焼却作業は簡単ですか②
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アルジャマの町を出て森を進むこと一日半。
道中は町が近いことや人の往来があるためか魔物に出会すこともなく平和だったんだけど――。
俺は突如目の前に広がった景色にポカンと口を開けてしまった。
「キノコです……でっかいキノコですハルト君……」
ディティアが呆然と呟くのには口を開けたまま二回頷くので精一杯。
そうなんだよ……でっかいキノコなんだよ……。
見上げれば首が痛くなるほど遥か高くに濃茶の笠があり、内側のヒダが幾重にも連なっているのがわかる。
土に近いほど膨らんだ白っぽい独特の柄は恐ろしいほど太く、ともすれば俺の家よりでかい。
そんなキノコがそれはもう見渡す限りに生えているのだ。
振り返ればまるで線を引いたように森があって……それがまた奇妙というかなんというか。……これも魔力が濃いからなのか?
しかも、既に暮れかけていた日の光はすっかり遮断されているのに足下に生える俺の膝ほどのキノコが淡く水色に光っているお陰で明るかったりもする。
幻想的ではあるんだけど――光るキノコもものすごい数だし、それ以外の種類と思しきキノコもまだまだあった。
「な、なにこれ……キノコの林……?」
ボーザックが呟くけど……うん。
「林っていうか森だろこれ……すごい景色だな……」
俺が返すと〈爆風〉がカラカラと笑った。
「ははは、いい眺めだな! どのキノコが美味いか楽しみだ!」
「いやいや、毒があったらどうするんだよ……」
咄嗟に突っ込むと我に返ったらしいグランがじっくりと顎髭を擦りながら唸った。
「食えるかどうかはわかる奴に聞くまでお預けだろうよ。……しっかしすげぇ大きさだなぁ――たしかにこのキノコなら遺跡のひとつやふたつ隠せるか」
「そうね――まさかこんなに大きなキノコが存在しているなんて思わなかったわ」
ファルーアはそう言いながら双眸を眇め頭を振る。
「しかもこのキノコたち……魔力がふんだんに含まれているようね」
「魔力が? ふーん……『魔力感知』!」
俺は道中でバフを使う必要がなかったこともあって、なんとはなしに魔力感知バフを広げた。
……すると。
「わっ、眩しい……!」
ディティアが両手の指先で目元を隠す。
そうなんだよ。これがまた光る光る……キノコがそれはもうビカッビカに光る。
暗い部屋から出た途端に太陽の光を浴びたような――まるで眼球を刺されるような感覚に俺も慌ててバフを消した。
「あははっ、びっくりした! グランとハルトが砂漠の地下に呑み込まれたときに見つけた遺跡と似てるかもねー」
ボーザックも目をしぱしぱさせて笑うけど……ああ、たしかに。
「あれは魔力を含んだ水が流れてて眩しかったけどな――」
「ほう、そんな遺跡があったのか?」
「このふたり、流砂に呑み込まれたのよ。こっちは生きた心地がしなかったわ」
〈爆風〉が興味を示したところにファルーアがぴしゃりと言う。
俺とグランは思わず目を合わせて唸った。
あれは――不可抗力っていうか。
そこでチラとディティアを見ると、彼女はまだ瞼を擦っていた。
――助けたかった。本当にそう思ったんだ、俺も――グランも。
彼女が安心できる場所、花が咲いたような笑顔を見せられる――そんな場所になりたいとグランに話したことが少しだけ懐かしい。
それは少し、ほんの少しだけ……近くなっているはずだ。
ぎゅ、と拳を握り締めると――グランが口を開いた。
「……とりあえず今日はこのあたりで休むか。明日の昼には遺跡だろうよ、準備万端で挑みてぇところだしな」
「はい、そうしましょうグランさん! ……そうと決まれば……ですね!」
ようやく落ち着いたらしいエメラルドグリーンの瞳を細めたディティアが応えると……渋くていい声が続けて耳朶を打った。
「――いいだろう、目を閉じろ」
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不本意ながら夕飯は俺の当番となった。
悔しいことにまだまだ慣れないんだよなぁ……。
やっぱりディティアは遠いんじゃないか――いやいや、弱気になってどうする。
そんなふうに目まぐるしく考えながらも俺の手は着々と薪を組み上げ、鍋と穀物も準備万端だ。
「ファルーア、火と水、頼めるかー?」
聞くと、ひとりでキノコを見上げていた彼女が水色の光に照らされた金の髪をさらりと払って振り返る。
「ええ――燃えなさい」
けれど。いつものように龍眼の結晶の填まった杖がくるりと踊った――その瞬間。
俺の前にあった薪から凄まじい炎が巻き上がった。
「うわぁッ――熱ッ⁉」
「え⁉ 嘘、ハルト――⁉」
慌てたのはファルーアも同じだったらしい。
焦りを含んだ声に俺はヒリヒリする額を擦った。
ま、前髪が焦げた――。
独特の臭いが鼻を掠めるけど……その程度で済んだのは反射的に引っくり返ったからだろう。
「い、一応……生きてる……大丈夫……」
俺は尻餅を突いたまま、とりあえずヒラリと手を振って伝える。
「どうした⁉」
「大丈夫⁉」
そこでテントを用意してくれていたグランとボーザックもやってきて、あたりを警戒していた〈爆風〉とディティアも駆け戻ってきてくれた。
「――魔力が多いことを失念していたわ。私の失態よ……火傷はない? ハルト……」
ファルーアが申し訳なさそうな顔で言う。
「大丈夫、ちょっとヒリヒリするけど火傷ってほどでもなさそうだ」
俺は頷いて……目の前で文字通り『消し炭』と化した薪を見詰めた。
一歩間違えば俺も本気で消し炭だったな――。
「うわ、これファルーアがやったの? 本気で消し炭……あいたっ! 冗談だってば! 痛い、痛いファルーアッ、ごめんってば!」
……俺があえて呑み込んだ言葉を素直に吐き出したボーザックをファルーアのヒールが襲ったのは言うまでもなかった。
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