失踪と帰還と⑥
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「……っは! おえっ、ゲホゲホッ」
急激に意識が浮上して目が覚めると同時、強烈な苦みに舌を撫でられて――咽せた。
ああ……ダダンッムルシ……最悪な気分なんだけど。
俺は飛び起きて革袋から勢いよく水を飲み下し、体が動くようになっていることに気付く。
「……お、いけそう……?」
空は丁度明けてこようかという頃合い。
決して明るくはないが真夜中ほど視界が悪くもない、そんなところか。
夜通し焚かれていたらしい篝火の炎も心なしか小さくなっている。
「うぅーん……」
そのとき隣で眠っていたボーザックも額に手を当てて呻いたんで、俺は革袋を差し出した。
「起きろボーザック。動けるか?」
「……ん、うえぇ。……ありがとうハルト」
彼は上半身を起こすと革袋を受け取って水を煽る。
ごくりと喉が上下して、ボーザックは口元を腕で拭った。
「……ふう。大丈夫、動けそう」
「おう、起きたか」
そこでグランがどこからか戻ってきて、俺たちに簡易的な食料を渡してくれた。
俺はボーザックから革袋を受け取ってベルトに括ると、ありがたく食料を囓る。
……少しだけパサパサしている固めの生地。乾した果物が入っているらしく甘酸っぱい。
巨人族が荷車を引かせている馬に似た生き物から搾ったという乳もあって……ああ、うん。一緒に食べればこのパサパサもかなりマシだな。
「食ったら出発するぞ。川は相変わらずかなりの速さで流れているみてぇだ。岩龍ロッシュロークに動きはなさそうだが――野放しにするわけにもいかねぇからな。気張るぞ」
「了解。ティアたちとも早く合流しないとね」
グランの説明にボーザックが頷く。
「――んぐ。……よし、脚力アップと五感アップ、持久力アップで保つよ」
「私も行くわ。こっちの巨人族に必要な薬は売ったから」
食事を呑み込んで俺が言ったところに荷物を背負ったアルミラさんがやってきた。
「ん、かなり駆け足になると思うけど、もぐ……。アルミラさん大丈夫? 魔物もいるかもしれないし……」
ボーザックが残りの食料を口に突っ込んでモゴモゴしながら聞く。
「あ? 誰があんたとハルトを助けたと思っているの? このへんの山は私のほうが詳しいわ。対岸の巨人族とも交流があるし」
「ごめんなさい」
首を竦めてすかさず口にするボーザック。
恐い。やっぱりファルーアとはちょっと違うよな。
しかしアルミラさんはそんな彼に豪快に笑ってみせた。
「素直でいいわね。それじゃすぐに行きましょう」
怒っているわけじゃないんだろうなぁ……。
ファルーアと会ったらどうなるんだろう。お互い強いからなぁ……。
俺はそう考えて……ふるりと体を震わせた。
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「ダダンッよ」
「ダダンッ……」
山道の途中、例のギロギロ音がして警戒していた俺たちの前に現れたそいつは大きな葉の形をした耳を持つ緑色の蜥蜴だった。
二足歩行で前脚は退化しているように見え、代わりに後ろ脚が太い。
名前を反芻したボーザックと同じくらいの体高があって、尾まで入れればかなりでかい魔物だ。
ただ、群れているわけではなく単体なのは正直ありがたい。
『ギロギロッ……』
「こいつがいるってことは近くにダダンッムルシがいるのか」
グランが聞くとアルミラさんが短い杖をくるくるっと回して言った。
「そうなるわね。こいつらは舌でダダンッムルシを絡めて捕食するわ。硬い殻を砕くだけの歯を持っているから噛み付かれると骨が砕けるわよ」
「げー……それは嫌だな俺」
白い大剣を構えたボーザックが呟くけど……噛まれたい奴なんかいないだろ。
俺は双剣を胸のあたりに持っていき、まず五感アップを消した。
「アルミラさん、一応聞くけどこいつ……好戦的なのか?」
頭部の左右に張り出した巨大な赤い眼球は素早く飛び回るダダンッムルシを正確に追うためだろうか。
「はっ、愚問ね。少なくとも獲物を見逃すような魔物じゃないわ」
「……だよな。それじゃあ……反応速度アップ、肉体強化、速度アップ!」
俺はアルミラさんの返答にバフをかけ直す。
「いくぞ! おおらあぁッ!」
先手必勝、グランが様子を窺うように頭を屈めたダダンッに大盾で殴り掛かる。
ダダンッはその太い脚が生み出す脚力で大きく後方へと飛び退き『ギロギロギロッ』と低く嘶いた。
そのあいだに距離を詰めていた俺は勢いを殺さずダダンッへと突っ込み、双剣を突き出す。
けれどダダンッは葉っぱのような耳をペタリと伏せると、黄ばんだ歯を剥いて『シャーッ』と鋭い音を響かせ――びゅっと舌を伸ばした。
「うぉわあっ⁉」
右頬すれすれを掠めた舌から生臭い臭いがする。
「ハルト! ……うぅっ」
「ボーザック⁉」
右足を引き体を捻りながら咄嗟に視線を這わせた先で、大剣を振り抜こうとしたボーザックが蹌踉めく。
やっぱり怪我が響くんだ――そう考えた瞬間、その隣でグランがダダンッの舌を弾き飛ばし声を張った。
「斬れハルトッ! 無駄な時間は使えねぇ!」
「っ!」
俺は突き出していた双剣を引きながら右足を軸にして左足を踏み込み、伸びた舌が戻る動きに逆らうように刃を閃かせる。
そう、こんなところで足踏みなんかしていられない。
ディティアを、ファルーアを、〈爆風〉を――捜しにいくんだ、俺たちは!
「腕力アップ、腕力アップッ! 邪 魔 だああぁ――ッ!」
反応速度アップと速度アップに上書き。
渾身の力で振り抜いた双剣はダダンッの舌を斬り飛ばし、ダダンッが『ギギギギロギロギロ――ッ!』と不快な絶叫を響かせる。
「おおおぉ――ッ」
ズダアァァンッ!
そこに今度こそグランの一撃が炸裂し…………ダダンッは沈黙した。
ダダンッは二足歩行のカメレオン的ななにかです。
今週も、よろしくお願いします!