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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
674/845

武器と防具と④

******


「急に悪かったな。取り込み中だったんじゃねぇか?」


「お茶会をしていたところよ。取り込み中っていうほどでもないわ」


「あ? こんな夜中にか?」


「愚問ね」


「……そ、そうか……」


 グランはファルーアの冷ややかな蒼い瞳から逃げるように視線を外し……すぐに後方を指差した。


「まあ、なんだ。ちょっと一杯どうだ? 巨人族が酒を振る舞ってくれるからな」


「あら。こんな夜中に?」


「はっ、愚問だ愚問!」


 わざとそう聞いたらしいファルーアにグランが笑うと、彼女もいつもの妖艶な笑みを浮かべる。


「……なにか相談があるんでしょう? 聞いてあげるわよ」


「ん……まあ、そうなんだが……」


 グランは顎髭を擦って頷くと、右足を引いてファルーアを(いざな)った。


 ――そうしてふたりがやってきたのは篝火が煌々と燃え上がる広場だ。


 空に瞬く星々は炎の勢いに負けているようだが、月は美しく輝いている。


 集まった巨人族たちは岩龍ロッシュロークの話題を華々しく雄々しく語り、酒を煽ってはガハイガハイと笑っていた。


「随分賑やかね……?」


「ああ。討伐が終わってから毎日こうだ」


「すぐにスイの家に帰っていたから気付かなかったわ」


 篝火の炎で橙色に染まった金の髪を払いながらファルーアが言うと、グランは少し先にいた巨人族の女性に声を掛けた。


「ラキ!」


「ああ、来たダイ? 待っていたダイ」


 ところどころを細い三つ編みにして垂らした蒼髪の女性……ラキはスイの母親である。


 いま泊まらせてもらっている家は当然ラキの家でもあり、ファルーアは少し驚いたように足を止めてから優雅にお辞儀した。


「こんばんは、ラキさん」


「ガハイガハイ、そんな畏まった挨拶なんて必要ないダイ!」


 悪戯っぽく――というにはかなり豪快に笑う彼女の瞳は茶色い。いまは細められているが普段は丸っこくて人懐っこい印象だ。


 ファルーアが笑みをこぼすと、ラキは腰にぶら下げていた巨大な木の実らしきものをふたつ掲げて見せた。


「ほら、用意しておいたダイ」


「おう。……こいつならお前でも楽しめるだろうよ」


「……なにかの果物かしら? ……ああ、中身はお酒なのね?」


 グランはそれを受け取ると片方をファルーアに差し出し、それを両手で持ったファルーアは中で液体が踊る音を聞いて頷く。


「いろんな薬草や乾した果物なんかを漬け込むんダイ。祝いの酒ってわけダイ!」


 ラキはガハイガハイと笑いながらファルーアの実の栓をボコンと引き抜くと、さっさと踵を返した。


「それじゃ、楽しむダイ! 夜はこれからダイ!」


 ひと抱えほどもある木の実らしき水筒からは甘い香り。


 ファルーアはラキの背中に礼を言ってそっと唇を寄せた。


「…………これは。美味しいわね」


 色はさっぱりわからないが、甘みのなかにほんのりした苦みがある。


 少し強い酒のようだが、この木の実らしき水筒の中身すべてを呑み乾す必要はないだろう。


「あとでティアとミラにも分けてあげないと」


 ファルーアがそうこぼすと、グランは一瞬だけぴくりと眉を上げてからなにごともなかったかのように顎髭を擦った。


「……そうしてやってくれ」


 ――ああ、そういうこと。


 ファルーアはグランの様子に苦笑して酒を煽り、続けた。


「…………ミラのことで話があるわけね?」


「んッ……ごふっ……お、おぉ……よくわかったな」


 同じように酒を煽ったグランが咽せながら応えるが……ファルーアは呆れたようにかぶりを振る。


「馬鹿ね、こんなのハルトでも気付くわ?」


「そんなにか」


「そんなによ」


「……」


 グランは肩を落とすと顎で広場の隅を指した。


 座るのに丁度よさそうな丸太が転がされているのを見て、ファルーアは先に歩き出す。


「……ミラの過去の話は聞いているわ。長いこと眠っていたことも。ハルト経由で家に手紙を送ることもね」


