失踪と帰還と⑧
「くそっ、今度はなんだ⁉」
「五感アップ、五感アップ! ……なんだ? ……こっちに来る……?」
グランが声を上げるあいだにバフを広げた俺の感覚に、たぶん巨人族だろう大きな気配が無数に引っかかる。
重ねて言うなら、それが雪崩のようにこっちに向かってきているのだ。
「聞こえたの――悲鳴だったよね? なんだろう……? ……ッ!」
目を凝らしたボーザックが弾かれたように大剣を抜き放つ。
――その視線の先、建物の向こうからひとり、またひとりと現れたのは確かに巨人族だった。
でもそれだけじゃなかったんだ……。
「は、花⁉ ありゃなんの魔物だ⁉」
グランが大盾を前に顔を顰める。
そうなんだ。
蔓をしならせる赤と黄のまだら模様をした巨大な花が数体――巨人族の後ろから走ってくるのである!
どうやら無数に生えた太い根で地面を這い進んでいるらしい。
その上に咲く分厚い花弁の中央、ぽかんと開いている穴からも触手のようなものが何本も伸びて蠢いているのがわかる。
花の部分だけでも俺が両腕を広げたくらいはあって――かなりでかい。
「食人花……アブラッムンナ! ンナ!」
「アブラッムなの⁉ アブラッムンナなのッ⁉」
トラさんに突っ込みながらボーザックが一番に駆け出す。
ややこしいなあもう!
俺はそう思いながらもすぐに手を上げた。
「肉体強化、肉体硬化、反応速度アップ!」
食人花ってだけで危険なのは明らかだ。
それでも詳細がわからない以上、素早く反応できるようにしておきたい。
「ボーザック、お前は無理すんじゃねぇぞ!」
グランもすぐに走り出し、俺もあとに続く。
「了解! ハルト、手助けよろしくッ!」
「任せろ!」
とにかく、巨人族を守らないと……!
俺は双剣を抜き放ち、真っ直ぐに先頭の一体へと向かうボーザックに追いついた。
「たああぁ――ッ!」
気合とともに白い大剣が閃き、地面に這っていた根が一本斬り放される。
「……ッ」
そこでボーザックが歯を食い縛ったのがわかり、俺は前に出て別の根の反撃を下から上へ刎ね飛ばす。
「無理するなよ?」
「へへ、ありがとうハルト」
「こいつはアブラッムンナ、だンナ! 噛まれると麻痺するンナ、気を付けンナ!」
そこに飛び込んできたのはトラさんだ。
手にしているのは手斧。彼女は赤い団子状の髪を振り回すようにして体を捻ると、アブラッムンナの根っこを数本纏めてぶった斬る。
手斧……とはいえ巨人族の手斧。俺からすればかなりでかい。
「うわぁお……」
ボーザックが思わずといった様子で呟くけど……凄まじい迫力だ。
トラさんはフンッと鼻息荒く手斧を翻すと、アブラッムンナの頭と思しき花片の真ん中にザクリと振り下ろす。
魔物の口らしき場所から生えている触手はそれほど長くはないけれど、先が針のように尖っていた。
噛み付いたあとで麻痺毒を出すのはあれかもしれない。
手斧を引き抜き再び花弁へと振り下ろすトラさんを手助けすべく、俺は双剣を閃かせる。
右からくる一本を右の剣で斬り、左上からくる一本は左の剣で受け、右足を大きく踏み込んでさらに左からくる別の一本を断つ。
やがて根の動きが鈍り、ズシリと音を立てて巨大な花が地面に崩れ落ちると……アブラッムンナはそれきり沈黙した。
残りは三体。そのうち一体はグランにぶっ飛ばされ、アルミラさんが氷の魔法で足留めして援護している。
「おい、なにが起きたンナ!」
そんななかでトラさんが逃げてきた巨人族を捕まえると、若そうな彼は首を振った。
「ぞ、族長! ひ、避難所にアブラッムンナが攻めてきたッ、狩人たちが応戦しているッ! でも数が多いッ!」
「ふむ、住み家がやられたのかもしれないンナ……いいかい、あまり下層に逃げるのは危険だンナ! 町の入口付近に行くンナ!」
「わ、わかったッ!」
そこで俺はボーザックと一緒に次の一体へと駆け出す。
噛まれたらしい巨人族がひっくり返り、アブラッムンナが襲い掛かろうとしていたのだ。
……たぶん麻痺毒は即効性なんだろう。
倒れた巨人族の表情は恐怖に染まっているのに、うまく体が動かせずに立ち上がることもままならない。
その頭へと覆い被さるように毒々しい花が傾いでいく――。
「させるかあぁ――ッ!」
俺は思い切り地面を蹴って双剣を振りかぶる。
刃が分厚い花弁にゾブリと沈む勢いそのままに斬り裂いた俺は、着地と同時に右足を大きく振り抜いた。
ドッ……!
