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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
673/845

武器と防具と③

******


 その夜。


 様々な虫たちの合唱が窓を通して柔らかく響くなか、俺は床に座って自分の双剣を磨いていた。


「……ハルトはどうするの?」


 隣で鎧を磨いているボーザックがぽつりとこぼす。


 ちなみに俺とボーザックは同室で、グランと〈爆風〉が同室。女性陣は三人でひと部屋を当てがわれているんだけど……巨人族の部屋だけあってものすごく広い。


 ベッドも見たことがないほど巨大だった。


「……。新しい双剣を作るか……ってことか?」


「うん」


「ボーザックこそどうするんだ? 作るなら鎧だろ?」


「……それなんだよねー。俺の鎧、カルアさんが贈ってくれたやつだし。形も気に入ってもるし、強度もあるし――」


 ボーザックはそう言いながら唇に柔らかな笑みを浮かべ、傷付いた鎧を手のひらで撫でた。


 ……小さな傷も大きな傷もある。それはすべてがボーザックの軌跡だ。


「――少し迷ってたんだ。ハルトもでしょ?」


「まぁな。この双剣……ディティアが選んでくれたやつで、なんていうかこう……手に馴染んでるから。まだ大事にしようかなって思っていたりもしてさ」


 ボーザックはゆっくり瞬くと深く息を吐き出した。


「そうだよね。だから俺、考えたんだけど。これの一部を新しい装備の部品にできないかな」


「部品?」


「装飾でもなんでもいいんだ。……武器も防具もどんどん悪くなっていくから、いつかは新しくする必要があるってわかってるし。だけど……一部だけでも残せたらなって」


「ん、そういえば〈爆風〉も言ってたな。『これを素材に』とかなんとか」


「え、本当? やった……それ、いけるってことだよね? 俺、ちょっと〈爆風のガイルディア〉に聞いてくる!」


 ボーザックはいそいそと立ち上がって扉に駆け寄ると……取っ手に手を掛けたまま、ふと振り返った。


「ハルト」


「うん?」


「ハルトも聞いておいでよ。それで教えてあげて、一部を残せるかもしれないって」


「……え、あ、おいボーザック!」


 微笑んでからサッと扉を開けて出ていったボーザックは振り返ることもなく。


 俺は双剣をランプに掲げながらため息をこぼす。


 ――そうだよな、きっと気にしているだろうから。


 あの双剣は彼女(・・)の仲間が彼女に贈った……思いの籠もった大切な剣のはずだ。


 俺がそれを壊してしまったと謝ったとき、彼女は微笑んで首を振った。


『もうだいぶ古くなっていたし――そろそろ休ませてあげないとね。ずっと私を守ってくれていたから』


 俺のせいだって気持ちは強くて、胸が痛かった。でもそれを口にしたところで彼女がつらくなるだけだ。


 わかっていたからそれ以上は触れていない。それに敢えて触れてこい……ボーザックはそう言ったのである。


「…………そうだな。行くか」


 立ち上がった俺の動きに合わせてランプの灯火が柔らかく揺れ、影が踊った。


******


「えーっと。ディティア、いるか?」


 トントン、と扉を叩く。


 するとバタバタと音がして、間もなく扉が開いた。


「ハルトもなの?」


 顔を出したのは仏頂面のアルミラさんで……っていうかハルト『も』ってなんだよ?


