逆鱗とやらに触れたので。③
そういえば、ついこの前も意識飛ばしたんだっけ。
そんな風に思って、ふと目が覚めた。
しかし。
「やあ、逆鱗の」
目に飛び込んできた爽やかな雰囲気に、もう一度眼を閉じてやった。
「ひどいな、せっかく様子を見に来たというのに」
「シュヴァリエ、お前に見てもらう義理は無いから帰れ」
「ははっ、閃光の、と付けてくれてもいいよ。残念ながら白薔薇の諸君に頼まれているのでね、帰ることは出来ないんだ」
「はあ?」
思わず起き上がろうとして、全身にびりびりっと電流が走ったかのような感覚に、突っ伏す。
どうやらどこかのテントの簡易布団か何かに寝かされているようだ。
「いてぇ……」
「ふむ、まさかバフを何重にもかけられるとは、知ったら重複も驚くだろうね」
シュヴァリエは隣に腰掛けると何が面白いのかふふっと笑った。
「……タイラントは」
俺は非常にこの上なく不愉快だったけど、周りに他に誰も居ないので聞くことにする。
「飛龍タイラント。あの魔物は、君の一撃で死んだよ。まさか追い越されるとはね、逆鱗の」
「…そうか」
トドメは刺せたらしい。
とりあえずほっとして、俺は少しだけ力を抜いた。
「怪我人は」
「大丈夫、致命的な怪我人はひとりも出ていない。祝福がそれこそ丁寧に治療もしているよ。むしろ君が1番重症だ、逆鱗の」
「あのさあ、その逆鱗のって辞めろよ…」
「それは出来ない。何せ僕は君にこの2つ名をあげることを決めてしまったからね」
「はあ!?」
また飛び起きようとした俺は、全身の激痛で呻いた。
くそ、勢いでやったけど、五重はやりすぎたなあ。
「ハルト!起きたの!?」
俺の声が聞こえたのか、テントにボーザックが飛び込んでくる。
「おー、起きたか逆鱗の」
一緒に入ってきたのは祝福のアイザック。
やっぱりでかい。
ボーザックと並ぶと兄弟みたいだ…と他人事みたいに思う。
ちょっとした現実逃避である。
「おかえり祝福の。さて、じゃあ僕も手伝いに行こうか」
「あー行ってくれ。出来れば戻ってこないでくれ」
「ふふ、君は本当に面白いね。ではまた、逆鱗の」
…うわあ、また来るつもりなのか?
俺は寝っ転がったまま、ふん、と鼻をならした。
「さて、どこまで聞いた?」
どかりと腰を降ろして、アイザックが聞いてくる。
その隣にボーザックも座った。
タイラントを倒したこと、大した怪我人は出てないことを聞いたと告げると、アイザックは頷く。
「倒してから半日経った。今はもうすぐ夕方ってとこだ。まずはギルドに討伐成功の伝達を走らせてる。残りの奴らは素材の剥ぎ取りをしてるぞ」
「素材か…こういう時ってどうなるの?」
俺が聞くと、アイザックは少しだけ考えた。
「通常であれば、山分けなんだがなあ。如何せん、飛龍タイラントの素材となると、ギルドが差し押さえるかもしれん」
「……何で?」
「良すぎるんだよ。素材が。武器や防具の素材としても、装飾品としてもな。だから1回差し押さえて、それ相応の対応をした奴らに一部は振り分けて、残りは報酬に金として上乗せされる」
「その余った分はどうすんの?」
「詳しくは知らねぇけど、各国に研究用として回すはずだ」
「そっか……はあ、とりあえず良かった…」
「ああ。この大規模討伐依頼は完璧な成功だ。その功績はかなりのもんだぞ、逆鱗の」
「…ああ、ところでアイザック…その呼び方、本当に辞めてほしいんだけど?」
俺がうんざりして言うと、アイザックはガハハっと笑った。
「残念だが、そりゃあ無理だ。お前、最後に逆鱗に触れたのは認めてやるよって言ったろう?」
「ええ?…あー、すっげぇイラッとしてシュヴァリエに言ったような気がする」
「あれ、あそこにいた奴等、全員聞いてるからさ。もうお前、ここでは逆鱗のハルトって呼ばれてんだぜ」
「……!?うぐ、いてて」
身体を起こそうとして、呻く。
ボーザックを見ると、可哀想なものを見るような目でこっちを見ていた。
「ボーザック……嘘だろ?」
「ざ、残念ながら。……閃光のシュヴァリエも、ハルトが吹っ飛んだのを受け止めた時にでっかい声で褒めてたし…『逆鱗のハルト、僕は君を認めよう!』とかなんとか」
俺は絶望に叩き落とされたような気持ちになる。
しかも、何だって?