無数の根によって支えられた花は蹌踉めいたりはしない。
それでも上体が傾ぐくらいの効果はあった。
俺は足を下ろすと同時に後ろに跳び、入れ違いでボーザックが突きを繰り出す。
白い大剣は一撃で花弁を深々と突き通し、沈黙させた。
「そいつを連れて行くンナ!」
トラさんの号令で数人の巨人族が集まり、麻痺したらしい巨人族を抱えて逃げていった。
グランとアルミラさんが相手にしていた一体は既に地面に崩れ落ちていて、残る一体は根を凍らされて動きを封じられている。
――だけど。
悲鳴とともに上層から次の一団が駆け下りてきたんだ。
当然、その後ろにはアブラッムンナの姿も見える。しかもさっきより多い。
まだあんなにいるのか……!
「なあ! アブラッムンナはどのくらいいるんだッ?」
走ってくるひとりを捕まえて聞くと、巨人族の女性は肩で息をしながら「た、たくさんっ、たくさんっダイ!」と応えた。
「くそ、一気に燃やしちまいてぇな」
残っていた一体を屠って、グランが大盾を持つ右腕をぐるりと回す。
「同感だね。ちょっと俺、どこまでやれるか……トラさん、ヒーラーはいないの?」
ボーザックが額に浮いた脂汗を拭って言うと、トラさんは手斧をブンッと振り抜いて上層を指した。
「狩人たちが応戦しているからそこにいるはずンナ。……あんた怪我ッしてるンナ?」
「うん、ちょっと肋骨いっちゃってる感じかな……」
ボーザックが左の脇腹に手のひらを当てる。
そこでグランが俺に頷いた。
――俺は頷きを返し、ボーザックの肩を叩く。
「行くぞボーザック。先に回復してもらおう。お前が戦えないのは困る」
「え? で、でも……」
「ここは俺と姉貴に任せとけ」
「はっ、任されてあげるわ。さっさと治してきなさい」
どことなく似た笑みを浮かべるふたりにボーザックが瞼を瞬く。
「肉体硬化、肉体強化、持久力アップ! 頼んだぞグラン。……速度アップ、速度アップ、速度アップ! ボーザック走れ!」
「――わかった。グラン、アルミラさん、ちょっといってくる!」
前の三つはグランとアルミラさん、それとトラさんに。あとの三つは俺とボーザックに。
「倒したら追い掛ける。上のほうが酷ぇ状況だろよ、気を付けろ」
差し出されたグランの左の拳にすれ違いざま自分の拳を叩きつけ、俺とボーザックは上層へ向かった。
逃げてくる巨人族には町の入口付近に向かうよう伝え、アブラッムンナを少しのあいだ牽制して時間を稼ぐ。
通路が広いのは立ち回る余裕ができる分、正直ありがたい。
俺たちは巨人族が逃げ果せたのを確認しながら一気に町を駆け上がるのだった。
こんにちは!
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