逃げ果せると思うなよ。③
ギルドでは、一応偽の依頼を受けたことになっている。
不審者だと突き出した男の近くで、夕方から夜に目撃される魔物の討伐依頼を受けるふりをしたんだ。
これは、ギルドの提案だった。
男がうまく勘違いしてくれるのを祈る。
…奴隷狩りが行われるであろう村は、ハイルデン王都から程近い。
俺達が向かうのは村を見下ろせる高台だった。
村の周りは開けていて、その先は林から森、岩場になっているらしい。
どんな罠なのか、詳細はわからないんだけど…ドルム達も罠だと知らされていない。
怪我人が出ないことを祈るばかりである。
******
夕方になって、高台に着いた。
茂みになっていて身を隠すのには調度良いんだけど、ここって奴隷商人達も隠れやすいんじゃ…?
俺達は念を入れて、あえて端の方の岩場に隠れることにした。
フェンが岩場に伏せると、それだけで充分な擬態になる。
あとは、全員に五感アップを二重にしておく。
「確認しておく。まずはドルム達が動くのを待つぞ。何か変な動きがあった時点で、奴隷商人を押さえる。狩りをする奴らは雇われの可能性もある。どこに隠れてるかわからない、警戒しとけ」
グランが指示を出す。
俺達は頷いて、ノクティア王都のお菓子屋、ナンデスカットの高栄養バーを囓った。
ゆっくりと、時間が過ぎる。
茜色の空が東から蒼くなり、やがて濃紺の帳が下りた。
……暗い。
村では灯りが瞬いている。
「グルル…」
「…来た」
フェンの低い唸り声とボーザックのひと言で、俺達は神経を尖らせた。
村を囲むように、幾つもの影が林から出て村へ向かう。
それから一気に騒がしくなった。
家から飛び出してくる人達に交じって、ドルムの姿。
武装してる人達ばかりなところを見ると冒険者かもしれない。
「何かないか探せ」
グランに言われ、辺りを探る。
戦い始めた冒険者と奴隷商人、もしくは雇われの狩人。
剣戟の音がここまで聞こえる。
一般人の姿は無さそうだ。
家の中で怯えているんだろう。
「…あっち、何か来ます」
ディティアのささやく声。
俺達は指差された方に目を向けた。
「な…っ!?」
グランが声を上げそうになって、押し殺す。
「……どうしてあいつが来てる?」
そこにいたのは、宰相ヤンドゥールと重装備の兵士達だった。
想定外の事態だった。
俺達は高台を降りて、ヤンドゥールの声を拾う。
「取り掛かれ!」
突然の事に、困惑しかない。
兵士達が、狩人と冒険者を一緒くたにして斬り掛かっていったのだ!
「やめろ!俺達は冒険者、こいつらが奴隷狩りをしてる奴等だ!」
ドルムの怒声。
しかし、ヤンドゥールが鼻で笑った。
「匿名で申告があってね。ここの冒険者は奴隷狩りを阻止すると見せかけ、村人を売り飛ばす算段を立てているそうじゃないですか?」
「なるほど…邪魔な冒険者を排除するつもりなのね」
それを聞いたファルーアが眉をひそめる。
「っ、ふ、ふざけるな!俺達冒険者は奴隷制度に反対…っぐあ」
兵士が盾でドルムを殴った。
「!」
飛び出しそうになるボーザックを、グランが押し止める。
「残らず排除しなさい、王の命令です」
王の命令です。
ヤンドゥールの言葉に、すーっと困惑が消えた。
怒りみたいなのと、妙な冷静さが込み上げてくる。
マルベルの命令?
これが?