 思わず顔を顰めると、紅髪の向こうから濃茶の髪がひょこりと覗いた。


「ハルト君……どうかした?」


「ああ、少し話があって」


「やっぱりあんたもじゃない」


「は? いや、あんた『も』って…………なに?」


「あはは。さっきグランさんがファルーアを呼びに来たの。話があるって」


「グランが? へえ……」


「せっかくディティアとファルーアとお茶していたのに、ふたりとも連れていくなんて最悪だわ?」


「お茶って……もう結構な夜中だけど」


「愚問ね。ねぇ、ディティア?」


「はいっ、別腹です!」


「そ、そうなんだ……」


 若干引いていると、アルミラさんはそっとディティアを押し出した。


「仕方ないわね。それじゃ、私は先に休んでおくわ」


「えっ? あ、はい……」


「まだ川には近付きすぎないようになさいね」


 びっくりしたように首を竦めたディティアがぱちぱちと瞼を瞬くと、アルミラさんはクスクスと笑って扉を閉めた。


『…………』


 どちらからともなく目を合わせた俺たち。


 困ったように眉尻を下げているディティアに笑って、俺は右手で後ろを指した。


「せっかくだから散歩でもするか」


「はっ……はい」


「……? どうかしたか?」


 いやに硬くなっている彼女に首を傾げると、ディティアははっと肩を跳ねさせて首を振る。


「ど……どうもしてません。……そう、そうだよね。ハルト君だもんね!」


「……はぁ?」


 ディティアは返した俺に笑うと先に歩き出す。


 まだ着替えていなかった彼女の腰には交差して装備された双剣が揺れていた。


******


「……えっと、それで話って?」


 外に出た俺たちは目的もなくふらふらと歩き、他愛のない話をぽつぽつと続けていたんだけど。


 ディティアに言われた俺は頷いて自分の双剣を抜き、月明かりの下で掲げた。


「……俺、この双剣すごく気に入っててさ」


「えっ?」


「手にもしっくりきてるし」


「う、うん……」


「だから今回は武器を作らないでおこうかなって、そう考えてたんだ」


「…………」


 ディティアは無意識なのか自分の双剣に指先を滑らせ……無言で俯く。


 ゆっくりと瞬きをしたあとで彼女は続けた。


「ハルト君、それは……私に気を遣ってるのかな……?」


「おお…………そうくる?」


「えっ?」


 俺は笑って剣を収め、月を見上げた。


 淡く輝く丸い月。砂漠で見た星明かりとはまた違った輝きは……旅はいいなと思わせるだけの美しさを持ち合わせている。


 その景色に背中を押されるように俺は素直な気持ちを口にした。


「ディティアが選んでくれたから――そういうの、なんか大事にしたいと思ったんだ。……だから気遣いっていうより俺の個人的な理由かな」


「…………!」


「ディティアもその双剣、手放したくないだろ」


「……えっ? あ……それは……その……」


 視線を戻すと彼女は戸惑っているように見えた。


 直してもらってでも使いたいと思う気持ちと、龍という強力な素材で作った新しい双剣を持ったほうが先々のためだという気持ちと。


 きっとそういうのがごちゃごちゃに混ざっているはずで――俺も同じようなものだしな。


 俺は笑って続けた。


「だから相談にきた」


「そ、相談?」


「そう。この双剣の一部だけでも素材に使ってもらって……生まれ変わった双剣にしてもらう。それでどうかな、と」


「……生まれ変わった、双剣?」


「うん。新しい双剣じゃなくてさ。パーティー〔リンドール〕――その仲間がディティアへの気持ちを込めた双剣、その思いごと持っていく。俺もディティアが俺にって選んでくれた気持ちごと持っていく。……それができるなら、どうかなって」


「……! そ、そんなことできるの?」


 ぱっと期待に満ちた表情を浮かべた彼女に、俺は肩を竦めてみせる。


「これ、ボーザックの案なんだけどさ。〈爆風〉も似たようなことを言っていたんだ。だから……なんとかなるんじゃないかな?」


「……」


 ディティアは柔らかな所作で双剣を抜くと……俺がしたように月に掲げた。


 月の光のなかに煌めく美しい双剣に、彼女はどこか焦がれるような瞳を向けている。


「……もし、もしそうできるなら、嬉しい。私、私は……まだ彼女たち(みんな)と離れたくないなって…………思っていたの」


 綺麗な雫は……こぼれることはなかった。


 ただ彼女の瞳に満ちて、それ以上は彼女が押しとどめたのだ。


 俺は無言でその隣に立つと……ぽんと彼女の髪を撫でる。


 精一杯、グランのやり方を真似たつもりだった。


「……別に堪えなくてもいいんじゃないか? ……ディティアは気にするだろうけど、やっぱりごめん。俺が壊してなかったらそんなに悩ませなかったのかなって思う」


「ハルト君……ハルト君こそ、気にしないでほしいな……。それに」


 彼女は剣を下ろして目元を何度か擦ると、俺を見上げて思い切り笑ってみせた。


「まだまだ一緒に行けるってわかったから。部品にできなくても剣の一部を持っていくことは絶対にできるもの。……だからありがとう、ハルト君!」


 その笑顔が……嬉しくて。


 俺はつられてははっと笑い、彼女に大きく頷いた。


「おう。…………ボーザックにも礼を言わないとだな」


「ふふ。ガイルディアさんにもね」


 やることは決まった。



 ――俺たちはしばらく月を眺めてから戻るのだった。


昨日更新してませんので、2話分弱くらいの内容です。

なろうコンの二次通っておりました、ありがたやー。

精進したいと思います。

いつもありがとうございます!

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