古代魔法は身近ですか①
さて。
トールシャに渡ってきた俺たちの軌跡を整理しよう。
俺たちはまず掟を破ったトレジャーハンターを裁くことができる裏ハンターとなり〈爆風のガイルディア〉を捜すことにした。
無事に伝説の〈爆〉に出逢えたものの、その先でわかったのは各地で地殻変動が起きていること、血結晶がどこかに流れていることだ。
結論から言えば各地に眠っていた災厄が起きるその予兆で、俺たち〔白薔薇〕は当然討伐に参加したんだよな。
……多くの犠牲もあり苦しい討伐だったのは間違いない。
だけど俺たちは皆で強くなるため――有名になるため、共に戦ったユーグルのウル、ロディウルに〔白薔薇〕の一員である〈銀風のフェン〉を預けて新しい旅を始めたんだ。
まずはアルヴィア帝国でお国騒動に巻き込まれ、さらにはここでも災厄を討伐。
〈爆風のガイルディア〉を新たな〔白薔薇〕の一員として迎え入れた。
そこから自由国家カサンドラを通って巨人族の町へと移動し、岩龍ロッシュロークを討伐。
装備の一部をここで一新。皆それぞれ岩龍の素材を使わせてもらったんだ。
そんなわけで――いま俺たち〔白薔薇〕は、グランの生き別れた姉だというアルミラさんと一緒に、トレジャーハンター協会本部の手配で来てくれた輸送龍に乗って『魔法大国ドーン王国』へと向かっているところである。
そのドーン王国は目前。俺たちのやることは……というと。
まずひとつ。
伝達龍を飛ばし、アルミラさんが生きていると家族に報せてあげること。
経由するのはいけ好かない爽やかな空気の騎士だけど省略。
ふたつ。
第七王子シエリアに会うこと。
もてなしてくれるって話だったし、楽しみにしたい。
みっつ。
グランの生き別れた姉だというアルミラさん――彼女を治療してくれたという古代魔法の研究者に会って話を聞くこと。
これはファルーアが調べたいと言っている古代魔法のことと、グランが調べたいと言っているアルミラさんのことだ。
そして最後――その研究者に『魔力活性』バフを試させてもらうこと。
これがうまくいけばアルヴィア帝国で流行っている病をなんとかできるかもしれない。
……この『魔力活性』バフは俺が初めて作り改良を重ねたものだ。
自分たちに流れる血……そこにある古代の魔力を活性化させるバフで、それが目覚めれば魔力切れのような状態になっている人々を助けられる、はず。
加えて〈爆風〉の血から作った薬があれば、きっと彼らの魔力は病に打ち勝てるだろう。なんたって伝説の冒険者の血だしな!
でもこれは諸刃の剣でもある。
魔力を活性化させた結果――『血が流れるレイス』が生まれる――つまり血結晶が作られる可能性があるってことだから。
まぁ……皇族であるキィスはもともとその血を持っているはずなんだけどな。
「見えてきたわよ。あれがドーン王国と自由国家カサンドラの国境の町、アルジャマね」
そこでアルミラさんが高く結った紅髪を靡かせながら前方を指す。
滑らかに疾走する輸送龍の上、俺は森を抜けて開けた視界に目を眇めた。
さんさんと注ぐ陽射しの下に広がるのは多くの天幕だ。
くすんだ朱色の天幕で大小様々。頂点には色取り取りの旗が翻る。
細い煙がたなびく天幕も多いけど……昼どきだからだろうか。
「なんかユーグルの陣地みたいだね」
まだ『精神安定』バフが効いていて、かつアルミラさんが売ってくれた謎の飴を口にしているボーザックは輸送龍の上でも元気だ。
……酔い止めになる飴ってなにを使ってるんだろうな。
思い出すのは黒くて大きな虫型の魔物――その名も『ダダンッムルシ』だけど、ボーザックを見る限り不味くはなさそうだから違うのかも。
どうでもいいことを考えていると輸送龍を御しているカンナが応えてくれた。
