしていたなと思っていると、視界の端にポッと炎が灯った。
『取り込み中にすまない。子供たちはどうしているのだろうか』
――ジェシカたちの両親だ。
和気あいあいと話す俺たちを見て思い出していたのかも……縮こまって俯いていたけれど、いまは顔を上げている。
俺は皆と視線を合わせ、頷いてから座った。
「昼飯食べながら話そう。……今後のことも……この遺跡のことも」
――どういうわけか心は少し軽くなっていて、皆に『分ける』っていうのもあながち本当に効果があったのかもしれない。
俺たち〔白薔薇〕らしい解決ができれば、と。
前向きに……俺は思った。
******
「とりあえず――よ。ハルトのバフがあれば貴方たちは理性を保てるわ。バフは……わかるかしら」
『微々たる知識だ。魔力で肉体や精神の動きを補助するもの』
「それだけわかれば十分ね。普通は重ねることができないものなの。うちのハルトはやってのける……ということを覚えておいてくれるかしら」
『了解した』
ファルーアが話を進めてくれるんで、俺は火で炙った肉にかぶりついた。
保存食なだけあって肉汁が滴る……わけではないんだけど、噛めば噛むほど味が出る。
「貴方たちにジェシカたちの姿を見せたのもバフよ。ハルトの記憶を一時的に付与するもので、これは古代魔法でも『秘匿魔法』に近いはず」
『僅かな時間だけ知識を与えるものだな。あれは緻密に練り上げた魔力を使う……いわば諜報活動に向いた魔法だ』
「そう。とにかく……ジェシカたちは貴方たちの帰りを待っているわ。食事はギルドと学び舎でまかなってくれているはずだけれど、ずっと……というわけにはいかないでしょうね」
「……おい、あんたたちは古代魔法でそうなったんだろうよ? 元に戻る魔法はねぇのか?」
グランが難しい顔で口を挟むけど……。
『ない。この魔法は生命の形を異形へと変質させる不可逆的なものだ。――戻せる魔法があればそもそも災厄たちは封じられていないのではないかね』
「――そりゃそうだな」
描き出される炎の文字にグランが肩を落とす。
俺はそれを聞いて少し考えた。
戻れないとわかっていても、彼らは冷静に見える。
当然落ち込んではいるんだろうけど――それでもちゃんと考えているように思う。
〈爆風〉の言ったとおりだ、理性を保てるようにするだけでも彼らのためになるよな。
だからなにか……方法を探さないと。
大変申し訳ございません!
だいぶあいてしまいました。
急遽諸々やらねばならぬことができてバタバタしておりました。
平日毎日更新を目指していますが、少し開きつつ……になりそうです。
更新は続けます!
来てくださっていたかた、本当にありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。