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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
664/845

共闘と勝者と④

「……おい。その麻痺毒、全部でいくらだ?」


「……」

「……」


 グランのひと言に向かい合っていたファルーアとアルミラさんが互いに笑みを浮かべたまま振り返る。


 だけどそのあいだに流れている空気はどこか重たくて固かったりする。


 うーん、恐い。


 けれどグランはその前に堂々と立つともう一度問い掛けた。


「荷車いっぱいってのは景気がいいもんだが……そいつを狩ったのは巨人族と俺たち〔白薔薇〕だ。それを踏まえていくらだ?」


 荷車に積まれているのはアルミラさんの商品たちだ。


 毒々しい花の形をした魔物『アブラッムンナ』から採取したらしい透き通った液体は、瓶に入れられて荷車の一画にずらりと並んでいる。


 アルミラさんはそれを一瞥し、肩を竦めると頷いた。


「アブラッムンナ一匹からダダンッ三十匹程度の麻痺毒が採れるわ。それが約五十ある。岩龍ロッシュロークの大きさを考えても十分よ。……普通なら一本六千ってところね。それを四千ジール。さあ、どう?」


 ……つまり二十万ジール。


 俺たちが飛龍タイラントを討伐したときにひとり十五万ジールの報酬だったことを思えば、たしかにお釣りがくるだろう。


 とはいえ大金だ。そんなに大量に金があるかというと……よく考えたらどうなんだ?


 トールシャに来てからの報酬って、そんなになかったような気がするけど。


「わかった、払う」


「え、グラン……!」


 即答したグランに瞼をぱちぱちと瞬いたのはファルーアだ。


 グランは右手を広げて彼女を制すると続ける。


「つってもさすがにそこまでの持ち合わせはねぇからな。自由国家カサンドラ首都のトレジャーハンター協会本部からアイシャの冒険者ギルドに問い合わせて引き出してくれ。どの程度時間が掛かるのかは知らねぇが、ギルド預金はこっちでも使えるって話だからな」


「――おお、そういやあったな、ギルド預金」


 思わずぽんと手を打つ俺に渋い顔をしたのはアルミラさんだった。


「それ、すぐに手に入らないじゃない……」


「それでも待てば手に入るだろうよ」


 すぱっと言ってから顎髭を擦り、グランは鼻を鳴らして続けた。


「そもそも、だ。なんでそんなに金が必要なんだ? 生活するくらいなら稼げているんじゃねぇのか? 商売するにも人情ってもんがあるだろうが」


「ふん。…………眠っていた五年間分の治療費よ」


「あ?」


「あぁ? うるさいわね! 治療費を稼いでんのよ、調査費もね! 私は五年間も眠っていたのよ? 馬鹿にならないお金がかかっているわ。私を診てくれていた恩人にそれを返しているの。調査でひとを雇うのにもお金がいる……必要なの、お金が。わかった?」


「…………それ、は……」


 グランがそれを聞いて明らかに動揺をみせる。


 そっか……ただ荒稼ぎしているってわけでもないんだな……。


 失礼なことを考えたとき、ファルーアが小さく息を吐いて自分の荷物から革袋を引っ張り出した。


「…………ここに八万あるわ。半額以下だけれど先に払う。残りは話のとおりギルド預金から。それで手を打って」


「あら、あなたも買うのに同意するのね?」


 にやりと笑みを浮かべたアルミラさんは紅い髪を揺らして革袋を受け取る。


「ええ。グランが言うならそうするわ。事情もあるようだし? ……よかったわね、お人好しなのよ、このひと」


 ファルーアは迷わずそう答えると、傍らのグランの腹を肘でとん、と突く。


 瞬間、アルミラさんは紅い瞳を大きく見開いて噴き出した。


「ぶっ、あはっ、はは! お人好し? グランのこと?」


「そうよ」


 ファルーアは言い切ると……いつもの妖艶な笑みを浮かべる。


「――別にあなたにわかってもらう必要はないわ」


(わああ! ファルーア格好いい……! ね、ハルト君、ボーザック!)


 俺の隣でディティアが笑顔を弾けさせているけど……どうかなあ。


 ちょっとそわそわするぞ、俺……。


 むしろグランが、ほら……居心地悪そうだ。


 俺は同じようにむず痒い顔をしているボーザックに肩を竦めてみせた。


〈爆風〉はといえば……うん。当然楽しそうである。


 するとアルミラさんはよっぽどツボだったのか目尻に滲んだ涙を拭ってファルーアの肩をガシッと掴んだ。


「え……」


「あっは、あんた気に入ったわ! 八万で手を打ってあげる。ギルド預金なんて待っていられないもの。ハルトに手紙を託す分の代金……にしては高すぎるけれど、そこはグランの顔を立てましょう。……で、あんた名前は?」


「……え……ファルーア……だけれど……」


「ファルーアね。ふふ、こいつったらいつまで経っても生意気でしょう? ……でも、ええ、そう。それでも私の幸運の星なのよ。この大馬鹿者をお願いするわね」


 ぶは。


 俺は思わず噴き出して慌てて口元を押さえた。


 それ、俺がドーン王国の第七王子――シエリアに呼ばれていたやつだ。


「幸運の星って……ドーン王国に伝わるお伽話だったよね?」


 ボーザックが言うとアルミラさんは頷いてファルーアの肩を放す。


「そう。希望を示してくれるのよ。……ねえグラン?」


 グランはそれを聞くと、ふう、と息をはいて腕を組んだ。


「あぁ……聞いたことがある気がしたがハルトか……」


「いや、なんか俺のせいみたいな言い方しないでもらえる?」


 思わず突っ込んで顔を顰めるると、彼は笑ってから続けた。


「――示すもなにもねぇだろうよ、姉貴(・・)。戻れるよう協力くらいはしてやるさ。だからさっさと岩龍を討伐するぞ」


 ……瞬間。


 ファルーアの形のいい眉が思いっ切り寄せられるのを最後まで見ることなく、俺は目を伏せる。




「…………はあ?」




 すべてが凝縮された彼女のひと言。


 底知れない冷たい空気が俺の背筋をゾクゾクさせる。


 グランはビッと背筋を伸ばし、そろりと目を逸らした。


「――グラン? いま、あなたなんて言ったのかしら?」


「…………いや、隠すつもりはなくてだな……」


「そんなことは聞いていないわよッ! 消し炭になりたいの⁉ あ……姉貴ですって? 知っていたら文句なんて……!」


 頬を紅潮させ、ファルーアはグランに掴みかかる勢いで捲し立てる。


「わ、悪かったって! おい、杖を構えるんじゃねぇよ! うおぉッ⁉」


 まあ、触らぬ神になんとやらっていうか……うん。


 俺は巻き上がる炎の塊と哀れなグランを横目に、奥に集まっている巨人族の狩人たちを指さした。


「ええと。俺たちは先に行っておこうか……」


「俺、ハルトに賛成ー」


「うん。いいだろう」


「ええっ、グランさんとファルーア、置いていっちゃうの?」


「じゃあ私も行こうかしら。麻痺毒も売ったし」


「そんな、アルミラさんまで……」


 ディティアは困ったようにグランと俺たちのあいだに視線を走らせ、やがて諦めたように肩を落とすのだった。



よろしくお願いします!

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