遺跡調査は難航ですか⑤
「焦げ臭い? ……あれ、そういえば少し……」
応えてくれたのはディティアで、彼女は干した果物を頬張ったままクンクンと空気の匂いを確かめる。
それが小動物感に満ちていたんで撫でようと右手を伸ばすと、黙ったままのファルーアの杖が振り下ろされた。
「いッ!」
「馬鹿やってないでバフでも練りなさい?」
「ば、馬鹿……っていうか、そっか。『五感アップ』」
俺は引っ込めた右手の甲を左手で擦ってからバフを広げる。
いま俺たちは『五感アップ』の二重だから、これで三重だ。
すると、ディティアが首を傾げつつ言った。
「……本当だ、臭うね。……木が焼ける匂いのような――? ハルト君の座ってる方向から漂ってきてるみたい」
グランは顎髭を擦り、ちらりとファルーアを見る。
「崖の上から見たときは煙なんてなかったぞ? まさかファルーアの魔法がどっかに燃え広がった――なんてことはねぇよな……?」
「ちょっと。失礼なこと言わないでくれるかしら? 燃えているとすれば『未知の魔物』くらいよ。気配がしないんだから私のせいじゃ――」
むっとした顔で形のいい眉を顰めたファルーアは……そこで言葉を止める。
――そう。気配はしない。でも、しないだけで……もしかしたら。
「えっ、まさか『未知の魔物』が燃えて力尽きてるとか⁉」
たぶん皆が思ったことを口にしたのはボーザックだ。
「ふむ。食える部分は少なそうだったが――」
「いやいや、なんでそういう発想なんだよ〈爆風〉。……あー。とりあえず見に行かないか? 一応討伐も目的のひとつなんだし……」
歯を見せて笑ったオジサマに俺が呆れてみせると、彼は立ち上がって土を払った。
「冒険の最中の食糧確保は大事だぞ〈逆鱗〉。……とはいえ万が一火事だとすれば呑気なことも言っていられないだろう。急ぎ状況確認したほうがいい」
「そうだな。よし、行くぞお前ら」
グランの号令で俺たちも立ち上がり〈爆風〉と同じように土や草を払い落とす。
……俺たちは再び静かな森のなかを歩き始めた。
******
やがて焦げ臭さが濃くなると――突如視界が開けた。
空気は変わらず冷たく、所々に突き出す樹液塊の光によって時間感覚が曖昧になるなか、その光景は異常だった。
「……なんだこりゃ……根っこが吹き飛んで焼けていやがるのか……?」
「燻ったみたいですけど、もう火は消えているようですね……」
「熱も残っていないな。遺跡を覆っていたキノコを焼き払ったのと同時期に燃やされたのかもしれん」
グランとディティア、〈爆風〉が各々口にする。
そう。大樹の根――それが派手に燃やされて道ができていたんだ。
「見て! あれ、魔法陣じゃない?」
そこでボーザックが燃え残っている根の部分を指差す。
視線を這わせれば――なるほど。円形紋様の名残らしきものが視認できた。
なにかの塗料で根に直接描いたんだろう。
「……ファルーア、なんの魔法陣かわかったりするか?」
聞くと、彼女は少し考えてから頷く。
「見てのとおり攻撃系のものね。遠隔で使えるのなら離れた場所から発動させたのかもしれないわ。罠ではなくて明らかに根を吹き飛ばすことが目的じゃないかしら」
「ジェシカちゃんたちのご両親が所属する組織は魔法陣を使うんだったよね? それなら、もしかして……」
「そうね。あの子たちの両親がここに来た可能性が高まったってことだわ。……ほかに魔法陣はなさそうだし、ここから入れば建物に辿り着けるかもしれない。――『未知の魔物』も見当たらないしね」
ディティアが付け足すとファルーアは金の髪を払って辺りを窺う。
ボーザックは焼けた根の端から向こう側を覗き込むようにすると、振り返って肩を竦めた。
「ドルアグって組織――だったっけ。こんな太い根を吹き飛ばずくらいの魔法って相当じゃない? ……確かにこれを使えば遺跡を封鎖できそうだけど……踏まないようにしなきゃ」
「ふむ。この先は罠もあるかもしれんな。魔法陣があれば魔力の流れも違うはずだ。気を抜くなよ」
〈爆風〉の言葉に俺たちはしっかりと頷きを返し、先へ進むことにした。
ここまではかなり難航したような気がするけど……道が開けていたのはいろんな意味で朗報だ。
ジェシカたちの両親がいるなら早く連れ帰ってやりたいしな。
『未知の魔物』がどうなったのかも気になるところではある。だけど気配を感じるわけでもないとなれば、いまは二の次ってところか。
足下の土は固すぎず柔らかすぎずで、下ろした足が僅かに沈むような感じだ。
そこから好き勝手に生えた下草を掻き分け、踏み締めて進むことしばし。
「――建物だ」
俺は木々のあいだから僅かに見えた石積みの壁面に――思わずこぼしていた。
金曜更新できなかったので!
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