失踪と帰還と⑨
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巨人族の町を抜けた先は切り拓かれ草原のようになっていた。
本来なら多様な使い方ができる多目的広場だったのかもな……。
――でもいまは違う。ここは――戦場だ。
「アブラッムンナだらけだ……」
滲む汗を拭いながら思わずこぼした俺の隣、ボーザックが頷きを返す。
見える範囲でも食人花三体につきひとりで相手をしている……ってところか。
狩人たちは数人でひと塊になって応戦しているらしく、俺はぐるりと見回してから再び踏み出した。
「ボーザック。あそこ、魔法が使えそうな巨人族がいる。片っ端から当たるしかない」
「……うん。こんなにアブラッムンナがいるなんて……戦えないひともまだいるはずだよね?」
「――そのはずだよな」
まさか全員が下層に向けて逃げたってことはないと思うんだ。
擦れ違った巨人族もそんなに多くなかったし。
残っているひとも、さらに上層に逃げたひともいるだろう。
とはいえ、考えても仕方ない。
俺たちは戦っている四人の巨人族に加勢し、ヒールが使えないか聞くことにした。
「手伝う! 誰かヒールが使えたりしないか? そいつ、肋骨折れてるみたいなんだけど……!」
「残念だけど私らは無理だワ。あれ、あの狩人なら使えるはずワ! ここは耐えられそうだワ! 行くのワ!」
突然現れた俺たちに最初こそ動揺した巨人族も、敵ではないとわかったのかすぐに教えてくれる。
残ったアブラッムンナはあと二体、確かに四人なら大丈夫だろう。
俺たちは礼を述べて移動を再開した。
「――まだ走れるかボーザック」
「うん、少し響くけど!」
「治癒活性はいまは使えないからな……もう少しだけ粘ってくれよ?」
「あはは、気遣わせてごめん。大丈夫、行こう」
こんなときでも笑ってみせるボーザックに、俺はしっかりと頷いて前を見据える。
向かう先、三人の巨人族パーティーが囲まれているのがわかった。
「肉体強化、肉体強化、肉体強化ッ……おおぉ――ッ!」
俺はバフをかけ直してボーザックに先行。
気合を吐き出しながらアブラッムンナの花弁に双剣を突き立てた。
「誰かヒールが使えたらそいつにかけてやってくれ!」
「誰だかわからないが恩に着るナ! 小さなひと!」
「ち、小さなひと⁉」
そりゃ巨人族と比べたら……と思って反芻してしまったけれど……いやいや、気にしたら駄目だ。集中しろ!
「と、とにかく! ヒールを頼む!」
脱力しかける己を奮い立たせ言い放ったあとで、俺はぐっと唇を引き結びアブラッムンナに追撃を叩き込む。
そこで攻撃に転じたアブラッムンナの根を跳び退いて躱した俺は、再び踏み込んで双剣を振るった。
立ち止まっている暇はない。戦え、戦え、戦え――!
「そら、治れサッ!」
そのとき、囲まれていた巨人族のひとりが槍のような杖を振り上げた。
ぽわりと緑色の光が散ってボーザックを取り囲み、彼は大剣を右肩付近まで引き上げると歯を見せて笑う。
「……ありがと! これで万全、お待たせハルト! たああぁッ!」
気合一閃。
振り下ろされた白い刃が根を揺らめかせる一体を易々と斬り伏せる。
「うわ、一撃って……! やっぱすごいなお前、ボーザック!」
思わず言うと、俺を小さなひと呼ばわりした巨人族が武器らしき槌を振り上げ、別の一体を文字どおり地面に叩きつけた。
「……お、おぉ……」
こっちも凄まじい。
「いい狩りっぷりナ! 助かるナ!」
にやりと笑って槌の巨人族が言った――次の瞬間。
彼らを囲んでいたアブラッムンナが一斉に根を振り上げる。
その数八体。
「……っ! 肉体硬化、肉体硬化ッ!」
咄嗟に広げたバフが彼らを包み、しなる根が次々と巨人族に打ち下ろされた。
「ボーザック!」
「任せてッ!」
俺はボーザックと視線を交わし、少しでも根を止めようと別々のアブラッムンナに斬りかかる。
すると……アブラッムンナの輪の内側で槌の巨人族が呼応してくれた。
「いけるナ!」
よかった、耐えられたみたいだな……!
胸を撫で下ろす暇はないけれど、それでもいい。
そこで三体が沈黙し、残りは五体。
一気に仕留めてしまおう、そう思ったんだけど……。
「キャアアァ――ッ」
「しまった、守りが破られたナ⁉」
またもや悲鳴が上がり、槌の巨人族が広場の奥へと視線を奔らせる。
「守りって⁉」
ボーザックが根を斬り飛ばしながら聞き返すと、巨人族は唸った。
「奥に一般人を守っている陣があるナ! 俺たちはこいつらをなんとかしないと動けないナッ……小さなひと! 頼めるナ⁉」
「一般人がいるのか⁉ ……ボーザック!」
「先に行ってハルト! あと一体、このまま屠るッ!」
「わかったッ、速度アップ、速度アップ、速度アップッ!」
俺はバフをかけながら踏み切り、一気に走り出す。
数個の巨人族パーティーが戦う隙間を抜けた先、群がるアブラッムンナたちが見えた。
……あれか!
アブラッムンナの向こう側で再度悲鳴が轟き、根に巻き上げられた巨人族がひとり、高々と掲げられていく。
ぐったりしたその手足はぶらぶらと揺れて、既に噛まれたあとだとわかる。
あのままじゃ喰われる! 間に合うか……⁉
――そう思った瞬間、俺は視界の右奥で閃く風を感じた。
「はああぁ――ッ!」
その声。
踊る刃、ゆれる濃い茶の髪。
俺の全身がぶわ、と熱くなる。
ああ……会えた。会えた、無事だった、生きてた――!
不安だったさ、そんなの当たり前だ。
――会いたかったんだ。本当に。
だけど、だからこそ、いまは――!
俺は咄嗟にバフを練り上げ、ありったけの声を張った。
「ディティア――来いッ!」
「!」
「腕力アップ、腕力アップ、腕力アップッ!」
双剣を収め、手を組む。
弾かれたように振り向いた彼女は――迷いなくこっちに進路を変えた。
「脚力アップ、脚力アップ、脚力アップ! 跳 べ ぇ――ッ!」
練ったバフが彼女を包む。
その足が組んだ俺の手に乗り、俺は思いっ切り彼女を弾き上げた。
同時に彼女が俺の手で踏み切り、巻き上げられた巨人族のもとへと跳ぶ。
「させません――ッ!」
まさに疾風。
勢いそのままに根に取りついた彼女が双剣を閃かせる。
捕まっていた巨人族が落下すると彼女はそのまま根を蹴って再び上へと跳び上がり、ぐるりと身を捻ってアブラッムンナに剣を突き込み――そのまま見えなくなった。
でも大丈夫だ。
なんたって彼女は〈疾風〉なんだから――。
「ハルト! ……い、いまの……?」
そこに駆けてきたボーザックに、俺はどうしようもなく込み上げてくるものを呑み込んで頷いた。
「ああ。……〔白薔薇〕の〈疾風〉だ!」
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