吹っ飛んだのを受け止めたって、あいつが俺をキャッチしてくれたってことか?
「悪夢だよ……まだ夢見てるとかないかな」
「まあまあ、逆鱗の。…あいつは空気読めないとこあるけど、根はいい奴だから許せ」
アイザックを見て、俺はため息をついた。
「…わからなくもないけど。けど、あいつディティアに、彼女が仲間を亡くした討伐のことを持ち出したんだぞ。俺はむかついた」
「ああ、そういうのは読めないからなあいつ。ただ…言ってることは間違ってないとは思うぞ。あいつは強くない奴は冒険者でいてほしくないと思ってる。だから実力のある2つ名持ちが好きなんだよ」
……。
確かに、ディティアの居場所を提供しようとしてた発言だった。
それは、認めるけど。
「強くないから、死ぬ。それなら、強い奴だけ残るべきだって、な。それがあいつの考えだ」
アイザックはぽんと膝を打つと立ち上がった。
「ヒールじゃお前の痛みは治せそうにないから、俺は行くぞ。早く動けるようになれ」
俺は言葉を返せずに、ただ頷いて見せた。
ボーザックは俺に食事と水を持ってきて、ついでに白薔薇の皆を呼んだと告げる。
起きるのを手伝ってもらって、ようやっと落ち着いた。
「逆鱗かあ…」
思わず、こぼす。
「格好いいとは思うよ」
ボーザックの慰めに、ため息混じりに頷く。
「まあ、重複よりはマシかなとは思うよ…」
「俺さ-、ハルトに言うのは可哀想なんだけど、俺が認めてほしい2つ名を探そうと思う」
「うわあ、本当に俺に言うと可哀想な台詞だな。でも、それがいいよ…」
「うん。それで、格好いい2つ名もらうよ」
そこに、ディティアが飛び込んできた。
「ハルト君!」
「ああ、ディティア。おはよう」
「もうー!心配したんだから!」
「うわあっ」
飛び付いてきたディティアに、何故かボーザックが驚く。
俺は激痛に声も出せず、固まった。
「良かった、本当に」
何とか頭を撫でたところで、赤面してるボーザックと眼が合った。
確かに、この状況は恥ずかしい。
「あー、ディティア。すごく、痛い」
「っ!わあ!ごめんハルト君!!」
ディティアはがばりと身を引くと、ボーザックに初めて気が付いたかのように真っ赤になった。
「あわわ、ボーザック!?わ、私ったらちょっと舞い上がっちゃった…」
俺はそっと身体を擦った。
少し、マシになっただろうか?
