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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
660/845

名誉と負傷と⑥

******


 結果として休む時間を取ったグランは、それが正しい判断なのかどうかわからない重圧を一身に受け止めながらファルーアの傍で目を閉じている。


 見張りはハルトとボーザックが買って出てくれた。


 ――本来であればファルーアに相談して決めた案件だな。


 自身も疲れていたのは確かで、どこか意識の深いところでそう思ったグランは胸のうちで苦く笑う。


 魔力切れで薬を飲ませるなんてことは二度と経験したくなかったが、意識を失うまでディティアや〈爆風〉を守ったファルーアには頭が上がらない。


 ぶっ飛ばされただけの自分とは大違いだ。


「……は」


 そのとき、ほんの僅かな吐息の変化を感じてグランは器用に右目を開ける。


 ファルーアの瞼が震え、長い睫毛が弧を描いた。


「……」


「……起きたか」


 空は夕焼け色だが彼らを囲む茂みは暗くて見通すことができない。


 離れた位置で警戒にあたるハルトとボーザックの姿があり、土と草、それから少しの水の匂いを認識したファルーアは……小さな声で応えた。


「……全員、無事……ね?」


 気だるそうにしながらも最初に心配するのは仲間のこと。


 ファルーアの問いにグランはぐっと喉を詰まらせる。


「――ああ。よく踏ん張ってくれた――。……悪かったな。肝心なときに別行動になっちまった」


 グランの言葉を聞くとファルーアは生乾きの髪をひと房だけ手に取り、微かに笑みを浮かべた。


「急にどうしたのよ? そんなのグランのせいじゃないわ。あの忌々しい虫のせいで私の魔力が足りなかっただけよ」


 彼女はグランに「気にするな」と言ったつもりだろう。 


 だからこそグランは深いため息を吐いて首を振る。


「……俺はハルトとボーザック残して気絶しちまったからな。情けねぇ話だ」


 するとファルーアは深い蒼の瞳を瞬かせ、なんとか身を乗り出して隣に座すグランを上から下までまじまじと見詰めた。


「気絶って……大丈夫なの? 怪我は――?」


「お、おぉ……」


 予想外の反応だったので心なしか上半身を引いたグランだったが、ファルーアはそれにも気付かずにいるようだ。


 青い顔のまま体を起こそうとする彼女を押し止め、グランは慌てて大丈夫だと伝える。


 ファルーアは「はぁー」と大きなため息を吐き出すと、再び岩にもたれた。


「もう……心配掛けないでほしいわ」


「悪かった。つっても、お前らのほうがよっぽど心配掛けただろうよ――」


「あら、心配してくれたの」


「お前な……」


 ファルーアは瞼を下ろしてふふ、と笑うとすぐにグランに視線を戻し、少し真剣味を含んだ声音で言った。


「濁流に流された、そこまでは聞いているわね?」


「ああ。こっちは岩龍と戦闘になった。巨人族……二部族で協力して大規模討伐になる」


「岩龍――見つけたのね? この濁流もそれが原因?」


「上流にある堰堤(えんてい)が決壊したみてぇだな。おそらく岩龍のせいだ。相当デカい亀みてぇな奴だった。ハルトが言うには魔法を使うらしい。体に纏う岩を操って攻撃してくる」


 らしい、と言うのは――グランは実際に見ていなかったからである。


 ファルーアはその微妙な言い回しに気付いたのか眉尻を僅かに下げ、それでも唇に笑みを浮かべた。


「……全員で」


「あ?」


「私たち〔白薔薇〕全員でやればすぐよ。そうだわ、ねぇグラン。報酬に素材を貰いたいのだけれど」


「……報酬?」


「そう。討伐するんだもの、相応のものは受け取ってもいいわよね? そろそろ防御力にも気を配らないと駄目だと思ったわ」


「そうか。……鎧はいいぞ」


「さすがにそんな厳ついのは嫌よ」


 ぴしゃりと言い切るファルーアにグランは思わず笑う。


 岩龍ロッシュロークに加えて姉との再会、さらには行方不明のファルーアたちとの合流……と、めまぐるしかったせいか気を張っていたようだ。


 力が抜けたのを感じ、ゆっくりと肩を回す。


「――そうか。鎧か。冒険にも討伐にも名誉と負傷は付き物だろうが……守りが堅ぇほうがいいに決まってる。……ああ、そりゃ滾るな」


 ファルーアは、ふ、と鼻先で笑うと傍らに置かれていた龍眼の結晶の杖を指先で撫でた。


 ――龍眼の結晶もまた手に入るようなら装飾品にできるかしら。それを使えばもう少し強い魔法が撃てる可能性も――グランじゃないけれど、いいわね。


 その表情を盗み見たグランは……どうやらファルーアもかなり滾っているようだと当たりをつける。


「俄然やる気が出てきたな。そうすると……ハルトとディティアは双剣だろう。〈爆風〉はどうするか聞いてみるか」


「そうね。……ティアたちは休んでいるの? あなたたちもいるってことは流されてから丸一日ってところかしら。もしかしたら私のせいで動けなかった……いえ、もしかしなくてもそうよね……面目ないわ」


「いや、ソナたちを庇って〈爆風〉も大怪我だった。助けを呼ぶためにディティアが町に戻って先に俺たちと合流したんだ。ヒーラーを連れてきたのもあって、いまはもう問題ない」


「〈爆風〉が……? そう。私、防ぎきれなかったものね……」


 ファルーアは少し考えてからゆっくりと頷き、蒼い双眸を静かに光らせた。


「あの濁流を全部凍らせるには魔力が足りなかったのもあるけれど、一番の敗因は勢いが強くて耐えきれなかったことよ。大木かなにかわからないけれど水だけじゃなかったわね。それでも収穫はあった。工夫すれば岩や氷を武器にも防具にもできる――」


「武器にも防具にも、か。そりゃ頼もしいな」


「〈爆炎のガルフ〉と議論したいところだわ。……ねえグラン、あなた気絶したって言ったわね。状況を教えて」


「あ? ……まあなんだ。踏み付けられそうな奴を助けようとして蹴り飛ばされた」


「蹴り? 龍に蹴られるなんてなかなか経験できないわよ、誇ればいいじゃない」


「ふん、二度と御免だけどな」


「……でも、そう。蹴り――対抗策は考えておくわ」


「おう。頼むぞ。……ほら、お前ももう少し休め。魔力も回復してもらわねぇと困る」


 グランは頼もしいメイジに笑い、顎髭を擦った。


 ファルーアは小さく頷くと素直に瞼を下ろす。


 ――そういや姉貴の話をし忘れたか。ま、あとでもいいだろ。


 とりあえずこの伸びている髭をなんとかしてぇな、と考えたグランは、少しだけ気持ちの余裕を取り戻していた。


こんばんは!

昨日は更新できませんでした、すみません。

いつもありがとうございます!

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