護衛と商人と②
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「素晴らしい龍だわ。動きも滑らかだし」
荷車の上でアルミラさんが言った。
巨人族たちに盛大に送り出され、山道を進む俺たちは全部で六頭いる輸送龍に乗っていた。
アルミラさんの荷車を引いているのは俺が乗る輸送龍で、その言葉に思わず笑う。
「最初はとんでもなかったけどな。跳ねたりしてさ。荷車引いてもこんなに滑らかに走れるなんて思わなかった」
「へぇ、想像がつかないわ」
木々が生い茂る山道はひとや馬車が往来することで踏み固められただけのものだ。
だから時折根っこや岩が張り出していて、お世辞にも平らとは言い難い。
それでも輸送龍は涼しい顔でドシドシと歩を進め、荷車に乗っていてもゆっくり話せるほどに安定していた。
最初の頃とは雲泥の差だよな、舌、噛みそうなくらいだったし。
腰は痛いわ尻は痛いわで最悪だったっけ……。
考えていると、俺の乗る輸送龍がちらと俺を見て『ピュッピュイ?』と鳴いた。
ちなみに、カンナ、グラン、ボーザックと〈爆風〉が一頭ずつに乗り、ディティアとファルーアが相乗りだ。
「なんだ? なにか聞きたいのか?」
『ピューゥイ、ピュイ』
「……?」
輸送龍は左右にゆっくりと首を巡らせてみせる。……右側、左側、前方、後方、
そして再び俺を見ると『ピュイ?』と鳴いた。
――なんだ? なにか探して……。
そこで俺はようやく合点がいった。
「ああ――フェンだな? あいついま別行動なんだ」
フェン。俺たち〔白薔薇〕の仲間である美しい狼型の魔物である。
いないことを心配してくれたんだろう。輸送龍たちも彼女を気遣ってくれていたし、フェンも敬意を示していた……気がしたからな。
やっぱり頭いいんだな、こいつら。
『ピューゥイ』
納得してくれたのか、輸送龍はひと声だけ鳴くと前を向く。
フェンは元気かな――そういえばユーグルたちも近くに住んでいるんだろうか。
風を纏った枝葉が微かに身を踊らせ、生物が鳴き交わす……こんな音を……フェンも聞いているのかもしれない。
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そうして、夜。
俺たちは開けた場所で焚火を囲んでいた。
輸送龍の疲れ知らずな脚力でずいぶんと進ませてもらい、徒歩だと三日のところを二日もあれば越えてしまえることがわかったのも有難い。
カンナ曰く山道も試してみたかったとのことで、輸送龍の実践も兼ねているという。
「ってことはまだ輸送龍は実用化してねぇのか?」
「そんなことはないよ。ソードラ王国と自由国家カサンドラを往復する経路は稼働した。今回もカサンドラからの輸入品を引き取りにきたところ」
グランに応えたカンナはそのへんの草を貪る輸送龍へと視線を移す。
「あんたらのお陰。運ぶことに誇りを持ってくれている」
「はは。元々頭がいい魔物のようだからな。案外、理解すればあとはどうとでもなるのかもしれん」
「彼らが一緒なら護衛も必要ないかもですね」
笑みをこぼす〈爆風〉にディティアが微笑む。
すると、焚火に薪を突っ込んだボーザックが顔を上げた。
「護衛かあ。そういばさ、この山道って結構魔物とか出るの?」
「普段はそうでもなかったわ。ここ半年は多かったようね」
アルミラさんは束ねた紅い髪を指で梳きながら返すけど……そうか。
「それならもう落ち着くかもしれないな。岩龍は倒したわけだし」
「どうかしらね。街道近くでひとを襲うことを覚えてしまったかもしれないわ」
口にした俺をばっさりと切り捨てたのはファルーアだ。
話し方と空気感が似てるんだよなぁ、このふたり。
「そりゃあそうだろうが、なにごともねぇことを祈るぞ俺は」
グランは伸びてきたらしい顎髭を指先でじょり、と撫でてから焚火にかけていた鍋の蓋を開ける。
途端に香草の爽やかな香りが湯気となって立ち上り、鼻をくすぐった。
「――そんなに強い魔物はいないようだ。気を付ければ商人でも問題ないだろう」
「それ〈爆風のガイルディア〉が言っても説得力ない気がするな、俺ー」
あたりを見回した〈爆風〉に、いそいそと器を用意しながらボーザックが突っ込む。
今日の料理はグラン担当で、穀物と水、香草、それから巨人族の町で仕入れた肉を一緒に煮込んだものだ。
それをファルーアが人数分取り分けたところで、俺ははっとして立ち上がった。
ベチョッ!
妙に柔らかく水気のある生々しい音ともに、俺の座っていた場所のすぐそばに土と草の塊がへばり付く。
「や、やっぱり――」
「げ、ハルトなにしてんのさ!」
「俺のせいじゃないからなボーザック! こらっ、お前ら相も変わらず――うわーっ!」
輸送龍たちの『餌分け』とかいう行為だ。
再び飛んできた泥塗れの塊に、カンナはひとり右手で口元を隠し肩を震わせている。
「ちょ、ちょっとさあ、カンナ! 笑ってないでとめてくれよ! 本当にッ」
「ははは。こっちに来るな〈逆鱗〉」
「だから俺のせいじゃないって〈爆風〉!」
「仲良しだねハルト君!」
なぜかディティアは楽しそうだけど……。
「ディティア、代わろうか?」
「うーん、それは遠慮しておくかな!」
俺は喜んでいる輸送龍たちを横目に肩を落とすのだった。
おはようございます。
よろしくお願いします!