遺跡調査は難航ですか③
滑るように踏み出す伝説の〈爆〉は腰を落とし身を低く保ったまま『未知の魔物』との距離を一気に詰めた。
魔物の脚は鱗状の皮膚で覆われていて、色はくすんだ茶色。
前三本、後ろ一本の指と鋭い爪を持ち、地面を蹴り抜いて向かってくる。
俺の顔くらいなら悠に鷲掴みできそうな大きさだし、あの爪にも警戒したほうがよさそうだな。
『ギュエェェッ! ギュエェッ!』
耳障りな声で嘶くと、魔物は平たく潰れた形の嘴をバクバクさせた。
例えるなら……餓えたひな鳥のような感じか。
一体が地面を蹴って爪を繰り出すのを鮮やかな体捌きで躱した〈爆風〉は擦れ違いざまに双剣を閃かせ、そのまま後ろの一体へと躍り掛かる。
しかし……聞いていたとおりの『毛むくじゃらな体』は刃を埋めただけ。
どちらにも効いていないように見えた。
「ふむ。肉付きは思いのほか悪そうだ。……む」
そのとき〈爆風〉がなにかを察知したのがわかった。
『ギュオォッ!』
さっきとは違う重い鳴き声を最初の一体が放ち、地面を蹴って横っ跳びに離脱した〈爆風〉の髪がバサバサッと巻き上がる。
――動きからは有り得ない方向への空気の流れ……魔法だ。
『ギュエエェッ』
魔物は平たい翼をバタバタと動かし〈爆風〉へと飛び掛かる。
〈爆風〉はそれを躱すとその脚を強烈な蹴りで掬い上げ、魔物を地面に叩きつけた。
魔物はすぐさま跳ね起きたけど――魔法さえ撃たれなければそう強いわけでもなさそうだ。
「連携するわけでもないし頭はよくないようね――ハルト、キノコを一本投げてもらえるかしら?」
ファルーアが龍眼の結晶の填まった杖を翳しながら言ったのはそのときで、彼女は続けて妖艶な笑みを浮かべる。
「キノコ? ……あー、おう。わかった」
「〈爆風のガイルディア〉、派手に一撃いくわ。合わせてもらえるかしら?」
「うん、いいだろう!」
俺は応えた〈爆風〉の声を聞きながら通路に戻り、投げ入れていた光るキノコを右手で掴んで左手にバフを練る。
ちなみに、双剣は三本指でしっかりと支えたままだ。
「それじゃ……『腕力アップ』」
ところが。
『反応速度アップ』を上書きして構えた俺の腕をディティアがツン、と突いた。
「ハルト君。せっかくだから『魔力感知』バフを試したらどう?」
「うん?」
「……ほら、『魔力活性』があればハルト君のバフも制御できるんじゃないかと思って。あんまり大きな口じゃないけど狙えないかな?」
「――おお、なるほどな! ……ファルーア! 〈爆風〉! ちょっとバフ試させてくれるか? うまくいけば隙が作れるかも!」
「仕方ないわね」
「ふむ、手を貸してやろう。よく狙え」
ふたりはすぐに応えると、それぞれ位置取りを変えてくれる。
ファルーアはいつでも魔法で援護できるように。
〈爆風〉は俺から魔物の口が狙えるように。
「……助かる! 『魔力活性』ッ!」
俺はかけたばかりの『腕力アップ』を書き換え、魔物の様子を窺った。
「……しっかり見ておけよ〈逆鱗〉! はッ!」
『ギュオオォッ!』
歯を見せて笑った荒れ狂う風は魔物二体を相手に吹き荒れ、弾ける『見えない魔法』をものともしない。
当然、魔力を読もうと試みるけど……伝説の〈爆〉には遠く及ばない。
俺は知らず息を呑み――その強さを記憶に焼き付けながら、隙を逃すまいと右手を前に突き出した。
大丈夫。『魔力活性』でバフの形はより安定するはずだ。
だからそれをファルーアが言うように『凝縮』させてやれば――。
『ギュエエェッ!』
『ギュオオッ!』
――いまだッ!
「『魔力感知』『魔力感知』ッ!」
瞬間、思い切り投げたバフが翼を広げた二体の魔物の口に飛び込んだ。
「ファルーア、〈爆風〉! いくぞッ! 『腕力アップ』!」
俺はすぐにバフを書き換えて光るキノコをぶん投げる。
『ギュェ――ッ⁉』
思惑通り……かどうかはわからないけど、ビッカビカに眩しいと思われるキノコから目を逸らすように魔物二体が半身を捻った――そのとき。
「燃えなさいッ!」
――ファルーアの杖が煌々と光を放ち、キノコを巻き込んだ太い炎の柱が天井へ届かんばかりに立ち上った。
グオォォオッ!
遅れて届く轟音と熱波。
「下がれハルト、ディティア!」
「やっと出番だー! やることないかと思った、俺ー」
俺とディティア、ファルーアの前に出てくれたのはグランとボーザックだ。
俺は凄まじい熱に白い大盾と大剣のあいだで咄嗟に身を屈める。
いや、魔法が強力になるっていうのはわかってたけど……熱い。熱すぎる。
「ちょ、ちょっと派手にやりすぎじゃないかファルーア⁉」
「ははは。まったくだ。俺じゃなかったら丸焼きにされていたかもしれん」
思わず叫ぶと、同意しながらしれっと戻った〈爆風〉にディティアがくすくすと笑った。
「そこは『消し炭』です、ガイルディアさん!」
えぇ……そういう問題か?
俺が唇を引き結んで考えたところで炎の柱が空気に溶けるように散る。
けれどファルーアは黙ったまま難しい顔をしていた。
「…………ファルーア?」
呼びかけると……彼女は杖をくるりと回して肩に掛かった髪を払った。
「――逃げられたわ」
「は?」
「残念だけれど崖下に跳んだようね」
「そのようだな。あの炎のなかで咄嗟に動けるとは――羽毛に魔法耐性があるのかもしれん」
「モフモフでしたもんね……」
ファルーアの言葉に頷いた〈爆風〉にディティアがなんともいえない言葉を返す。
「……まあ……この高さだし無傷ってことはないだろ。飛べるようにも見えなかったし」
俺はそう言いながら崖の端に寄ってそっと下を覗き込んだけど――見えるのは木々の枝葉だけ。
目を凝らしてみたところで『未知の魔物』らしき姿はどこにもいなかった。
「うわ、結構高いね。……とりあえず危険は去ったってことでいいんじゃないかな?」
ボーザックも同じように顔を出し、すぐに引っ込めて皆を振り返る。
「……そうだな。逃げられたもんは仕方ねぇ。警戒しながら進むぞ」
グランが大盾の表面をひと撫でして背負い直し、俺も双剣を収めた。
たぶん……あいつらに『魔力感知』バフの効果はあったはずだ。
もっと魔物でも試せたらいいんだけど――ああ、フェンがいたら付き合ってくれたかな。
俺はふと思って……口元に笑みを浮かべた。
次に会うときには驚かせてやろう。そう思ったんだ。
日付変わってしまいましたが火曜日分です。
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