共闘と勝者と⑧
自分の腕力アップを速度アップへとかけ直して矢をやり過ごす。
岩龍ロッシュロークの皮膚まで到達した矢がバラバラッと地面に落ちるけど……この程度の攻撃じゃ麻痺毒が体に回るかどうか……。
そこで首筋がチリリとして俺は顔を上げた。
空気を裂いて唸りを上げる巨石が巨人族たちへと飛び、彼らの目前で氷壁が砕けたのが見える。
けれど凄まじい威力を殺しきれなかったのか……数人の巨人族がそのまま岩に弾き飛ばされて地面に突っ伏した。
「怯むんじゃあないンナッ! やらッなきゃやられるンナッ!」
「そらっ、治れサ!」
トラさんの鼓舞に続きサの巨人族ヒーラーの声がして、ぽう、と淡い光が灯り、突っ伏した巨人族たちの数人が両腕を突っ張って起き上がる。
「はぁッ!」
そのとき、ディティアが気合を吐き出しながら岩龍の頭から踏み切った。
狙ったのは――眼だ。
彼女は飛び降りる体重を載せた一撃をその眼に突き込むけれど……ギリリッと硬い音が響いてそのまま表面を滑る。
しかし――眼の縁、その隙間に二本の刃を捻じ込んだ彼女の体がぶらりと揺れた。
そこまでの動きは瞼を瞬く程度の僅かな時間だったけれど、岩龍はよほど痛かったのかグワアッと頭を振り上げる。
『グゴオオォォォッ!』
「……っ」
反動で浮き上がる彼女はそれでも双剣を放さない。
「眼の表面に傷が……あるっ、やれますッ!」
声を上げたディティアだけど、そのとき……彼女の手がずるりと滑った。
「……ッ⁉」
「ディティア――ッ!」
木の葉のように飛ばされた小さな体がぐるりと回る。
「掴まれ〈疾風〉!」
岩龍の体を駆け上がって跳んだ〈爆風〉が彼女を受け止めたけど――駄目だ!
その下、岩龍ロッシュロークがその巨躯を捻り口を開けて……。
――岩龍の動きを止めないと……ッ! でもどうやって……⁉
過ぎる時間がゆるりとした流れに感じるほど、俺の思考は目まぐるしく巡った。
そこで……聞こえたんだ。
『〈逆鱗〉。お前、自分の魔力を活性化して試したことはあるか』
「!」
瞬間、俺は双剣を収め、ダンッと足を突いて駆けた。
「……『脚力アップ』、『脚力アップ』、『脚力アップ』、『脚力アップ』ッ! ……うおおおぉぉーッ!」
バフを書き換えながら腕を振り地面を蹴って跳び、岩龍ロッシュロークの巨躯に足を掛けて上へ、上へ、上へ……ッ!
蹴り抜いた体が首より上へと飛び出した瞬間には、俺は次のバフを練り上げていた。
「『魔力活性』、『魔力活性』、『魔力活性』ッ!」
書き換えるあいだに体が頂点へと到達し、一瞬の浮遊感のあとに落下が始まる。
狙うは岩龍ロッシュロークが開け放った巨大な口。
俺はありったけの記憶を練り上げた。
動きを止めるなら怯ませればいい、そうだろ?
ならはっきりと――より本物に似た『敵』を見せてやれ! それだけの敵を俺は……俺たち〔白薔薇〕は屠ってきたんだ!
「――『知 識 付 与』ッ!」
投げ入れたバフは確かに岩龍の喉の奥へと届いた。
ほんの少し動きを止められたらそれでかまわない。
視線の先、呑み込まれるはずだったふたりが岩龍の鼻面を蹴り抜いて跳ぶのを確認し、俺は笑みを浮かべる。
これでふたりは大丈夫。そうだよな?
けれど当然、俺は落下に抗えずに胃が浮くような感覚を覚える。
だけど、まだだった。俺にはやれることがある――これで終わると思うなよ……!
俺は思い切り腕を伸ばし、腹の底から気合を吐き出した。
「うおおおぉぉ――ッ!」
掴んだディティアの双剣は俺のそれとは違って少し細い。
それを手のひらで、指先で感じて、握り込む。
そのまま落下の動きに合わせて突き込むと、ズブ、と沈む感覚とともに、柄にビキリと衝撃が奔った。
「!」
しまったと思ったときには手が放れ、岩龍の硬い皮膚に叩きつけられ、投げ出されて……さらに地面に到達した。
「――がはっ!」
肺から空気が絞り出されてミシリと骨が軋む。
土の匂いに混ざって胃液のツンとした香りが込み上げ、喉が灼ける。
「ハルト!」
ボーザック……だろうか。
その声が聞こえた瞬間、俺は地面を抉りながら飛来した黒い塊をもろに体に受けた。
――岩龍の魔法だ。
「ぐっ……はッ!」
痛いとかじゃない。
熱い。
気付いたときにはすべてがぐるぐると回って不快な感覚が四肢を満たしていた。
自分が跳ね飛ばされたのだと理解したと同時……落下の衝撃で右半身にボギリと鈍い音が奔り……俺は。
「あ……うぐ――ああああッ!」
絶叫していた。
右目がよく見えず……それでも不自然に曲がった手足が確認できる。
ぼたぼたとこぼれてくる液体は――赤い。
感じたことのない痛みだったんだ……。
体中から脂汗が噴き出して熱が右半身に集まっていく。
ズグン、ズグンと疼く強烈な痛みにのたうち回り、歯を食い縛り、俺は涙が滲む視界を懸命に上げた。
「……ッ、ぐ、うう、ううう……ッ……」
「〈逆鱗〉! 動くな!」
「ハルト君ッ――ハルト君!」
近くに着地したふたりがそばに膝を突いた、そこまではわかる。
だけど急激に視界が暗くなり、俺は動かせる左手を泳がせた。
「……しっかりして、ハルト君……!」
ディティアがその手を握ってくれたけど……感覚はない。
――ああ、くそ。俺……またこんなときに意識を飛ばすのか?
こんばんはっ、本日もよろしくお願いしますー!