魔法実験は失敗ですか⑥
――ゆらりと。
踏鞴を踏んだ未知の魔物が石床にへたり込む。
――効いたのか? それとも――なにかほかの要因があるのか?
双剣の柄を嘴から引き抜いたディティアがぬかりなく眼を光らせてくれたけど――未知の魔物はそれ以上暴れることも立ち上がることもない。
それを確認した〈爆風〉はすぐさま身を翻してグランとボーザックが相手にしている一体へと躍り掛かった。
『ギュエ――ゲグッ!』
威嚇するふたりに翻弄されていた魔物が鳴こうとした瞬間、逆手に握られた左の双剣――その柄が嘴のあいだへ突き込まれる。
「やれ、〈逆鱗〉」
「了解! 『魔力活性』『魔力活性』『魔力活性』――『知識付与』ッ!」
渋くていい声に、既に構えていた俺は間髪入れずバフを放つ。
そっちの魔物は僅かにびくりと跳ね上がると……我に返ったかのようにキョロキョロとあたりを見回した。
『ギュ……グ、グゲ……』
『ギュエェ』
二体の魔物は視線を交わし苦しげに鳴き交わすと……やがて両腕……というか翼というか……を頭上に持ち上げてみせ、身を寄せ合いおとなしくなる。
まるで――降参の意を示すかのような姿だった。
「……君たちは人間だったのー?」
そこで大剣を引き、いつもの人懐こい声で語りかけたのはボーザックだ。
敵意を感じさせず屈託のないその声音は……俺には真似できない。ともすれば胡散臭くなるしな……。
さすがボーザックというか、なんというかである。
『ギュエェ、グゲ』
脚を引き摺っていないほうの魔物がそんなボーザックに向かってなにか言いたげに鳴いたものの、残念ながら俺にはさっぱりわからなかった。
モゾモゾと体を動かすのに合わせて濃い緑色の羽毛がわさわさと揺れただけだ。
「とりあえず……私たちの言葉は通じている? わかったら頷いてもらえるかしら?」
『ギュグ……』
ファルーアが龍眼の結晶の填まった杖でコツンと石床を鳴らすと――それに応じて魔物二体が頷くような仕草をみせる。
ボーザックは彼らの前に立つと、その瞳を覗き込むようにしてさらに問い掛けた。
「通じてそうだね。……君たちはジェシカっていう女の子とその弟たちを知ってる?」
『ギュエェ、ギュエエェ!』
「ふむ。頷いているようだな」
バタバタと翼を羽ばたかせる魔物二体に〈爆風〉が双剣を収めて腕を組む。
俺は――きゅっと唇を噛んだ。
……ああ、やっぱりそうなのか……?
胸が詰まって苦しくなるような感覚。
本当は確かめたくなくて、だけど確かめないとならなくて。
違うと言ってほしくて、でもそうだと認めてほしいような……矛盾を孕んだ気持ち。
「えぇと。つまり――さ。あんたたちはジェシカたちの――両親――ってことで合ってるか?」
唇を湿らせ、ゆっくりと口にした俺に……未知の魔物たちは項垂れるように体を縮こませてから……小さく頷いた。
******
ジェシカたちの両親を見つけた。見つけたはいいけど――なにひとついい状況にない。
さらに言えば意思疎通の手段がみつからない。
まずなんとかして話をしようとした俺たちだけど、相手の言葉がわからないんじゃどうしようもなかった。
とにかくバフをかけ直しつつ、俺たちは明るい場所へと移動したところだ。
「利き腕にペンでも持たせてみるー? 包帯使えば括り付けるくらいはできるかも」
「翼はそこまで器用には動かないだろうよ。……咥えたほうが早ぇんじゃねぇか?」
ボーザックとグランが唸りながらあれこれと考えている横で、俺とディティアは焚火を準備した。
場所はジェシカたちの両親のテントのそば。
俺たちが夜を明かした拠点である。
ジェシカたちの両親はといえば……自分たちのテントの有様に呆然としているように見えた。
こう……肩を落として座り込んでいる感じだ。
――まあ、テントの骨組みを解体したのは俺たちなんだけどな。
「そうだわ……ねぇ貴方たち。魔法を使うことはできるのよね? 炎で文字を描き出すことができたりしないかしら?」
黙って物思いに耽っていたファルーアが口を開いたのはそのときである。
『ギュエ』
ジェシカたちの両親は身を捻るようにして彼女を振り返り、少し逡巡してから翼を羽ばたいた。
すると――おお。
空中にふきだしのようなものが生み出され、炎がちらちらと形を纏う。
……でも俺は。
その言葉に――息を呑んだ。
『我らの実験は失敗した』
またネットが繋がりにくくなってます。
なかなかページ開けず。
皆さんは大丈夫なのでしょうか?
いつもありがとうございます!