焼却作業は簡単ですか①
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まずやったのはジェシカたちに遺跡に向かうと伝えること。
彼女たちの両親が遺跡にいるのかはわからないけど……一番確率が高いはずだと話す。
ところが、そこでアルミラさんが言った。
「私はこの子たちと残るわ。学び舎とトレジャーハンター協会だけじゃ生きるための術は身につかないもの。物を仕入れて売る――単純だけれど簡単じゃないことを覚えれば少しは役に立つはずよ」
「えっ、アルミラさんジェシカたちに商売教えるつもりなの?」
ボーザックが黒い双眸を目一杯に瞠るけど――アルミラさんは至極真面目な顔で頷いた。
高く結われた紅髪がその動きに合わせてゆらりと揺れる。
「……今回みたいに頼れるひとがいない場合でも貴方たちは生きなくてはならないわ。盗みは悪いことだけれど、ほかの術を知らなかったことも原因よ。それなら学んでおきなさい。いいわね?」
「え? あ……は、はい……」
腕を組み、堂々たる立ち居振る舞いで放たれた言葉にジェシカが慌てたようにコクコクと頷く。
……まあ……断れないよなぁ。
そうは思うけど、たしかに商売は生きる術のひとつだし――ジェシカが追い詰められてスリに走ったことを考えれば、アルミラさんの申し出は悪い話じゃないだろう。
「それなら任せるぞ姉貴。俺たちはひとっ走り遺跡に行ってこいつらの両親を捜す。ついでに『未知の魔物』の調査と討伐だな」
グランが顎髭を擦りながら言うと、アルミラさんは「さっさと行け」とばかりに右手を振って踵を返した。
「さあジェシカと弟たち、手伝いなさい。輸送龍に引いてもらっていた荷車の回収から始めるわ」
「輸送龍? やった、あの格好いい黒い龍だろ?」
喜んだのはカミューだけど――お前喰われるとか心配してなかったか?
俺は思わず笑ってから……グランに向き直った。
「それじゃ、俺たちも行こうか!」
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輸送龍の面倒をみていたカンナに礼を伝え、アルミラさんとジェシカたちが荷車を移動するのを横目に俺たちは支部長ロロカルさんから遺跡までの地図を受け取った。
〔白薔薇〕は『戦闘専門』のトレジャーハンターという扱いだけど、同時に『冒険者』ってことで今回は探索専門のトレジャーハンター抜きで向かっていいそうだ。
誰かを護りながら未知の魔物と戦うってのは避けたいし、ロロカルさんの判断はありがたい。
そんなわけで俺たちは広大な森のなか、踏み固められた道を西に辿った。
周りは立派な樹が聳えているけれど、トールシャで最初に降り立った町『ライバッハ』の樹海に比べたら可愛いもんである。
少し肌寒く感じられる空気に楕円形の大きな葉は少し黄色っぽくなっていて……もっと寒くなれば落葉するんだろう。
俺たちの故郷である大陸アイシャは基本的に温暖な気候だから山の上でもないかぎりそこまで寒くはならなかった。
だとするとこの先、防寒具も必要かもしれない。
残念なことに『体感調整』バフは凍傷が防げるわけじゃないからな――経験したことはないけど。
でも寒いってことは動植物も違うんだろうし、考えてみたら美味い魔物や木の実なんかも期待できるのかも。
そこまで考えて俺はふと口にした。
「あれ? そういえば遺跡を隠してたのはでっかいキノコなんだろ? このへんには普通のキノコしかなさそうだな」
「うん。遺跡を隠すほどのキノコって想像つかないなぁ私……。どんなキノコなんだろうね……?」
ディティアがことんと首を傾げたけど、うんうん。
「そうだなー、早く見てみたいな」
「……えぇとっ、ハルト君……その、何故頭を撫でるのかな……?」
「いや、カミューばっかり撫でてたろ? なんかしっくりこなくてさ」
「えぇ……」
ディティアはすこぶる複雑な表情で黙り込んでしまう。
そうそう、やっぱりカミューとは違うんだよな……! こうしているのが一番しっくりくるというか、なんというか。
ひとり納得していると〈爆風〉の渋くていい声がした。
「うん、少し助けてやろう〈疾風〉。――目を閉じろ」
「お、お願いしますっ! 一、二、三ッ!」
何故か不本意な気がしたけど……俺はディティアが数えるのに合わせて反射的に瞼を閉じていた。
すぐに指先から離れた彼女の名残りを気配として捉え直し、続けて息をひそめる。
考えたらこの遊びも久しぶりだな。
道も細いし、これならすぐに――。
そう思ったけど……あれ、変だな。
俺は無意識に眉を寄せる。
皆の位置はだいたい掴めているはずなのに……ざわめく森の気配が濃い。
それになんだろう、いつもと感覚が違うような。
なにかに邪魔されて気配が読みにくい――そんな感じなんだ。
瞬間、鼻先を風が過った。
「!」
俺は咄嗟に手を伸ばし、離れようとするその微かな気配に触れる。
――どうだ、いまの〈爆風〉か?
悩んでいるうちに少しの間があいて……。
「よし、いいだろう」
「ああ……やっぱり私が最後ね……」
〈爆風〉とファルーアの声が立て続けに聞こえた。
「どうだ、少し感覚が違うのはわかっただろう」
〈爆風〉は笑うと木々を見上げる。
吊られて視線を上げ、柔らかく日の光を透かした葉を眺めながら俺は唸った。
「……うーん。なんだか気配が読みずらかったな」
「俺もそう思ったけど――なにが違うのかな?」
ボーザックが肩を回して俺に聞き返すけど……そんなの俺もわからないぞ。
すると〈爆風〉が面白そうに口角を吊り上げた。
「はは。〈豪傑〉はどうだ?」
「んん、自信はねぇが――このあたりの魔力が関係してんだろうよ。俺は魔力なんてものを感じるほうじゃねぇが、気配が滲んで捉えにくい」
「ああ、それだー! 気配が滲む感じ!」
ボーザックがうんうんと二度頷くが、ファルーアは眉尻を下げた。
「私の場合は魔力を感じすぎるせいか形すらあやふやだわ……」
「そうだろうな」
〈爆風〉は満足そうに一度だけ頷くと続ける。
「このあたりはどうも魔力が濃い。うまく使えば強力な魔法が撃てるが、同時にその魔力がお前たちの魔力に干渉して気配をぼかしている……といったところか。さすが魔法大国だ。とはいえ慣れれば感覚が掴めるだろう」
「えぇとガイルディアさん、そうすると魔物の放つ魔法も強くなるってことですか?」
ディティアが聞くと――彼は歯を見せて笑った。
「当然だ」
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