魔物退治は得意ですか①
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学び舎は結構賑わっているようだった。
受付にいた人のよさそうな女性に〈爆風〉が声をかけると、彼女は快く学び舎のことを教えてくれる。
子供たちは組分けされていて、自身の習得状況に応じた基本的な読み書きや計算を教わるらしい。
定期的な試験があり、これに受かると次の組へと進むのだそうだ。
彼女はカミューを見ると「あなたは生徒さんじゃないわね。読み書きはできる?」と話しかけてくれた。
「ふむ。俺は冒険者養成学校で初めて字を覚えたが……お前たちはどうだ?」
そこで〈爆風〉に聞かれた俺は少し考える。
「……俺は両親から教わってたな。本も結構読むほうだったし……読み書きはそれなりにできたかも」
「えっ⁉ ハルト、本読んでたの? 意外なんだけど!」
黒目を皿のようにするボーザックに一瞥をくれてやってから俺は鼻を鳴らした。
「なんだよ意外って。そりゃ……勉強はあんまりだったけどな。それはお前も同じだろボーザック」
「えー。伝説の〈爆〉の話もうろ覚えだったハルトよりはマシだと思うけど、俺ー」
「あーそんなこともあったなぁ……」
その伝説がいまじゃ隣にいるっていうんだから冒険者はわからないよな。
ちらと件の〈爆〉の冒険者を見ると、にやりと笑みを返される。
すると受付の女性と話していたカミューが緑の目をキラキラさせながら俺を振り返った。
「ハルト、俺、学び舎に行ってみたい! ……あのさ、学び舎に行けば……と……友達ができるんだってさ!」
「はは。それはいい案かもな。ジェシカにも聞いてみよう」
微笑ましさに俺が頭をわしわしすると、カミューは唇を尖らせて顔を顰めた。
「うわっ! や、やめろってば!」
その反応に……ふとディティアを思い出す。
またちょっと違うんだよな――。
もうちょっとこう、小動物感があって可愛いというか……なんというか……。
「〈逆鱗〉、そろそろトレジャーハンター協会に向かうぞ」
「……っ! お、おう!」
俺は肩を跳ねさせ、なんだかそわそわして腕で口元を擦った。
――そんなわけで俺たちはトレジャーハンター協会へと移動したんだけど。
『ピュイィー!』
俺を見つけた輸送龍が鋭い爪でガシガシと地面を掻いて鳴く。
黒い艶のある立派な龍が天幕の横、馬と一緒にずらりと繋がれているってのは圧倒されるというか壮観というか。
周りにいる人たちも物珍しそうだ。
「は、ハルト……あんなところに龍がいる……く、喰われたりしないかな……」
俺の左の袖を握ったカミューが怯えているけど――あいつら草食だしなぁ。
「触ってみるか?」
「ええっ⁉」
「ほら、行くぞ……っと、あれ?」
そこで俺はトレジャーハンター協会から出てきた彼女に目を留めた。
「……ディティア? ……ジェシカと弟たちも」
しかも……どうやらいい理由ではないらしい。
表情が酷く硬いんだ。
「本当だ、おーいティア! どうしたのー?」
ボーザックも気付いて手を振る。
ディティアは肩を跳ねさせると、ジェシカたちを連れてこっちにやってくる。
「大丈夫か? なにがあった?」
見たところ弟ふたりはきょとんとしているけど……。
俺が声を掛けると、ディティアはぎゅっと眉を寄せた。
「それが……補助できませんって言われて……その」
「周りの人から遺跡を荒らしている奴らだからって怒鳴られた。父さんと母さんが荒らしているかなんてわからないのに……ドルアグ? そんなのあたし知らない……! あたしは悪いこと、してない……!」
「ジェシカちゃん……」
ディティアは捲し立てたあとで唇を引き結び俯いてしまったジェシカの背中をそっと擦る。
ボーザックは下のふたりを抱え上げて俺と〈爆風〉に目配せをした。
「俺、ティアたちとここで待ってるよ。中、お願い。……よし、あの黒い龍とお友達になろっか! カミューも一緒に来てくれるかな」
不安そうなカミューには頷いて、ボーザックは彼と弟たち三人を連れて輸送龍を見にいった。
「……よし、じゃあ中を見てくるよ」
「うん……ありがとうハルト君。その、グランさんたちが話してくれてるはずなんだけど」
俺はディティアとジェシカの頭をぽんと撫でて笑ってみせる。
「任せろ、絶対なんとかしてくるから」
「…………! ……ハルト君……い、いまはその、そういうの……どうかと思います……」
「…………」
ディティアが言うと、ジェシカが突然俺にしがみついた。
「父さんと母さん、捜して……! 悪いことなんて、してない! あたしも、い、いい子になるから……なるから……! う、うえぇん……」
気丈に振る舞っていたんだろうな。
突然ボロボロとこぼれ出した涙が褐色の肌を転げて落ちていく。
「――聞いたよ、家事とかも頑張っていたんだろ? 大丈夫、ジェシカはいい子なんじゃないかな。待ってろ、必ずなんとかしてやるからさ! なんたって俺たちには物語にもある伝説の冒険者がついてるんだぞ?」
「……うん。そこで俺を出すのはどうなんだ〈逆鱗〉。……とりあえず話を聞きにいくか」
俺は〈爆風〉と視線を交わし、ジェシカをディティアに任せて踏み出す。
子供相手に怒鳴った奴がトレジャーハンターなのか協会の人なのかはわからないけど――褒められた態度じゃないよな。
考えながらほかと同じくすんだ朱色の天幕へと入った――そのとき。
「それで? あの子供になんの罪があるってぇんだ?」
聞き間違いようのない堂々たる声。
中は酷くピリピリした空気で、トレジャーハンターたちも協会の職員らしき人たちも静まり返っている。
「ドルアグって奴らが遺跡を荒らしているってのはわかったが、それが理由であの子供を怒鳴りつける意味がわからねぇ。ああ……自分より弱い奴にならできるってぇのか? なあ?」
紅い鎧は最近新調したばかりで艶めいていて、背負う白い大盾が眩しい。
俺たち〔白薔薇〕のリーダー、グランが三人のトレジャーハンターらしき男女を前にドンと立っていた。
「な、なんだよあんたは! 関係ないだろ、俺たちは遺跡を荒らされて商売あがったりなんだよ!」
男のひとり、戦闘専門に見える奴が青ざめながらそう言ったけど……ああ、その返しはマズいぞ……。
俺はグランの隣で腕を組んでいた同じく赤鎧の彼女の眉尻が跳ね上がったのを見てしまった。
「――商売あがったり? はっ、馬鹿なこと言うわね。トレジャーハンターで一獲千金を狙うより真面目に働いたほうが儲かるわ? そもそもドルアグ全員が遺跡を荒らしているとも限らないし? さっさと謝りなさいよ、自分の非を認められないようじゃ商売する前に干されるわよ」
グランの姉、アルミラさんである。
ディティアとジェシカになんとかしてくるって言った手前、参戦すべきかもしれないけど……。
「ははは、これはしばらく傍観という手もあるぞ〈逆鱗〉」
何故か楽しそうな〈爆風〉に肩を竦めて……俺は少しだけ見守ることにした。
こんばんは!
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