魔法実験は失敗ですか③
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足跡は二階では止まらず、五階まで続いていた。
各階が階段と連結する部分には魔力の籠もっていない魔法陣があって、ファルーアの言ったとおりなら有事の際はその階を封鎖するのだろう。
床と天井、両方の魔法陣を作動させることで道を完全に塞げるらしく、俺たちが一階で発動させた格子は間を通り抜けることができたんだ。
――俺たち〔白薔薇〕のなかで一番でかいグランはそもそも格子の向こう側にいたから大丈夫だったんだけどな。
ファルーア曰く『魔力を補充せずにほっとけば勝手に消えるようね』という話だけど、考えてみたら俺たち分断されかねなかったんじゃないだろうか……。
……うん、まあ無事だからよしとしよう。
――そんなわけで。
階段を上った誰かが戻ってきた痕跡はなく、ほかにも階段があるのだろうと思う。
いや、もしかしたら――足跡の持ち主は古代魔法を使ったあとで「未知の魔物」と戦闘になって、ここに逃げてきたって可能性もあるんじゃないか?
いまも隠れていて――だから戻ってくる足跡がない。そうだよな、その順番だって考えられるよな?
ファルーアの言うとおり、まだ憶測だから……そんな期待を抱いてもいいはずだ。
……辿り着いた最上階と思われる五階はやっぱり真っ暗で、グランと〈爆風〉の持つ光るキノコがそれはもうビカビカと廊下を照らしてくれる。
でも……なんだろう、一階と違って肌の表面がひやりとするような感覚が色濃いっていうか。
「なんか――雰囲気が違うね」
「〈不屈〉は感じるか。この階はどうもほかと造りが違うようだ」
「そのようね。壁から魔力を感じるような気がするわ。石に混ざってなにか――魔力を含むものを使っているみたい」
ボーザックの言葉に〈爆風〉が応え、ファルーアがあとを引き取る。
ディティアは石壁をまじまじと眺めていたけれど、突然ビッと肩を跳ねさせた。
「! これ――魔物の骨です」
「骨?」
「うん、見てハルト君。石の隙間に違うものがあるでしょう――魔力はここから滲んでいるんだと思う」
「はっ、ゾッとしねぇな……そこかしこにあるぞ。魔力を濃くする必要があったってことか?」
グランはキノコを壁に向けて表面を見ると、そう吐き捨てる。
ファルーアはこんな場所でも堂々とした立ち居振る舞いで優雅に髪を掻き上げた。
「この階で古代魔法を使っていたのかもしれないわ、しっかり調べましょう。私たちの憶測をなんとかするためにもね」
「――――」
ファルーアはわかっていてそう振る舞ってくれている。少しでも不安を和らげようとして――でも隠すことはせずに。
俺は唇を引き結び、瞳を伏せて深く息を吐いた。
どうしても考えてしまう――『災厄は魔力を糧にしていた』から――だからここの魔力を濃くしていたんじゃないかって。
だけど、うん。調べなくちゃならないんだ、はっきりさせるためにも。
すると、俺の左腕にトンとディティアの左腕が触れた。
丁度俺と擦れ違うような位置、彼女はその左腕を持ち上げて手を軽く揺らす。
手首にはエメラルドの填まったブレスレットがあって――小さく笑みを浮かべる彼女の瞳がよく似た色で煌めいた。
「――行きましょう〈逆鱗のハルト〉」
「……おう、しっかり調べないとな。……『五感アップ』、『五感アップ』!」
俺はその気遣いに固い気持ちがゆるりと和らぐのを感じ、皆のバフを上書きしてさらに重ねる。
格好悪いところ、見せたくないもんな。
グランは左手で持った光るキノコを肩にトントンと当てながら俺たちを振り返った。
「――よし。この階はきっちり見るぞ、片っ端から部屋を確認する」
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ひとつめの部屋はがらんとした独房のような場所だった。
ポカリと口を開けている小さな窓は明かり取り以上の機能を持ち合わせておらず、人が通り抜けることはできそうもない。
扉も金属製で――うん、やっぱりこう……なにかを閉じ込めていたんじゃないかって感じだ。
「うん、早速物騒だな」
「そういうあんたは楽しそうだよな……」
歯を見せて笑う〈爆風〉に俺は肩を竦めてみせる。
こんなときでも伝説の〈爆〉はいつもどおりで、それがまた――ちょっと格好いいかなと思ったり思わなかったり。
「こっちも独房みたい」
隣の部屋を覗き込むボーザックはそう言ってグランと一緒に次の部屋へと歩を進めた。
廊下は左右に扉がいくつかあるようだけど、この先は扉同士の間隔が広がっているようだ。
つまり部屋が広くなっているんだろう。
俺は〈爆風〉の持つ光るキノコを頼りに、グランたちとは違う部屋の扉を慎重に開けた。
「……足跡はこの部屋に入っているわね。瓶がたくさんあるけれど……薬の類、かしら」
「あ、この木片はベッドだったんじゃないかな? ……そうすると治療室とか……?」
部屋の中に首を突っ込んで言うファルーアのすぐ隣からディティアが体を滑り込ませる。
治療室か……。こんな上層階に造るってことは、この階は治療が必要な人が多かったのかもしれない。
苦いようで鼻を刺激するような臭いが微かに残っているとわかるのは五感アップのおかげだろう。
「……おい、ちょっとこっちの部屋に来てくれ」
グランの声がしたのはそのときだった。
えっ、金曜更新されていないですよね!?
うわーっ!
失礼しました!
これ金曜分です!
よろしくお願いしますっ