名誉と負傷と①
「ファルーアと〈爆風〉は……?」
ボーザックがそう言ってさっと視線を奔らせる。
当然俺もファルーアと〈爆風〉の姿を捜したけれど、ふたりは見当たらない。
「別の場所で戦ってるのかもな。早く片付けて合流しよう」
俺は答えてから気持ちを切り替えるためにかぶりを振って双剣を抜いた。
「――それじゃ、蹴散らすぞボーザック」
「そうだね、ぱぱっとやっちゃおう!」
俺たちは同時に地面を蹴って人々に群がるアブラッムンナの討伐に乗り出す。
疲れていないわけじゃなかったけど、早く皆に会いたい、その熱い気持ちがすべてを凌駕していた。
「肉体強化、肉体強化、肉体強化! うおおおぉ――ッ!」
「たあぁ――ッ!」
俺はボーザックの大剣が突き込まれた一体を踏み付けて跳び、その向こう側にいた一体に双剣を叩き込む。
そのままの勢いでまだら模様の花弁を一枚斬り飛ばし、襲い来る根に左の剣で傷を穿つ。
「――凍れッ!」
――けれど。援護は突然だった。
「うわっ⁉」
なんというか、勘……? 咄嗟に飛び退いた俺の眼前、アブラッムンナの下から氷の壁がせり上がる。
高々と弾き飛ばされたアブラッムンナが落下する先、ボーザックが自身の左下に切っ先を向けて大剣を構え、すっと息を吸った。
「――――たあッ!」
吐き出される気合。
左下から左上へと閃く白い刃が食人花を一刀両断し、一撃のもとで沈黙させた。
「その様子だとヒーラーは見つけられたのね?」
そこで颯爽と俺の隣にやってきたのは俺と殆ど変わらないほどの背がある紅鎧の女性――アルミラさんだ。
氷壁から流れ出るひやりとした空気に腕を擦って頷くと、彼女は短い杖をくるくるっと回して次のアブラッムンナを指した。
「爆ぜろッ!」
びし、と氷壁に亀裂が奔る。
「……!」
嫌な予感がしてさらに飛び退く俺の目の前、言葉どおりに爆ぜた氷の礫が一直線にアブラッムンナに襲い掛かっていく。
「えぇっ、ちょ……うわあぁッ⁉」
巻き込まれたのはボーザックで、まさに振り下ろそうという大剣は防御に使われることとなった。
「あら、危ないわよ」
「遅いからッ! 遅いからねアルミラさんッ!」
しれっと言うアルミラさんにボーザックが悲痛な叫びを返すけど……そのあいだもアルミラさんの生み出した氷の礫は何十もの刃となってアブラッムンナを斬り刻む。
そうして数体の花が地面に伏すと、彼女は紅い髪をさらりと払って豪快に笑った。
「麻痺毒が高く売れるのよ? あとで剥ぎ取る必要があるわ」
「……ああ、そう……なんだ……」
ここでこの反応ができるってのもアルミラさんらしいとさえ思う。
俺は眉間を揉んで返し、アブラッムンナの大軍を見遣った。
……すでにかなりの数が片付いたようだ。
蠢く根の向こう側、ひらりと舞う〈疾風〉の姿が見え隠れする。
俺も格好いいところ、見せたかったような気もするんだけどな……。
「待たせたな! 片付いたぞ。こっちも終わりそう…………か?」
そこに走ってきたグランが――ぴたりと動きを止めて双眸を見開く。
「あ? ……ディティア……か?」
彼の視線の先で吹き荒れる風に、俺はひょいと肩を竦めてみせた。
「うん」
「お、おぉ……なんだ、あれだ、唐突すぎて――大丈夫かハルト」
「いや、俺は平気だけど……グランのほうが混乱してないか?」
「あ、ああ、悪い……そうか、そうだな。それで、ファルーアと〈爆風〉はどこだ?」
「それがさー、近くには見当たらないんだよね。どこか別の場所で戦ってるのかな?」
ボーザックがこっちに歩きながら言うと、グランは顎髭を擦って頷いた。
――うん。あれは落ち着こうとしてるんだな。
「……ちょっと。あんたたち、なに呆けているのよ。とりあえず片付けるわよ?」
そこでぴしゃりとアルミラさんに言われ、俺たちははっと肩を跳ねさせた。
そ、そうだよな。まだ終わったわけじゃないし。
とはいえ、やっぱり〈疾風のディティア〉はすごい。
いまや彼女だけでなく、その向こうで身を寄せ合う巨人族たちがよく見える。
