焼却作業は簡単ですか④
……パリパリッ
硝子が踏み砕かれるような音とともに作られるのは小さな氷の礫たち。
明るい茶色の笠を持つキノコの群は氷の魔法を使うらしい。
〈爆風〉の言うとおり『小さな魔法』で、その礫は当たると肌が赤くなる程度の効果だった。
――とはいえ、だ。
ものすごい数の礫がそれはもう大量に飛んでくるわけで。
「この数はさすがに……っと!」
夕飯を避難させたボーザックは白い大剣を体の前に構え、礫を受ける。
グランも大盾を翳し、後ろにファルーアを庇っていた。
「魔力を読むどころかいい的だよな――痛っ!」
俺は額に一撃食らって顔を腕で隠す。
鎧がある場所はいいとして……眼に食らったら危ないか……。
そんななかでも視線を奔らせれば、ふたりの風は縦横無尽に吹き荒れ、踏み倒し、斬り裂き、次々とキノコを屠っていく。
掠ってもいないのか……鎧があるところはそもそも避けないのか……あとで聞いてみたいところだ。
すると〈爆風〉が楽しそうな顔でこっちを振り返った。
「まずは数を減らす。五体も残せば十分だろう」
「――五体ね。ハルト、悪いけれどもう一度『魔力活性』を頼めるかしら」
その言葉に白い大盾に身を隠しているファルーアが応える――が。
「わかった――うぐっ!」
意識をそっちに移した俺の腕に氷の礫が炸裂する。
「油断禁物です、ハルト君!」
見ていたらしいディティアが双剣を振り抜いて笑うけど……余裕そうだなぁ。
――そもそもこのキノコはどうやって俺たちを認識するんだ? 眼……とかついてるのかな。
口もあればバフが使えそうだけど。
そういえば『属性耐性』バフならどうだ――?
俺はまだ覚えていないけどトールシャに来てから魔法を使う魔物が増えたような気はするし。
ただ……自分たちの肉体や反応速度を強化するほうが強いと思うから『属性耐性』について真剣に考えたことは殆どないんだよな。
それこそアイシャで戦った大きな貝型の魔物『アマヨビ』ほど強力な魔法を放つようなら『属性耐性』が必要だと思うけど。
『属性強化』なら覚えているし、ファルーアに試してもらうのはアリかもしれない。
あれこれと策を練りつつも俺はグランの横に移動し、ファルーアの差し出した左手を握る。
「……『魔力活性』!」
「ありがとう。……焼却作業は簡単なのだけれど……ほかのキノコも燃やしてしまったら少し問題かしら。ここは相手に倣いましょうか」
妖艶な笑みを浮かべて彼女はそう言うけど――洒落にならないぞ。
「おいファルーア。程々にしろよ?」
同じように考えたのかグランが渋い顔をする。
「ふふ、半分は冗談よ? ……〈爆風のガイルディア〉、ティア、一撃いくわ」
彼女は『半分』でも物騒なのに気付いているのかいないのか……さらりと告げて龍眼の結晶の填まった杖をくるりと回す。
キノコの群れはときおりパキパキッと氷の礫を生み出して攻撃を仕掛けてくるが……それだけだ。
自分を食べようとした敵に一撃喰らわせて驚かせるものなのかも。
散開した〈爆風〉と〈疾風〉を確認するとファルーアはビッとキノコの群れを指した。
「凍りなさい」
魔力活性バフが効いた氷の一撃。
礫なんてかわいいものじゃなく、そうだな……鋭利な氷の短剣が何十本も生み出されて放たれた矢の如く降り注ぐ感じか……。
思わずぶるりと震えるほどに恐ろしい――凄まじい光景である。
俺たちの眼前でキノコたちが次々と地面に縫い留められ、突き抜かれた場所から氷の花が咲く。
それが淡い水色に光る別のキノコたちに照らされて煌めくと――複雑なことにすごく綺麗だった。
「俺……敵の魔法がこんなだったらちょっと困るかもー……」
ボーザックが盾代わりにしていた大剣を右手でひと振りしてこぼす。
「だな。岩龍ロッシュロークの岩を食らったときより致命的だと思う……」
俺が応えると、すぐ隣まで戻ってきたディティアが頬を膨らませた。
「ハルト君、あのとき本当に酷い状態だったんだよ――次は絶対に私が守るんだから……!」
「え……」
ま、守る……って……。
思わず肩を落とすと……グランが可哀想なものを見るような目でこっちを振り返った。
「あー、ディティア。なんだ、その――それはハルトには酷だぞ……」
「えっ? 酷? そ、そうですか……?」
「いいよグラン……わかってる。俺、強くならないとな……」
「えっ……あれ⁉」
「ははは。そうと決まれば〈逆鱗〉。準備が整ったぞ、早速鍛えてやろう」
俺は困惑しているディティアを横目に、双剣を器用に回している〈爆風〉へと力なく頷いた。
「はぁー。お手柔らかに頼むよ……」
遅くなりましたが月曜分です!
逆鱗のハルト無印で『属性耐性』や『属性強化』に触れていますが、ずっと使う機会がなかったのでこのバフはほぼ初めてです。
今週も、よろしくお願いします。