「…すぐにグランさんとファルーアもここに来るよ。それで、ええと、少し相談があって。いいかな?」
「相談?」
ちょっと涙目の俺に、申し訳なさそうにディティアが頷く。
聞くと、報酬に入るだろう素材についてだった。
1番の功労者は、トドメを刺した俺だろうって予想しているようだ。
「グランさんの盾、ヒビが入っちゃったの…だからね、新しい盾の素材に、タイラントの角がいいと思って…ギルドと交渉出来ないかな?」
「え?グランの盾が?」
「うん、ハルト君を跳ね上げる前に、ヒビは入ってたんだけどね」
なるほど、角を折った衝撃で割れたんだろう。
「グランさん、修理に出すつもりみたいだから、それならいっそ新しくしてあげたいなあって。あの白い盾、薔薇の花びらって言ってたし…それなら白い素材にしてあげたいし…」
俺は笑った。
「そんなの、相談にもならないだろ。交渉しよう、そもそもグランが折った角なんだし」
ディティアは、ぱあっと笑顔になった。
そこに丁度グランとファルーアがやって来る。
「やったあ!グランさん、角をもらいましょう!」
グランは眉を寄せて、
「何の話だ…?」
と、首を傾げた。
******
その日の夜にはだいぶ動けるようになった。
討伐に参加したパーティーも、素材の回収が終わったため明日出発することになり、盛大な宴が催される。
持ち寄っていた酒や食材をふんだんに使って、飛龍タイラント討伐成功を祝う宴。
大きな焚き火も起こされて、知らない人同士も笑い合い、歌ったり、踊ったり。
俺はそのお祭り騒ぎを眺めていたのだけど。
「逆鱗のハルトさん!俺達感動しました!」
「逆鱗のハルト、その名しかと覚えた」
「バフをあんなに重ねるなんて、どうやってるんですか逆鱗のハルトさん!」
来るわ、来るわ、知らない冒険者達。
しかも、口を揃えてその2つ名。
名付けがシュヴァリエだったことと、付いた理由が気に入らないけど、響きはそれなりに気に入ってきてしまう。
「やあ、逆鱗の。1杯どうだい?」
やっぱ訂正。
気に入らない気がしてきた。
現れたシュヴァリエに、俺はため息をついて、それでも杯を受け取る。
「おや、素直だね」
「さすがに、皆の楽しんでるこの雰囲気に水は差したくない」
「はは、そうこなくてはな。では、逆鱗のハルトに乾杯」
「…閃光のシュヴァリエに乾杯」
シュヴァリエは極上の笑みを浮かべて杯を乾かした。
気に入らないけど、こいつはイケメンだ。
「…誰も死ななかったのは望ましいことだ」
シュヴァリエは持っていた瓶から俺に酒を足し、自分にも注いだ。
アイザックと話せた分、落ち着いた気持ちで聞くことが出来る気がした。
「それが1番だろ」
答えて杯を乾かす。
シュヴァリエはすかさず酒を注いできた。
「ああ。だからこそ、名のある強い冒険者達だけになればいいと、僕は思うよ」
「アイザックから聞いたよ」
「そうかい?…逆鱗のハルト。君に関しては、正直噛み付いてきたのが気に入ったのでね。そういう強さを見たのは久しぶりだ」
「?…どういう意味だ?お前に噛み付きたい奴はどう考えても多いだろ」
「はは、やはり辛辣だ。…僕の名前が有名すぎて、僕に敬意を表する奴らばかりだから、と答えよう」
「お前、嫌味だよなぁ…」
聞いてるのか聞いてないのか、一切を無視したシュヴァリエはさらに続ける。
「ひとつ約束だ、逆鱗の。君のその名、あっという間に広げてみせよう」
「は?…いや、ちょっと待て」
「大丈夫、僕が認めた素晴らしい才能を持ったバッファーだと触れ回れば完璧だ。しかも、名誉勲章持ちとも付け加えれば、それはそれは素晴らしい速度で有名になる」
俺は頭を抱えた。
喜んでいいのかどうかさっぱりわからない。
「それに、疾風を守るのには、必要な名前だろうからね」
「…っ、そう来るか…」
シュヴァリエは楽しそうに言うと、ではな、と言って立ち去った。
その後ろ姿に、少しだけ、感謝してやろうと思う。
宴の夜は、更けていく。
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