「この町はユーグルのものと違って移動しない。でも、元々は移動する民族だった」
「ほう。ドーン王国は森ばかりと聞いているが……移動する理由があったのか?」
聞き返したのは〈爆風〉で、カンナが肩を竦めた。
「狩猟民族だね。別に狩りをしなくても食べていけるようになったんだ」
「なるほど……獲物を求めて移動していたのね」
ファルーアが庇を作りながら頷いたところにディティアが目を輝かせる。
「カンナさん物知りですね!」
そこで顎髭を擦っていたグランが切り出した。
「とりあえず着いたら飯にするぞ。そこからトレジャーハンター協会でいいな? ハルト、手紙の準備はできてんのか?」
「おう。アルミラさんの分も預かったし大丈夫」
トントンと胸を叩くと、ディティアがくすくすと笑う。
「今回はなにを書いたの? ハルト君」
「…………それ聞くか? たいしたことは書いてないに決まってるだろ。自由国家カサンドラの石像の文句と……本屋のソイガさんのこと……カナタさんへのバフの連絡――あとはアルミラさんのこと……岩龍討伐の件が大半。一応巨人族のトラさんとも手紙のやり取りができるって了承を得たからそれも書いてやってるけどな」
俺が大袈裟に肩を竦めるとボーザックが噴き出した。
「ぶはっ……それもう全部じゃん! ハルトらしいね!」
「はぁ? なんだよ俺らしいって……」
「私はちょっと尊敬します、ハルト君……」
ディティアまで……なんだよ?
眉を寄せる俺に〈爆風〉が歯を見せて笑ったところで、俺はふと思い立ってアルミラさんを振り返った。
「そういえば、ドーン王国ってなにか特産品とかあるのか?」
「ドーン樹を使ったものが特産ね。木材としての需要も高いけれど、工芸品も多いわ。商品にあるから売ってあげるわよ?」
さすが商人、淀みない。
俺は逡巡してから首を振る。
「そういうのじゃなくて、なんかこう、日持ちする変わった食べ物とかが知りたいかな……」
「食べ物? ……それならホグムワグムの酒漬けね」
「――ホグムワグム?」
聞き返すと彼女は頷いてから身を捻りなにかを取り出した。
それは手のひら大の小瓶いっぱいに……白くて丸っこい……芋虫が漬けられたものだ。
「…………!」
ディティアが無言で固まっているけど……。
「見た目はあれなのよ。でも甘くて美味しくてね。酒が染みているからこれがまた癖になるわけ」
そう言ったアルミラさんが瓶を放るので慌てて掴んだ俺は、それを翳す。
琥珀色の美しい酒にみっちり詰まった芋虫は俺の親指くらいある。
――うん。ありだな。
「……これいくら?」
「ええっ、は、ハルト君ッ……か、買うの?」
素っ頓狂な声を上げるディティアに笑って、俺は口元を緩めた。
「送ってやろうと思って」
「えっ?」
「あの嫌味な奴が芋虫を食うなら、俺はちょっとくらいジールを払ってもいいと思ってる」
「うわー、ハルト、それシュヴァリエに送るの? ふ、ふふ……ちょっと俺も見てみたいかも……」
ボーザックが笑いを噛み殺そうとして失敗したところに、ファルーアが呆れた声で言った。
「あんた本当に律儀よね……」
なんで律儀になるのかはわからないけど、俺からあいつへの精一杯の嫌味のつもりである。
アルミラさんはフンと鼻を鳴らすとしれっと言った。
「魔力もふんだんに含んでいてドーン王国では当たり前の食べ物よ。普通にどの店でも出てくるから覚悟しとくのね」
「で、で、出るんですか⁉ これが⁉」
「はは、案外こういう食い物は美味い。楽しむといいぞ〈疾風〉」
輸送龍から跳び上がりそうなディティアに〈爆風〉が歯を見せて笑った。
ご無沙汰しております。
いらっしゃいませ!
逆鱗のハルト、ドーン王国編の開幕です!
今回もどうぞ皆様、お付き合いくださいませ。
何卒よろしくお願いいたします。