隠蔽工作は得策ですか①
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懸命に操られる魔法によって……彼らの状況は少しずつ明らかになる。
曰く――。
彼らが属する組織ドルアグにて研究発表は昇進、または地位の維持に必須であり、最近はそれが滞っていたそうだ。
どうやら彼らはそれなりの地位にいたようで、その座を奪われたくない一心で実験や資料を読み解くのに没頭していたらしい。
……だからって娘のジェシカに家事を任せきりだったことは問題だし、あんな小さな子供たちだけで十日も過ごさせようだなんてどうかしているわ、と……こんなときでもファルーアはぴしゃりと言ってのける。
彼らは瞳を伏せて呻くような鳴き声を上げた。悔いているんだろう。
――さらには古代魔法を解説した本の売上も芳しくなかったそうで、当然生活費もなんとかしなければならなかったようだ。兎にも角にも、彼らには目に見える成果が必要だったらしい。
そんなとき。
このままでは組織での進退に影響すると思い悩む彼らに勝機が訪れる。
長年探していた、とある研究所の場所を……おそらく特定することに成功したのだ。
新たな遺跡の場合、組織で調査隊を結成し調べることが多いのだが、今回は自分たちの存在意義が掛かっている。
この先のことを思えば初期調査は自分たちだけで、と。
彼らはたったふたりでこの遺跡を訪れた。
きっと……巨大なキノコを焼き払い思惑どおりに入口を発見したときは歓喜に震えたんだろうな、と思う。
こんな結果を求めたわけじゃないだろうけど――。
あとは俺たちの考えたとおり、建物を調べて魔法陣を得たことで……彼らはすぐに『魔法実験』を行ってしまったそうだ。
歩くキノコを実験台にしたその魔法は――成功したかに見えた。
けれどなにが間違っていたのか魔法陣は止まることがなく、止めようと試みたふたりは巻き込まれて『未知の魔物』へと変貌を遂げてしまったのである。
「――ひとつ聞かせて。そもそもこの魔法はひとを贄にするものと知っていたのかしら?」
淡々と言葉を紡ぐファルーアにジェシカたちの両親はこくりと頷いた。
「……災厄ってぇ魔物は知ってるのか?」
顎髭を擦りながら低い声で尋ねるグランにも、もう一度。
ボーザックはそれを確認すると……ゆったりとした声で言った。
「つまり……わかっていて生み出そうとしたってことだよね。過去に『災厄』になったひとたちがどうなったか……それも知っていた?」
『…………ギュエ』
彼らが濃い緑色の羽根をわさりと揺らして心なしか気まずそうに頷くのを、俺たちは複雑な思いで見守る。
――災厄がなにかわかっていてやっただなんて……有り得ないだろ、と……どこかで思ってた。
でも違ったんだ……彼らは『知っていて』それを生み出そうとしたんだな。
「――なあ。俺たちは眠っていた『災厄』と何度か戦ってきたんだ……」
思わず……俺の唇から……まるでこぼれるみたいに言葉が紡がれる。
やり場のない怒りと不安と……それから落胆。
そんなものがない交ぜになってドロドロした気持ちだった。
「戦って命を落としたひともいる。災厄を封じようとして自分の命を差し出そうとしたひともいる。――それを、あんたたちは……この場所に放とうとしたんだぞ」
誰もなにも言わなかった。
重い沈黙が……樹液塊の放つ淡い光のなかに満ちている。
「ジェシカたちを傷付けるかもしれない危険な『魔物』だろ。国さえ揺るがすかもしれない。それを――そんなに自分たちのドルアグでの地位は大事だったのか……?」
『…………』
ジェシカたちの両親は俯いて応えない。
俺は乾いた唇を湿らせ、彼らに口を開けるように言った。
「…………バフ、かけ直す」
そのときふと――知ってほしいと……そう思ったんだ。
魔が差したというなら、そうなのかも。
俺のなかにはこんな気持ちもあったんだな、と他人事みたいに思う。
「――ついでに本物の『災厄』を見せるよ。考えてくれ――あんたたちがしたことを。『魔力活性』『魔力活性』『魔力活性』――『知識付与』!」
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そのあと、俺は皆から少し離れた位置で警戒を担当していた。
静かな森なのは変わらないし暗くもない。危険らしい危険も正直あまりないだろう。
でもひとりになりたかった――そんな俺の気持ちを皆が汲んでくれたのはまず間違いない。
ボーザックとファルーアが昼食当番に立候補してくれたから、ディティアとグラン、〈爆風〉は別方向を警戒中だ。
ちらと見れば、鳥のような容姿をしたふたりは身を寄せ合って焚火の横に座り込んでいる。
ジェシカたちの両親は俺が見せた『災厄』になにを思ったんだろうな……。
……彼らだってなりたくてなったわけじゃないだろうけど、やっぱり『生み出そうとした』ことには納得できなかった。
でもそう思っていてもなにひとつ解決になんてならなくて、ジェシカたちのことを考えれば、このあとどうするのかを話し合うべきだよな――。
よし、少し落ち着いてきたぞ。
――その瞬間、首筋がチリチリするような感覚に俺は咄嗟に身を捻っていた。
「…………ッ!」
「いい反応だ」
「ば……〈爆風〉……」
突き出された人差し指を顔の前で揺らしたあと、伝説の〈爆〉はにやりと笑う。
「そんな辛気臭い顔をするな。彼らが子供を置いて自身の研究のために時間を裂き、挙げ句に災厄を生み出そうとしたことは褒められたものではないだろう。自業自得だ」
「え……」
「――とはいえ、このままにはしておけない……それがお前たち〔白薔薇〕だろう?」
「え、あ……うん」
俺は尚も笑っている〈爆風〉の目尻に寄った皺を半ば呆然と見詰めながら……頼りない返事をする。
すると〈爆風〉は渋くていい声で続けた。
「戻す方法は思い付かないが――これがいま再現できる『災厄』なのだとしたら可愛いものだろう。そこまでの被害は出ないはずだ。お前のバフ無しで理性が保てるようになれば御の字だが……とりあえず前を向け」
いつもありがとうございます。
遅れていてすみません、今週もよろしくお願いします!