古代魔法は身近ですか③
******
「ははは、早速巻き込まれたな!」
「巻き込まれたっていうか――まぁそうだけど」
笑う〈爆風〉にげんなりと肩を落として俺は応えた。
ひときわ賑わう広々とした天幕の中、大きな丸テーブルを囲んだ俺たちと姉弟らしき四人の子供。
俺とボーザックが捕まえた少年三人も少女と同じくくすんだ朱色のローブ姿で、髪と瞳は緑色だった。
「あの、い、急がなくて大丈夫だからね。ゆっくり食べていいよ」
俺の左隣で懸命に肉にかぶりつく長男らしき少年にディティアが水を入れてあげているけど――そう。
俺たちは一緒に飯を食っているのだ。残念ながら例の丸焼きじゃないけどな。
……なんでこうなったかっていうと。
親はどうしているのかと問い詰めた結果『古代魔法を覚えに行って帰ってこない』とかいう返答があって、ファルーアが食い付いたからだった。
親はもう二週間も帰ってきていないらしく、置いてあった生活費も底を突き、腹が減ったうえでの犯行……ということらしい。
とりあえず食べさせて事情を聞こうと相成ったものの、素直に食べ出した少年三人に対し一番年長であろう少女は訝しげだ。
「……本当にこれ、食べていいの」
「ええ。代わりにご両親のことを聞かせてくれればね。……それと盗んだことは反省なさい? どんな事情であれ、悪いことよ」
「……そんなことわかってる」
ぶっきらぼうに言った少女に――しかしファルーアは容赦なかった。
「わかっているならそんな態度にはならないわね。まず言うことがあるんじゃないかしら?」
少女は睨むようにファルーアを見たけれど、みるみる唇をへの字にして項垂れる。
……わかる。恐いよなぁ、ファルーア……っと、顔に出そうだ。考えるのはやめておこう。
俺がそっと視線を逸らすと、ややあって少女がしおしおと謝った。
「……ごめん、なさい」
「よくできました。さ、まずは食べなさい。……そういえば、どのくらい食べていなかったのかしら?」
妖艶な笑みを浮かべると、ファルーアは彼女の取り皿に野菜や肉を盛っていく。
「もう丸二日間……水しか口にしてない。弟たちも……」
「ええ、二日も? 大変だったね。……こっちも美味しいよ、いっぱい食べて」
ボーザックがさらりと会話に混ざり、自分の隣にいる小さな少年に肉団子を取り分けた。
そうそう。この肉団子、美味いんだよな。なんの肉なんだろ。
ちなみに少女を起点として、右回りにファルーア、グラン、〈爆風〉、俺、長男らしき少年、ディティア、次男らしき少年、アルミラさん、三男らしき少年、ボーザックと並んでいる。
意外にもアルミラさんはちゃんと面倒を見ていた。
瞬間、大きな野菜の煮込みを口にした少女がポロリとこぼす。
「……古代魔法を覚えるって言って、どこに行ったのかは知らない。十日もあれば戻るって言っていたのに……きっとあたしたち捨てられたんだ」
「……! お、オレたち、捨てられたの?」
反応したのは俺の隣にいる長男らしき少年。
キリリと吊り上がった眼を瞠った彼の右手、握り締めたフォークの先にある肉が震えている。
「はっ、ないわね。捨てたならお金なんか置いていかないわ。なにか事情があって戻れない――報せることもできないだけよ。家はどこなの? 両親の仕事は?」
しかしその重く沈んだ空気をばっさり切ったのはアルミラさんだ。
なんとなくだけど……自分のことを言っているようにも思う。
事情があって戻ることも報せることもできない――か。きっと苦しいんだろうな。
そういえばアルヴィア帝国で誘拐されたとき、皆と早く合流しなくちゃと焦ったのを思い出す。
逆の立場だったら胸が潰れそうなくらい心配しているだろうと思ったもんな。
――とにかく。そんなアルミラさんの言葉に幾分安心したのか……少女は肩の力を抜くと口を開く。
「家は町外れ……お父さんとお母さんは……なにか本を書く仕事をしてた」
「変な魔法陣とか難しい文字がびっしり書いてある本なんだぜ! オレ、見たことあるよ」
長男が答えるとファルーアが言った。
「よかったらあとで見せてもらえないかしら? 古代魔法の本であればわかるでしょうし、それをもとに情報を集めればご両親の居場所も推測できるかもしれないわ」
「……わかった……」
少女が頷くと……黙って肉を食っていた〈爆風〉が笑った。
「とりあえず娘さんたち。名前を教えてくれないか? こちらも名乗っていなかったな!」
おお、確かに……。
******
長女はジェシカ。十二歳。
長男はカミュー。十歳。
次男はレミュー。六歳。
三男はハルシカ。五歳。
俺たちも自己紹介をして、あれこれと話をしながら食事を進めた。
ちなみに例の芋虫……ボグムワグムの酒漬けはディティアが断固拒否したんたけどな。
食い終わる頃には少年三人がすっかり俺たちに懐き、ジェシカもやっと警戒を解いたようだ。
まあ……俺たちが例えば人攫いとかさ……そんなんだったら思うつぼだろうけど……アルミラさんに聞いたらドーン王国にそんな奴らはいないって話だし。
平和な国ではあるんだろう。
とはいえ生活もままならない子供たちのことを近所の人たちがどこまで気に掛けていたのかも気になるし……まず彼らの家に向かうことには賛成だ。
そんなわけで、俺たちは移動を開始した。
いつもありがとうございます!
ワクチンを打ったので明日は副反応で微妙かもしれません……!
何卒よろしくお願いします!