名誉と負傷と②
「……え、あ! さっきは魔法の援護ありがとうございました!」
ディティアが胸の前でわたわたと両手を振って言うと、アルミラさんは彼女の頭を俺がしたように撫でた。
「……えぁ⁉」
「うーん、この感じ……いいわね。小動物みたいで。代金はこれでいいわ」
なにが起こっているのかわからないであろうディティアが固まるけど……おお。
「それはわかる……!」
深々と頷いて同意する俺にディティアの困惑顔が向けられた。
「え? ……あの、ハルト君……?」
「俺はちょっと同情するよ、ティア……」
「ええっ、ぼ、ボーザック……それってどういう……」
「……おい、遊んでんじゃねぇよ。とにかく族長と話してヒーラーをひとり手配してもらうぞ」
そこでグランが呆れた声を上げる。
――そういえばトラさん、どこにいるんだ?
ぐるりと見回すと……彼女は少し離れたところでほかの狩人と一緒になにやら話をしていた。
赤い壷みたいな髪型がよく目立つ。
そこでアルミラさんは豪快に笑うと腕を組んで言った。
「それなら私はここで戻りを待つわ。薬も売らないと。麻痺毒の採取も……ふふ、最近商売できていなかったからこれで取り返せそうね」
解放されたディティアは不思議そうな顔でグランとアルミラさんを交互に見遣る。
「えぇと……?」
「ああ、彼女はアルミラさんで……」
俺が説明しようとすると、アルミラさんの左腕がぐいと首に掛けられた。
「ハルトとボーザックを助けた通りすがりの行商人よ」
「うわっ、ちょっと、アルミラさん……」
「えぇ? 俺もなの……?」
アルミラさんの右腕を回されたボーザックがぼやく。
「…………」
けれどディティアは双眸を大きく見開いて……唇をぱくぱくと動かした。
ん、なんか変な顔してるな……。
「――ディティア?」
「いいわね、やっぱり可愛いわ!」
問い掛けた瞬間、アルミラさんは俺とボーザックを突き飛ばすようにして解放するとディティアになにかを差し出す。
……どうでもいいけど、俺たちの扱いが酷い。
「……魔力切れの仲間がいるのでしょう? これを呑ませてあげなさい。魔力回復の妙薬よ」
それは透明な小瓶に入れられた……美しい青色の液体。
俺たちはぱちぱちと目を瞬いてその小瓶を見詰めた。
――見たことがあったからだ。
「珍しいものだから見るのは初めてかしら?」
「いや。そいつは『災厄の黒龍アドラノード』を討伐したときに使ったことがある。……まさかまたお目に掛かる日が来るとはな」
グランが思い切り眉を寄せるけど――そうなんだよな。
ファルーアが昏睡状態になってなにもできなくて。
あれは……そのなかで受けた依頼だ。
魔力回復の妙薬の原料である毒毒しい色の花の採取で、それがまた臭いのなんのって。
「俺、もうあの花採りにいく依頼はしたくないなぁ……」
ボーザックが苦笑する。
けれどアルミラさんはディティアにそれを握らせてから腕を組んだ。
「もしかして……と思ってはいたのだけど。あなたたち、飛龍タイラントを倒したっていう〔白薔薇〕なのかしら? ラナンクロストの災厄を屠ったのもそう?」
「あ、は、はい……」
ディティアが頷いてアルミラさんを見上げると、彼女はどこか柔らかな笑みを浮かべる。
「出世したものね……。そうだわ、ハルト」
「んっ? 俺?」
彼女は俺を左の肩越しに振り返ると、ひらりと手を振った。
「ラナンクロストの守護神と文通しているんでしょう?」
「ぶはっ……な、なんで知って……っていうか文通なんてしてないからな。あれはそういうのじゃないし! というかあいつが守護神だとか、俺は――」
――正直、納得できない。なにが守護神だよ!
ともすれば爽やかな空気が流れてきそうで、俺は言いかけた言葉を呑み込んでぶんぶんと首を振る。
……ああ、そういえば……ディティアにって栞を貰ったんだったな……渡すのすら忘れてたぞ。
「はっ、仲がいいみたいで安心したわ。単刀直入に言うと私のことを両親に報せる伝言を頼みたいの」
「仲はよくな……え」
瞬間、こう……イラッとしたのが吹き飛んだ。
聞き返した俺に背を向けてアルミラさんが笑ったのを感じる。
「まだ警戒しているのよ、私。だから直接手紙は出せないわ」
「…………そ、そういうことなら。あー、むしろ直接書いてくれよ。俺が一緒に送るから。あいつ、ほかにやり取りできる相手を捜してるんだ」
「おう。お願いするわね」
たまにグランそっくりな返答するよな、なんてどうでもいいことを思いながら俺は不思議そうな顔をしているディティアに肩を竦めてみせた。
アルミラさんのことはファルーアと〈爆風〉を迎えにいくあいだにでも説明してあげよう。
……すっかり明るくなった空には太陽が顔を出していた。
山間だけあって太陽が拝めるのはそう長い時間じゃないだろう。
狼煙はまだ確認できないけど、もう昼前……ってところか。
岩龍ロッシュロークのこともあるから急がないとな。
「話は纏まったな。時間がどれだけあるかわからない。行くぞお前ら」
俺たちはグランの号令で踵を返し、トラさんのところへと向かう。
すると……服の裾がつんと引っ張られた。
「……ん?」
「ハルト君」
足を止めて肩越しに見れば、ディティアがなにやら意を決したような顔をしている。
「どうした?」
「さっき……巨人族のひとを助けられたの、ハルト君が私を飛ばしてくれたからだった。あのね、格好よかった――よ?」
「…………」
あ、あれ。ちょっと待ってくれ。
俺は頬が熱くなるのを感じて思わず前を向き、左腕で口元を擦る。
――いや、なんか。
「いつも、その……か、可愛いとか言うから……仕返し! …………って、あれ、ハルト君?」
「……」
ディティアが覗き込んでくるのをそっと躱すと、彼女が息を呑んだのがわかった。
「もしかして……ハルト君、照れてる……?」
「て、照れてるわけじゃ……!」
思わず言うと、途端に嬉しそうな顔をした彼女と目が合った。
「い、行こう。置いていかれるぞ」
「……ふふ、えへへ、はい!」
ディティアはにこにこしながら足取り軽く走り出す。
俺はひとりゆっくりと踏み出しながら、ごしごしと頬を擦るのだった。
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