隠蔽工作は得策ですか②
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「グランさん、ハルト君……大丈夫でしょうか。バフを使うことで重荷ばっかり背負ってたりとか」
「あ? ……あー。そうだな、あいつに苦労かけてるのは否定できねぇか。まあ心配なら行ってこい。こっちは俺が見ておくぞ」
紅髪紅眼で巨躯を持つ大男――グランは、目の前で濃茶の髪を揺らしながらソワソワしているディティアにそう応えた。
――〈爆風〉じゃねぇが、若ぇってのはこういうことだろうな。なんてぇんだ? 青いってやつか?
「……グランさん顔が笑ってます」
「――お、そうか?」
なにかを察した脹れっ面を惜しげもなく晒すディティアに、グランは頬を緩めたまま顎髭を擦る。
――ま、ハルトは大丈夫だろうよ。……重荷なんてのは俺たち全員が分け合えるもんだ。ディティアもきっとわかってるんだろうしな。
それならそれで「大丈夫」と励ますこともできるのだが……それこそ野暮ってものだろう。
グランがぐるりと首を回せば、ファルーアとボーザックはほとんど調理を終えているようだ。
いまハルトに声をかけさせれば丁度よく昼飯に有り付ける。
グランは顎髭を擦る手を止めると、ディティアに仰々しく頷いてみせた。
「なあディティア。お前が話せばハルトもすぐに前を向くだろうよ。これからのことも話す必要がある。どっちにしろ呼んできてくれ……腹も減ってきた」
「……あ、はい! お腹が空きました!」
「……いや返事はそこじゃねぇだろうよ……。ディティア、お前、ハルトに感化されすぎじゃねぇか?」
「ええっ⁉ そんなことは……それにジェシカちゃんたちのご両親もなんとかしないとですし……いろいろやることも多いから腹が減ってはなんとやらで……」
「ははっ、ああそうだな。……ほら、とっとと行ってこい。〈爆風のガイルディア〉に先を越されちまってるぞ」
「……!」
ディティアは目を白黒させながら慌てて振り返り、視線の先にハルトと〈爆風のガイルディア〉を捉えると「い、いってきます!」と小走りで駆け出した。
――考えることもやることも多い、か。そりゃそうだな――どうしてやるべきか。
グランはディティアの背中を見送りながら……うぅむ、と独り唸るのだった。
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……とりあえず前を向け……か。
俺は〈爆風〉の言葉を噛み締めて、焚火のそばに座り込む『ふたり』にちらと視線を送った。
後ろを見ていたつもりはないけど、考えてみればこの先どうするかっていうのは『前』である。
彼らの事情が〈爆風〉の言うとおり自業自得だったとしても、それは過ぎ去った『後ろ』にあるものだ。
そしてそれをわかったうえで――どうにかしたい。そう、このままにはしておけないのが俺たち〔白薔薇〕なんだよな。
思わぬ事態に情けない顔をしていただろう俺に、〈爆風〉はひらりと手を振って踵を返す。
激励に近い彼の言葉を胸に刻んで、俺はその背中に向かって声をかけた。
「い、一応っ……ちょっとは落ち着いた。大丈夫、その――ありがとな」
「はは。素直なのはいいことだ。そら、次の客が待ってるぞ」
「ん?」
肩越しに爽やかに笑う彼の向こう、慌てたように身を竦めたのは――ディティアだった。
「あ、えぇと……邪魔だったかな……?」
「はは、なんだよ邪魔って? そんなわけないだろ。〈爆風〉のオジサマからありがたいお言葉を頂戴したところ」
俺が彼女に返すのと同時、〈爆風〉はなにかをディティアに耳打ちして去っていく。
ディティアはみるみる頬を染めると、ぱっと俺に向き直って口を開いた。
「あ、あのね! ……元気かなぁ、と思って励ましにきました」
「ん、俺を? ――あははっ、お前やっぱり可愛いな」
「か……かわ……⁉ ハルト君、だからそういう台詞は……」
「うんうん、わかってるわかってる。ありがとな。ちょっとモヤッとしてさ。……でも大丈夫、それでもなんとかしようとするのが俺たちだ」
「…………うう、聞いてない」
「うん?」
「もういいです、ハルト君の馬鹿。……でもそうだね、なんとかしようとするよね。私たち〔白薔薇〕だもん」
頬を膨らませたあとで肩を落としたディティアは……苦笑して俺を見る。
馬鹿と言われるのは腑に落ちないけど――怒っているわけでもないらしい。
「……そうと決まれば選択肢もそんな多くないはずだし早く話そうか……いい匂いもしてきたしな」
俺が笑うとディティアはエメラルドグリーンの双眸を細めて頷き、すぐに頬を引き締めた。
「うん。……ねぇハルト君、ジェシカちゃんたちのご両親に見せた『災厄』はどの『災厄』だったの?」
「どの……っていうか、満遍なく見せたつもり。それで傷付いたひとのことも……全部。なんていうか、さ。知ってほしい、わかってほしいって思ったんだ」
「――そっか。きっとわかってくれてるよ。だから……ハルト君の重荷を私にも分けてくださいっ」
「んん?」
「ハルト君にしか……見せることはできないから。アルヴィア帝国の病気のこともハルト君が鍵になってる。だから……なにか私も一緒に背負いたい……です」
どこか必死で思い詰めたような顔。
重荷か……そんなふうに思っていたわけじゃないけど確かにちょっと抱えてる感じはあるだろうな。
随分心配させてしまったらしい。
俺はディティアがぎゅっと寄せた眉のあいだ――眉間の皺を指先で突いて思わず笑う。
「うあ」
「ふ。難しい顔してるぞ? それじゃあ……そうだな。手、出して」
「……手?」
左手の手のひらを前にしてディティアに向ける。
鏡のように右手を上げたディティアの手にそっと自分の手を重ね、揺れるエメラルドグリーンの瞳を覗き込んで俺は続けた。
「――これで俺の重荷は少しディティアに分けたからな」
「……えっ? えっと……わ、分けられました」
剣を握る手は決して柔らかいものじゃない。
それでも……俺よりはるかに細くて小さい指先が、もじ、と動く。
困惑と照れのようなものを顔全体に滲ませたディティアは……やがて恥ずかしそうに目を逸らした。
「……ち、近いですハルト君」
皆様こんばんは!
暑すぎです!
熱中症にお気をつけくださいませ。
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