魔法実験は失敗ですか④
……その部屋は……そう、異質だったんだ。
広い広い造りだけれど窓はなく、壁一面が金属製。
光るキノコがなければ真っ暗闇でなにも見えなかっただろう。
ぼんやりと照らし出された床には積もる埃と……見覚えのある魔法陣。
冷たい空気は淀んでいて澄んだ外の空気とは全く違う。
ここだけが別の場所にあるかのように感じる。
巨大な牢獄でもあり、実験場でもある部屋――そんな印象だった。
「足跡はここを念入りに調べたと物語っているな。この魔法陣、荒らされた拠点にあったものと同じだろう?」
「ええ。それもよりも遥かに大掛かりで手が込んでいるけれど。……床に直接刻んであるのは……膨大な魔力を使うからでしょうね」
キノコを掲げて部屋を照らす〈爆風〉にファルーアが床にしゃがみ込んで応える。
その指先が魔法陣をそっとなぞった。
「え? つまり……どういうことー?」
ボーザックが眉を寄せて首を傾げるけど……待てよ、そういうことか。
「床に魔力を込めて魔法を発動させるんだな? クリスタルと同じ――魔力を溜めることができる素材なんだ」
「おお、なるほどな。冴えてるじゃねぇかハルト」
グランが顎髭を擦る横でディティアがうんうんと大きく頷いている。
「クリスタルかなにか……宝石を粉にしたものを混ぜ込んでいるのかもしれないわね。これだけの規模だし、魔力は何人ものメイジが同時に注いだのではないかしら」
「何人ものメイジって――古代のひとっていまの俺たちよりずっと魔力が高かったはずだよね? それだけすごい魔法ってこと……?」
ボーザックはファルーアの近くに膝を突くと足下の埃を払う。
――そのとき突如〈爆風〉が予想外なことを口にした。
「見ろ、天井に取っ手があるようだ」
「は? て、天井? 取っ手?」
応えて見上げれば……おお、本当だ……。
天井自体が扉なんじゃないかと思えるほど巨大な取っ手と……よく見れば蝶番もあるじゃないか。
床ばっかりに目がいっていたからな……視野、広げないと……。
考えていると光るキノコを握ったまま肩に担ぎ、反対の手で顎髭を擦るグランがぼやいた。
「どう見ても扉だな……つっても出入りするにはでかすぎねぇか? ……いや、それだけでかいもんを出し入れする必要があったのか……」
――災厄の大きさを考えれば……有り得なくもない扉だ。
でも否定したい。その気持ちが勝って……俺は咄嗟に口にする。
「あ、あのさ。災厄の黒龍くらいになる奴だっているわけだろ。だからこの大きさじゃ反対に小さすぎるってことにならないか?」
言ってはみた。
言ってはみたけど――わかってるんだ。
「……ハルト君……それは……」
「……うん。ごめん、わかってる。最初から外で魔法を使えばいいだけだよな……」
ディティアがどこか悲痛な表情をしたのを左手で制して、俺はため息交じりに肩を落とした。
くそ、この魔法陣が災厄を生み出すためのものじゃないってわかればいいのに――。
「……見たところここには資料らしきものはなかったわね。たぶんほかの階も同じよ。処分したのか持ち出したのか……調べるにしても情報が足りないわ。これは提案なのだけれど――一度アルジャマの町に帰らない? ジェシカの家の本に情報があるかもしれないわ」
ファルーアはそう言うと……ゆっくりと瞼を瞬いて立ち上がる。
「……もどかしいわね」
「そうだな。とりあえず支部長にも報告を上げて一旦閉鎖ができるか確認してぇところだ。この魔法陣を無闇に晒していいのか判断がつかねぇからな。あとは未知の魔物だが――と」
そのとき、俺とグラン、ボーザックは殆ど同時に武器に手を掛けた。
『五感アップ』で研ぎ澄まされた感覚に触れるものがあったからだ。
ちらと視線を奔らせれば――〈爆風〉だけは笑みを浮かべて腕を組んでいる。
まったくこのオジサマときたら。もっと前に気付いてたな……?
「なにか来るね……」
「未知の魔物かもしれないけど――グランさん、どうしますか」
呟くボーザックに既に警戒していたらしいディティアが難しい表情で続ける。
そうだよな。戦うとして、それが……そう、ジェシカたちの両親だったとしたら。
考えるだけでふるりと体が震える。
するとグランが大盾を前にして唸った。
「もしあれがここで生み出された『災厄』とすると、だ。既に理性は保ててねぇように見えた。考えたんだが、ほかの『災厄』も最初は理性があったんだろうよ? 血結晶を使って誰かが同化せずとも理性が取り戻せりゃ戦わなくて済むかもしれねぇ――」
瞬間。
ファルーアが杖の石突きでガツンと床を打ち据えた。
おお、びっくりした……。
「……理性……? ええ、そうよ。保てなくなったのは病が流行ったから――つまり古代の血が働かなくなったから……! 今回はそもそも古代の血が薄い? ……いいえ、古代魔法を使えるくらいは残っているわ。規模は小さいけれど、そのぶん可能性は……」
よくわからない内容を捲し立てたあとで、俺よりも濃く深い蒼色をした瞳が突如俺を真っ直ぐ見詰める。
「ハルト、あんたの『魔力活性』バフ……それから『知識付与』。これを重ねることで理性を取り戻すかどうか――試してみない?」
「…………は、バフ?」
「ええ。さすがにいままで戦った災厄ほど強大な相手には無理な話だと思うわ。だけどもし……ここにいる未知の魔物が私たちの捜しているひとだったとしたら、古代の血はそう濃くはないと思うの。だから可能性として――その魔力を活性化させれば理性を取り戻すかもしれない。そこにジェシカたちを『見せる』ことができれば、私たちのことも敵ではないと認識してもらえるはず」
その言葉に、俺は。
全身にビリッと雷が駆け巡ったような感覚を覚える。
理性を取り戻す――そんなことが叶うなら。
「そんなの、やらない選択肢なんかないだろ!」
きっぱりと言い切ってから……唇の端を吊り上げた。
「もし未知の魔物だったら嘴を開けさせてくれ、バフを叩き込んでやる!」
本日もよろしくお願いします。
私はこれからパリサンジェルマン戦をテレビ観戦です!
雨や暑い日が続きますが皆様どうぞご自愛をば。
いつもありがとうございます。