残すアブラッムンナはいつのまにか二体だけだった。
「……これ、俺たちの活躍できる時間、残ってるか?」
「あはは。微妙だね……」
ぼやいた俺にボーザックが応えるけど、そうこうしているうちにディティアが一体を屠る。
間髪入れずにアルミラさんが最後の一体の根を凍り付かせ、ディティアは体を大きく捻りながら流れるようにトドメを刺した。
あたりには地面にべたりと伏した巨大な花が残り、町から避難せざるを得なかった巨人族たちが疲れた顔で座り込む。
……狩人たちも体を休めているみたいだな。
俺はあたりを確認して安全を確かめ、深々と深呼吸した。
――会いたかったから、かな。少し緊張するというか、なんというか。
思いながら戻した視線の先、双剣を翻して鞘に収めたディティアが顔を上げる。
エメラルドグリーンの瞳が瞬いて……その表情に安堵が浮かんだ。
「ハルト君、グランさん、ボーザック! よかった……!」
弾かれたように駆け出して――というか、まだ脚力アップが三重だからほぼひとっ飛びだけど――ディティアは俺たちの前にやってくる。
「くそ、こっちの台詞だ! 会えて嬉しいぞディティア!」
「ひゃあっ!」
「おわっ」
「うわぁっ」
そこでグランがディティアと俺とボーザックを纏めて掻き寄せた。
無事だった、また会えた、その気持ちが先走って……俺はその瞬間に咄嗟に腕を広げ……彼女をぎゅっと抱き締める。
……柔らかな髪が頬に触れて、ディティアがここにいるんだとようやく実感できた気がした。
「――よかった、本当にこっちの台詞だよ……心配した」
「……!」
彼女にだけ聞こえるように耳元でそっと囁くと、ディティアが身を硬くするのがわかる。
俺が腕を緩めて笑ってみせると、至近距離で目を合わせたディティアがぶわーっと紅くなった。
「ふ、熟れた果物みたいになってるぞ?」
「あ、え……」
すると隣で同じくぎゅうぎゅうにされているボーザックが笑う。
「へへ、俺も会えて嬉しいよティア! ……でも、グラーン。苦しいし、ちょっと恥ずかしいー!」
「はっ、たまにはいいだろうよ! ……で、ファルーアと〈爆風〉はどこだ?」
グランはそう言うと俺たちを解放し、顎髭を擦る。
ディティアはびくっと肩を跳ねさせると姿勢を正した。
「あ、は、はいっ! ……それが、ふたりとも動けない状況なんです……」
「え……動けない?」
俺が聞き返すと、ディティアは眉尻を下げて泣きそうな顔をする。
「……うん。私たち舟に乗っていて濁流に巻き込まれたの……ファルーアが魔法で濁流を凍らせたり壁を作ってくれたりして守ってくれて。でも全部は難しくて……そ、ソナを庇ったガイルディアさんが大怪我を……」
そう言ったディティアは一度息を吸い込み、ゆっくり吐き出してから再び唇を開いた。
「私たち、だいぶ下流まで流されたんです。……なんとか岸には上がったけどファルーアは魔力切れでまた気を失ってしまって。ガイルディアさんも応急処置は済ませたけどあまり無理させたくない状況です。だから私、ヒーラーを捜すつもりで先に戻ってきたんです。……そしたらここが襲われていて……」
聞いていたグランは頷くとディティアを真っ直ぐに見て言った。
「そうか。よくここまで戻ってきてくれた。……ヒーラーはいるみてぇだからな、もう大丈夫だ」
「グランさん……はい……!」
ディティアは応えると唇を引き結び、俺とボーザックに視線を向けて――ようやく頬を緩めた。
「あの、わ、私も会えて嬉しいよっ!」
それが可愛かったんで。
ボーザックとふたり顔を合わせ、俺は手を伸ばしてぽんぽんと頭を撫でた。
「う、うぇ……あの……」
「あー、可愛い。な、ボーザック?」
「あのさぁ。それ俺に聞くの……?」
けれどそこでスパッと応えたのは……俺たちの再会を見守っていてくれたアルミラさんだった。
「……そうね、可愛いわ!」
こんばんは!
切りが悪かったので二日分量を本日更新させていただきます。
感想、嬉しかったです……!
今後ともよろしくお願いします!