逃げ果せると思うなよ。②
「いや、すまねぇがこういう歓迎は品が無くて好かないんでな」
グランがぴしゃりと言うと、ファルーアが続けた。
「やるなら、私達女性がいないところにしてほしいわね、不愉快よ」
「そうですね……叩きのめそうかと思いました」
ディティアが拾って……えっ、俺見て言うの間違ってないか!?
奴隷の女性達は悪くないんだと、思う。
思うけど、身を竦ませているその姿はちょっとかわいそうだ。
さらにフェンが低く唸るから、グラン、ボーザック、俺はちらりとお互いを見た。
こ、こわ……。
白薔薇の女性陣は強いんだぞ…勘弁してほしい。
「それはそれは、失礼しましたな」
ヤンドゥールは嫌味な笑みで、正面に座った。
……宰相ヤンドゥール。
金色をくすませたローブを纏う身体は細い。
五十後半といった面持ちは、細い眉毛に細いつり目、白髪交じりの黒髪はオイルか何かで撫でつけてある。
いかにも悪いことしてます!って顔だなあ。
そして、料理が出始める中、金髪の女性をべったりとはべらせたヤンドゥールから、交渉が開始された。
「単刀直入に話しましょう。白薔薇がお持ちの情報は、本物ですかな?」
「信じる信じないは自由だな。平和な解決を願うが」
グランが答える。
「では、これはどうでしょう?私は海の向こうにもパイプがありましてな。既に、魔力結晶の造り方を知っているとしたら?」
にやにやと笑うヤンドゥールに、ファルーアがため息をついた。
「馬鹿にするのは止めた方が賢明よ、ヤンドゥール。私達はギルドの正式な使者であり、ラナンクロストの依頼を姫から直々に受けた者。ノクティアのアナスタ王とも仲良くさせてもらっているの。それを、わざわざ怒らせることが得策とは思えないわね」
ディティアも控えめに頷く。
「海の向こうの国が情報を知っているとして、そう簡単に情報を流すとも思えないです」
ヤンドゥールはふはは、と笑って、
「なる程、さすが白薔薇の皆様だ。挑発にも乗りませんな」
なんて、わざとらしく大袈裟に両手を広げた。
「では。取引といきましょう」
「ほう?」
「私とて各国と協力体制を築くのはやぶさかではありません。この国では誇れる資源も無い。鉄屑だけで生き残れる世の中ではなくなってきている」
…まだ、濁ったエメラルドの価値は知らないんだろうヤンドゥール。
くすんだ金のローブの袖を少しまくって、両手をテーブルに乗せる。
「この国の貴族になりませんか」
……。
………えっ?貴族??
「貴族って…どういうことだ?」
グランが疑問符ばっかりの顔で聞き返す。
「この国で、貴族の称号を授けます。勿論冒険者は続けて構わない。それなりの領地や報酬もあり、何より…」
ヤンドゥールは言いながら、はべらせた金髪女性の肩をゆっくり撫でた。
女性は一切の感情を顔に出さない。
「…こういうことです」
にやりと笑う宰相の気持ち悪いこと。
ほら、またファルーアとディティアが……え?だから、こっち見てそんな哀れそうな顔しないでほしい。
俺が手を振ると、ディティアははっとしてそっぽを向いた後、べーっとしてきた。
うん、それは可愛い。
っていうか誤解しないでほしいんだけどなあ。
全く羨ましいと思えないし……。
「ふうん、つまりおじさんは俺達を国の専属みたいにしたいんだねー」
「おじっ……不屈のボーザック殿、出来れば名前で呼んでいただきたい」
グランが視線をそらし、わざとらしく咳払いする。
あれ、絶対笑いを誤魔化してるやつだ。
「あれ、俺の名前知ってるんだ-?」
「はい、流石にそれくらいは知っておりますよ」
ボーザックはふぅんと言った後、ずばっと言い切った。
「俺は貴族なんてどうでもいいなあー」
にこにこしているけど、明らかに冷たい。
「貴族はお気に召しませんか」
ヤンドゥールは少し眉をひそめる。
無意識かもしれない。
「うーん、俺は強くなりたいから興味ない」
「でしたら、貴族にならずとも冒険をサポートしましょう」
食い下がるヤンドゥールに、ボーザックはため息。
「ねえ、お姉さん」
ヤンドゥールの隣にいる、無表情の女性に声をかけた。
「……」
「お姉さんは、貴族が素敵だと思う?」
「……ヤンドゥール様は素敵です」
「ふーん」
刺々しい空気が流れる。
俺は、なんとなくボーザックが怒っているように見えた。
「…とりあえず、提案は今は無かったことにしてくれ。宰相」
俺が言うと、ヤンドゥールは背もたれにゆったりと身体を預けて頷く。
「いいでしょう、今は、ですが」
「ギルドの依頼が終わって、その時が来たらでいいのね?…それ以上不屈の機嫌を壊さないで」
ファルーアがふん、と鼻を鳴らすと、ヤンドゥールは大仰に頷いて見せた。
その後は正直、よく覚えてない。
意外と他愛も無い話ばっかりしたことは覚えてるんだけど。
たぶん、これ以上機嫌を損ねてもいいことは無いって、ヤンドゥールも思ったんだろう。
奴隷制度なんてのを外せば、普通の貴族なのかもって思う。
奴隷狩りがそれで許せるわけじゃないけどさ。
******
そして、その日は来た。
昼過ぎに、ギルド員がやって来たのだ。
先にドルム達は出発しているそうだ。
ここ2日、宿の周りで俺達を監視していたらしき影は、恐らくヤンドゥールが手配したんだと思う。
五感アップ重ねてボーザックとディティアに警戒させたのと、フェンがいてくれるからな。
バレバレだったのだ。
フェンに手伝わせて追いかけ回した後に捕まえ、縛って、ギルドに不審者だと届けておく。
本人は誤解だなんだって言ってたけど、知ったこっちゃない。
「何が目的で、誰の指金だ?俺達白薔薇を見張って何の得がある?」
グランがそう聞いても、口は割らなかった。
なので、後はギルドに任せる
「よし、行くぞ」
俺達は、踏み出した。
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