古代魔法は身近ですか②
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魔法大国ドーン王国の国境の町、アルジャマ。
アルミラさんが話していたとおり町にはトレジャーハンターと思しき人々がごった返していた。
輸送龍から降りた俺たちは先にトレジャーハンター協会へ行くというカンナと別れ、徒歩で町中を進んでいる。
まずは腹ごしらえだ。
道の両側に並ぶ天幕は屋台のよう。
食べ物や雑貨、武器や防具まで並んでいて――なるほど、トレジャーハンターたちはここで冒険の準備をするんだろうな。
「うわっ、見てよ! 丸焼きだ!」
ボーザックが言うので見ると……おお!
とある天幕の内側、猪型の魔物が脚を縛られて火の上でグルグルと回されていた。
こんがりと焼き色のついた皮から滴る肉汁、くゆる香りも当然たまらない。
立ち上る煙は天幕の窓らしき部分から外へと吐き出されていくけれど、それがまた――風情がある。
「美味そうじゃねぇか……」
「ちょっと豪快すぎないかしら」
思わずといった様子でこぼしたグランにファルーアが形のいい眉をひそめた……そのとき。
「誰か! スリだ! 捕まえてくれ!」
人混みの向こうで轟く叫び声。
「!」
俺は咄嗟に手を広げてバフを練った。
「五感アップ、 速度アップ!」
「いい反応だ〈逆鱗〉。……丁度少し体を動かしたかったところだからな」
歯を見せて笑った〈爆風〉はそう言うと左の爪先でトントンと地面を叩き――。
「ふっ!」
――息を吐き出して踏み出した。
同時にシャアンッと力強い音を響かせて抜き放たれた黒っぽい鈍色と白っぽい銀色の刃が日の光をチカリと瞬かせる。
そしてそれを喉元に突き付けられ、仰け反って止まったのは……。
「……ッ!」
まだ十代前半かそこらの……少女だった。
肩ほどまでの緑色の髪と同色の瞳。見開かれた双眸は双剣に釘付けで、よく日に焼けた褐色の肌を包むのはくすんだ朱色のローブ――天幕と同じ色だ。
「……ふむ。盗んだものを返せば説教で済ませてやってもいいが――どうする?」
〈爆風〉は笑いながらそう言うけれど、切っ先がぶれることはない。
「――」
少女はまるで獣のように歯を剥き出して悔しそうな顔をする。
そのとき。
ヒュッと空を切る音がした。
飛来した『なにか』を〈爆風〉は頭を傾けただけで避けると、なおも面白そうに口にする。
「三人。左の天幕の陰だ。鬼ごっこというのも悪くないぞ〈逆鱗〉」
「……は? 俺?」
思わずぐるりと頭を巡らせると、確かに小さな気配が三つ。……こっちも子供だろう。
どうやら仲間を救おうと『なにか』を投げ付けたようだけど――相手が悪すぎたな……。
「仕方ないなぁ。ボーザック、付き合ってくれ」
「あはは……了解ー」
俺とボーザックは「いってこい」とばかりに顎髭を擦るグランと困った顔をしているディティアに頷いて踏み出す。
……ファルーアとアルミラさんは傍観を決め込んでいたけどな。
「――おい、そこにいるんだろ? ……えぇと、お前たちもスリしてるのか?」
俺が天幕の陰へと近づくと、気配は逃げようとしたのか移動を始める。
「……はぁ。鬼ごっこね……」
呟いてはみたものの……捕まえたところでどうするべきなんだろうな。
正直なところ、この国の事情がわからない。
俺たちの故郷がある大陸アイシャの東部、山岳の国ハイルデンでは奴隷制度なんてのがあったし――奴隷狩りから逃れようとして孤児になった子供や、住む場所を無くした人も多かった。
彼らは『ダルアーク』という組織に身を寄せていたりもしたよな……。
ここの子供たちは他人のものを盗むことで生きるしかない、そんな状況にいるのだろうか?
俺はボーザックらしき気配が先回りしているのを感じ、立ち位置をずらして追い込むように気配へと向かう。
とにかくどんな状況なのか……捕まえてから聞くしかないか。
俺の様子を窺いながらも逃げていく気配に……俺は肩と首をグルグルと回してから宣言した。
「よーし、本気で追い掛けるからな! 行くぞ!」
そうして踏み固められた地面を蹴り、駆け出す。
気配も俺の宣言で一目散に駆け出したわけだけど――甘い。
「はーい、捕まえたー。ごめんね、ちょっとだけ来てもらうよー」
「うわあッ! やめろよ! 放せッ、放せッたら!」
回り込んでいたボーザックが小さな少年を三人、担ぎ上げていた。
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「ありがとうございます、病気の娘の薬代なんです……これがなかったから娘は……ああ、本当にありがとうございます……」
ぎゃあぎゃあ喚く少年をボーザックがふたり、俺がひとり担いで戻ると、どうやら盗んだものが持ち主に戻ったところらしい。
痩せた男性が〈爆風〉に頭を下げており、首根っこを掴まれた少女がその隣で悲痛な顔をしていた。
「まぁ、なんだ。気にすんな。早く薬を買って戻ってやれ。……こいつらは俺たちが預かっていいな?」
グランが言うと男性は頷いて踵を返す。
大捕物……ってほどではないけど、俺たちは人混みのなかでかなり人目を引いてしまっていた。
「お前が盗んだせいで人がひとり死ぬところだ。どんな気分だ?」
〈爆風〉が容赦のないひと言を傍らの少女に投げる。
「そんなの……知らなかったし」
「あ? 知らなかったでは済まされないわ。そもそも人の物を盗む行為が有り得ない」
ばっさり切ったのはアルミラさんだけど……。
俺はため息をついて提案することにした。
「えぇと……とりあえず移動しないか? このチビたちもうるさいし……」
「チビとか言うな! 放せっ!」
「痛いって……放してもいいけど、あれはお前のお姉ちゃんか? あの子は放さないぞ。自分だけ逃げるか?」
「姉ちゃんになにかしてみろ! 許さないからな!」
「あーはいはい……」
腕や足を振り回して暴れる少年はなかなかに攻撃力がある。
ボーザックはもっと小さな少年ふたりを抱えていたが、そっちはもう大泣き状態だ。
俺たちがそそくさと歩き出すと……足を止めていた人々も通常の流れに戻っていった。
いままでと同じく基本的には平日更新予定です。
またよろしくお願いします!