「……そうか」


「ずいぶんなものを背負っていたのね、あなた」


「あ? ……いや、そんなことはねぇよ。背負っているつもりなんざこれっぽっちもなかった。それに……」


「……それに?」


 先に丸太にたどり着いたファルーアが振り返って腰を掛ける。


 足を止めてその目を真っ直ぐに見たグランは――苦々しい表情でゆっくり口にした。


「信じ切ることができねぇんだ。あれは確かに姉貴だ……姉貴なんだが……」


「…………」


 ファルーアはグランの言葉を促さず、無言で酒を口にする。


 ……その時間はグランが決断するのに十分なものだった。


 彼はその場にどかりと胡座を掻くと、ゴクゴクと勢いに任せて酒を煽り、豪快に口元を拭う。


「……は、うめぇな! …………なぁファルーア。俺が言うことはおかしいかもしれねぇが聞いてくれ。――姉貴は俺より四歳上なんだ。失踪したのは十年前、いまは三十半ばのはずだろうよ。それなのに……失踪したときのままに見えやがる。いくら眠っていたとしても、だ。……若すぎると思わねぇか?」


「…………」


 ファルーアは捲し立てたグランをじっと見詰め、「それで?」と言いたげに瞬きをした。


 グランは再び酒を煽ると、どんと地面に水筒を置いて続ける。


「――でも姉貴だ。それだけは間違いねぇ。だから気分が落ち着かねぇ。なにかの魔法で眠らされていたとして……そんなことはあるのか?」


「――そうね。あるのかもしれないわ、そんな魔法も。ハルトのバフがいい例よ? 『治癒活性』は体が治そうとする力を補助している……それなら反対に阻害できる可能性もあるってことになる」


 淀みなく答えたファルーアに、グランは腹の中の空気を全部吐き出して「そうか」と返した。


 なんとなく力が抜けたのであろうか。


 グランは今度はゆっくりと酒を飲み下し……身動いだ。


「……こうもあっさり認められると頭も冷えるな……」


「ふ。否定されると思っていたの?」


「いや、そうじゃねぇが――姉貴の見た目なんてものは俺にしかわからねぇだろうよ?」


「そうでもないわ。言い方が正しいかはわからないけれど、ミラが若々しいことは私もティアも気付いているわよ」


「あ? そうなのか?」


「当然よ。あの肌艶(はだつや)だって、どうやって維持しているか話題になったくらいだもの」


「……」


 グランはしげしげとファルーアを眺めると顎髭を擦った。


「そういうもんか? 俺からすりゃお前もディティアもそんなに変わらねぇが」


「……褒め言葉に受け取っておいてあげるわ」


 ファルーアはふうとため息をついて肩を竦め、酒を口にする。


 グランも酒をごくりと呑むと……月を見上げた。


 旅はいいものだ。有名になるという目的も着々と進んでいるようにグランは思う。


 ……けれど。


「――ファルーア。姉貴になにがあったのか少し調べたい。ドーン王国で話は聞けるだろうが、ことによってはしばらく留まるって選択肢も考えておきたくてな……そのときは」


「留まるのもいい案よ」


 被せられた言葉にグランは思わず視線を戻した。


 ファルーアは酒を呑んで澄ました顔をしている。


「……あ?」


「そのときは全員一緒に留まるわ。私も古代魔法のことを調べたいし。先に行けとでも言うつもり? 全員嫌だって言うわよ、きっと」


「……」


 グランは一瞬だけ顔を顰め……やがて堪えられなくなったのか笑い出した。


「っは、はは! いや、そうだな。当然そう言うだろうよ」

 

「……わかっているならどうして私に聞こうとするのよ、消し炭にされたいの?」


「そうさなぁ、否定されたかった……これに尽きる。お前ぐらい堂々と否定してくれりゃスッキリもするからな」


 グランはそう言うと木の実の水筒をファルーアに向けて掲げた。


「少し手伝ってもらうかもしれねぇが……頼む」


「頼むことじゃないわ。早く武器と防具を手に入れて出発しましょう」


 ファルーアも同じように木の実を掲げてみせる。


「〈光炎のファルーア〉に」


「〈豪傑のグラン〉に」


 ふたりは同時にそう言って、甘くてほんのりした苦みを楽しむのだった。



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