…ふざけてるだろ。
重装備の兵士達に蹂躙される冒険者。
敵ではないのに、殴られ、斬り掛かられている姿は悲惨なものだった。
奴隷商人達はともかくとしても…いや、首謀者の一人がヤンドゥールなら、こいつらはうまく逃げ果せる予定なのかもしれない。
どんどん、気持ちが冷たくなっていく。
「……グラン」
「…なんだ」
「もういいだろ?」
「そうだな」
俺は、速度アップと肉体強化、肉体硬化を広げて重ねた。
ファルーアには、反射速度アップと速度アップ、持久力アップを。
「……暴れてやるか」
「ハルトの逆鱗に触れちゃったねー」
「それ言うか?後で覚えてろよ不屈のボーザック?」
「ふふ、俺、きっと忘れちゃうよ。逆鱗のハルト?」
がつっ。
拳を合わせ、俺達は飛び出した。
冒険者を殴ろうとしていた兵士を蹴り飛ばし、狩人の顎を下から双剣の柄で突き上げる。
全く予想外の場所からの攻撃に、対応出来るわけがない。
他の皆もあっという間に冒険者と奴隷商人、兵士達の前に立った。
「ヤンドゥール」
「……白薔薇……?あ、貴方達、何故ここに?依頼を受けていたのでは?」
「受けたよ、マルベルの勅命の、奴隷狩り阻止依頼をね」
「……!」
兵士達が、にわかにざわめく。
そっか、兵士は状況がわからないのかもしれない。
息が掛かった奴はいるだろうけど。
「ふん、冒険者風情が……」
「あら、私達はギルドの正式な使者だって言わなかったかしら……?その発言は許せないわね。宰相だろうが関係ないわよ?」
ファルーアが言い切る。
「こいつらは国に牙を剥く奴隷商人だ!騙されるな、かかれ!」
ヤンドゥールは後ろにじりじりと下がりながら声を上げた。
兵士達が前を塞ぐ。
「…っこのぉ!」
ガィィンッ
双剣では重装備に勝てない。
俺は攻撃をかわして蹴りで対応する。
…くそ、やっぱり面と向かって戦うと強い…!
対人戦の経験があまりない俺は、苦戦をしいられた。
「ハルト君、兵士は動きが遅いから、弱い場所をたくさん叩こう、こんな感じっ」
そこに、ディティアがさっと現れて、カバーしてくれる。
彼女の双剣が、流れるように鎧の継ぎ目や設置部分を叩いていく。
そして極め付け。
「はぁぁーーーっ」
ガコォーーーンッ
気合一閃。
兵士の、兜の耳の辺りを。
ディティアの速さを乗せた一撃が打ち付けた。
ぐらりと傾ぐ重装兵。
「次っ!」
疾風のディティアは、倒れたのを見届けず、次の兵士へと駆け抜けていく。
はー、格好良いなあ。
俺にもディティアと同じ威力が出せればいいんだけど……肉体強化の重ねがけだと速さを補えないし…うん?
目の前に、次の兵士が現れる。
「………そっか、俺、バッファーだもんな……」
さっと手をかざして、俺はバフを練り上げた。
我ながら素晴らしい作戦だと思う。
「いくぞ、五感アップ!五感アップ、五感アップ!!」
相手の兵士に、バフを重ねて。
俺は踏み切った。
「そぉー、れっ!!」
ガコォン!!!
「………ッッ!!」
兜への一撃で、重装兵が崩れ落ちる。
高まった聴力が兜を伝わる音を弾けさせる。
鋭くなった感覚が揺さぶられる痛みを増幅する。
俺のバフは、彼等には失神するほどの効果だった。
「よおっし!……五感アップ、五感アップ!五感アップ!!」
俺はグランやボーザックの相手にも、バフを重ねる。
彼等は意図を汲み取り、相手を無力化させていく。
俺の走る先に、後ずさるヤンドゥール。
「マルベルの命令なんて、よくそんな嘘が言えたな、ヤンドゥール!」
「……っ」
「全部吐かせてやる……逃げ果せると思うなよ!!」
背中を向け、林の中へ走るヤンドゥール。
速度アップを三重にし、俺は一気に詰め寄った。
「ひ、ひいぃぃーーっ」
ジャキィンッ
情けない顔の目の前で、双剣を打ち鳴らす。
それだけで、ヤンドゥールは気絶してしまった。
「……ふん、情けないやつ!」
******
結局。
狩人の一部には逃げられてしまった。
ディティア、フェン、ボーザックが後を追っている。
戦意を喪失した重装兵に聞くと、ヤンドゥールの命令で王宮から出てきたそうだ。
王から命令を受けたーとか言ってたらしいけど。
なので、ここにいる冒険者が敵なのか味方なのか、本当にわからなかったらしい。
捕まえた奴隷商人は、話が違うと怒り心頭。
あっさり首謀者を吐いた。
……何だろう、こんなに簡単でいいのかな。
少しの不安を覚えながら、俺達は残党を追った2人と1匹を待つことにした。
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