魔法実験は失敗ですか①
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――翌日の朝、と思われる時間。
俺たちは簡易的な朝食を済ませ遺跡調査に出発した。
樹液塊の柔らかい光はずっと俺たちと森を照らし続け、結局夜らしい夜は訪れなかったんだ。
本当に不思議な場所だけど正直眠るときは暗いところがいい――夜のありがたさを思い知る。
「……まずは大小の建物の周りからだ。ファルーア、本はどうだ? かなり長い時間読んでたんじゃねぇか?」
グランが歩きながら言うと、ファルーアは瞼を指の腹で擦ってから頷く。
「……ん、ええ。お陰で少し寝不足だけれど――あらかた筋は掴めたわ。簡単に言うと、ここではなにか機密にあたる魔法実験をしていた……つまり研究所だったのよ。ハルトの本が役に立ったわ……情報の伝達手段が秘匿魔法だったみたい」
「それで、肝心の機密情報はわかったの?」
先頭のボーザックが肩越しに聞き返す。
……ちなみに『五感アップ』をひとつ全員に掛けてあるが、今日も今日とて森は静かだ。
どこか清純な冷たい空気も変わらずで……やっぱりもの寂しい。
「それだけはどうにも……『あの魔法』とか『あれ』といった単語で書かれていて具体的な内容は記載されていないようなの。……ただ、昨日見た発動済の魔法陣……あれだけは別の紙に描かれたものが挟まっていたわ」
「挟んだのはあれを使った『誰か』ということになるか」
〈爆風〉が言うと、珍しくふあ、と大きな欠伸を挟んだファルーアがこくこくと首を縦に振る。
「紙も新しかったし、そうだと思うわ。……どこかから映したのかもしれない。建物内に情報が残っていた可能性はあるわね」
「やっぱり建物内の調査は必須になりそうだね」
ディティアがそう言って空――というか天井を見上げる。
枝葉を広げた巨大樹が俺たちを見下ろしているのも相変わらずだけど……本当にでかい樹だな。
あれも魔法で生み出したってことなんだろ? 巨大キノコといい、古代のひとはこんな『隠された場所』でなにを生み出したかったんだ……?
そこまで考えた俺はなにかが引っかかってひとりで首を傾げた。
それは掴みきる前にするりと消えてしまったんだけど。
「あ、建物が見えたよ」
ボーザックの声に……俺は頭を振って意識を切り替える。
木々の間から姿を現したのは――最初と同じ、灰色の石を積み上げた外観の四角い建物だった。
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大小の建物は長側面を向かい合わせ、並んで鎮座していた。
大きいほうは五階建て、小さいほうは二階建て――に見える。
ここもまた外壁に枯れたような蔦が這っているけど、 下草は建物を嫌っているかのように生えていない。
大きさ以外でなにが違うといえば、巨大な根が大きい建物の1階……その土手っ腹を突き破って伸びていることか。
「ふむ、随分と豪快に突き破ったものだな」
〈爆風〉が言いながら近くの根をポンと叩く。
とりあえずふたつの建物の外周をぐるりと見て回ったけど扉が破られた痕跡はなかったし、人が通れるほど割れた窓もなかった。
まあ〈爆風〉の言うとおり、これだけ豪快に根が突き破った壁には大穴があるわけで……わざわざ扉を開く必要がなかったんだけどな。
「蹴破る手間が省けたってところか。よし、お前ら準備はいいな?」
グランの言葉に皆が頷くと……彼はベルトに下げていた光るキノコを左手に握る。
ちなみにこのキノコ、残りは二本。
一本はグランが、もう一本を〈爆風〉が持っていた。
まだ光ってるし、笠がへたっているわけでもないし? 案外魔力が豊富に含まれていることで保ちがいいとか……あるのかもな。
「いまのところ気配はしねぇが――注意するに越したことはねぇ。警戒は怠るなよ、いくぞ」
俺たちはボーザックを先頭に根と壁の隙間から体を滑り込ませる。
――中は……大きな部屋だった。
光るキノコのお陰で部屋全体を把握するのには困らない。
壁際には埃だらけの机と椅子……それから濁った瓶の並ぶ棚があって、根が蹂躙した部屋の中央寄りには倒れた台座と黒い石が散乱している。
足下にはボロボロになった絨毯が敷かれ、その上にも薄らと埃が積もっていた。
「……足跡があります」
そこで口にしたのはディティアだ。
見れば……たしかに足跡らしきものが奥へ向かってポツポツと続いている。
「ふたりぶんだな――奥へ向かったようだ。この穴から出たわけではなさそうだが……さて」
身を屈めて確かめた〈爆風〉の言葉に俺は根っこの奥――部屋の向こうへと視線を奔らせた。
根は扉なんて関係なく部屋の壁を突き破っていて、廊下と思しきその先は暗くて見えない。
「夜がないのもどうかと思ったけれど、昼間だっていうのに暗いのも考えものね……とはいえ行かないなんて選択肢はないわ」
ファルーアはそう言いながらゆっくりと踏み出す。
グランがその少し先で頷いた。
「ああ。とりあえず足跡を辿るぞ」
応える代わりに一斉に歩き出した俺たちの足音が鈍く響き渡る。
……絨毯があるとはいえボロボロで、その下は無機質な石床だ。
誰もいないとわかっているのに、反響した音はほかにも人がいるような錯覚を起こさせた。
「うわー、なんかすごく不気味なんだけどー」
「そういうお前は楽しそうだなボーザック」
飄々と口にする大剣使いに返すと、彼は振り返ってにっと笑ってみせる。
「へへ、これも冒険! って感じしない?」
「冒険というか……肝試しじゃないか……?」
俺が答えて肩を竦めるとボーザックはますます破顔した。
「あはは、たしかにー」
まあ、皆がいればそんなに怯えるような空気にもならないんだけどな……。
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