名誉と負傷と③
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族長であるトラさんはすぐに了承してくれて、俺たちは語尾がサの巨人族ヒーラーと一緒にファルーアと〈爆風〉、それからソナとその父親を迎えにいくことになった。
このサの巨人族ヒーラーはボーザックを治してくれた女性だ。
短髪の赤髪に茶色の瞳。キリリと上がった太めの眉が凛々しい。
黒い革鎧を着込んでいて、おそらく内側に金属の板が何枚も縫い付けられているのだろう。
聞けば、槍のような形をした杖は武器にもするそうだ。
戦うヒーラーか……アイザックみたいだな、はるかにデカいけど……。
俺はボーザックの親戚でとげとげしい杖を持つ黒ローブのヒーラー〈祝福のアイザック〉を思い出し、かぶりを振った。
余計な奴も浮かびそうだ、やめておこう、うん。
「アタシたちは下流から橋を渡って対岸に向かうンナ。ここも安全かわからないンナ、対岸に合流することにするンナ」
トラさんは赤い髪を揺らすほどに首を振って頷くと、指揮を執るために皆を集め始める。
どうやら狩人だけじゃなく一般人も連れていくみたいだな。
……こっちの町は対岸より崩壊が進んでしまっているし、アブラッムンナのこともある。
とはいえ、揉めていたんだから反発もあるんじゃないかと思っていたら……アルミラさんの声がした。
「あぁ? 馬鹿言わないでキビキビ動きなさいッ、掘らなくたって岩龍ロッシュロークは起きたわ! そういう周期、そういうことよ! だから揉めている場合じゃないの、わかるでしょう? さあ、薬がいるのは誰かしら?」
「はあー、巨人族相手でも退かないねぇ、さすがアルミラさん」
ボーザックが苦笑するけど、うん。
あれならまあ……平気だろう。
「……こっちはなんとかなるだろうよ。族長、あとで合流する」
グランはそんな彼らを見て言うと……珍しく、躊躇いがちに右手を上げた。
その手が向いている方向、ちら、とこちらを見たアルミラさんが僅かに頷くのがわかる。
「ちゃんと声掛ければいいんじゃないかグラン?」
俺が軽く肩を叩くと、グランは大きく双眸を見開いてこっちを凝視した。
「あ? い、いいんだよッ……というかな、まだ……実感がねぇんだ。生きていてくれた、その実感が」
「グラン……」
――俺がグランと出逢ったのは冒険者養成学校だった。
出逢いからはもう十年を過ぎたところである。
ずっと死んだと思っていたら、そうもなるだろうな。
嬉しいとは思うけど確かにそう簡単に実感できるものじゃないのかもしれない。
なんとなく浮ついて見えるグランが少しだけ珍しくて、でもなんだか納得もできて。
俺は密かに口元を緩める。
なんというか、そういうグランを見られたことが嬉しかったんだ。
……グランは顎髭を擦ると踏み出しながら言った。
「ま、そのうち実感もするだろうよ。まずはファルーアと〈爆風のガイルディア〉だ。早く行ってやらねぇとな」
「おう」
そうして、俺たちは巨人族より一足先に出発した。
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考えてみたら食事をまともにしていない。
俺たちは携帯食糧を囓りながら、ディティアの案内で渓谷沿いを歩いていた。
急ぎ足で進みながら俺が『岩龍ロッシュローク』と戦闘したこと、魔法を使われてかなり危なかったこと、アルミラさんに助けられたことを話すと、隣で聞いていたディティアは眉を寄せ、かつ眉尻を下げて難しい顔をする。
「そんな大変な状況だったんだね……。ソナがスイの家は町の上層だって教えてくれたから、私たち少しは安心してたんだ。でも岩龍ロッシュロークは大規模討伐じゃないと難しいかもしれないね」
「そうだと思う。巨人族たちにも協力してもらって早くなんとかしないとな。いま岩龍ロッシュロークが休んでいるなら本当は奇襲でも仕掛けたほうがいいかもしれないけど……それだけの戦力はなかったんだ。でも巨人族は互いに協力することで合意してくれたし、このあとはやれると思う」
あのときは俺もグランもボーザックも動けなかったしな……。
応えるとディティアは頷いて……今度は少しだけそわそわした様子で瞳を泳がせた。
「あの、それで、ハルト君。アルミラさんって……どんなひと、なのかな?」
「……ああ、それも話さないとな」
「俺も聞いたときびっくりしたよー」
そこでボーザックがカラカラと笑う。
瞼を瞬かせたディティアが小首を傾げると……先頭を歩いていたグランが唸った。
「あいつのことは説明すると長いが……まあ、なんだ。俺の生き別れた姉貴だ」
「………………」
長い沈黙。
そのあいだディティアはぽかんと口を開けていたけれど――突如、跳ねた。
うん、なんかこう、びょんって感じで。
「え、ええぇっ⁉ お、お姉さんッ? 本当ですか? グランさんの?」
「実を言うと俺もまだ実感がねぇが……まぁ、間違いない」
グランが苦笑すると、ディティアは頭を抱えてしまった。
「そ、そんな! なんで教えてくれないんですかグランさんっ! それなら私、もっとちゃんと挨拶したのに……ど、どうしよう、失礼だったかな……?」
「いや……可愛いって褒められてたからいいんじゃないか……?」
思わず応えるとディティアはむうと唇を尖らせる。
「それはまた別の話です、ハルト君ッ!」
「あはは、ハルトだから仕方ないよ。……あのねティア、アルミラさんはファルーアとグラン足して半分にしたようなひとだった!」
俺に失礼なことを言ってボーザックが説明すると……ディティアは悩ましげな顔で頷く。
「グランさんとファルーア……かぁ。それは……わかるかも……?」
「なんだそりゃ……」
グランが呆れた声で言うけど……俺もわかるぞ。
そこでどういうわけか安堵の吐息をこぼしたディティアが、笑顔を浮かべて両手を握った。
「……それなら私も仲良くなれそう! グランさん、ちょっと急ぎましょう。早くふたりにも報せてあげなくちゃ!」
「そうだな、もう少し急ぐぞ。――ハルト」
「了解。速度アップ、速度アップ、五感アップ!」
グランに応えてバフを広げると、黙って聞いてくれていたサの巨人族が苦笑した。
「よくわからないけど、あんたら仲良しサ! まったく……部族間で揉めている場合じゃないのサ……」
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