失踪と帰還と⑤
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俺たちが保存食を貪るあいだに偵察に出ていた巨人族が戻った。
どうやら岩龍ロッシュロークは体を丸め、岩に擬態して休んでいるようだ――とのこと。
寝起きで魔法を使ったんだ、疲れているのかもな。
俺は生えていると思っていた岩の鎧がぐるぐる飛び回る光景を思い出し……かぶりを振った。
対抗するならグランの盾は必須だけど、それだけじゃ戦力が足りない。魔法だって必要になる。
俺たちが最優先でやることは対岸の戦力を取り込む――つまり巨人族の部族同士を仲直りさせること。そして三人――ディティアとファルーア、〈爆風のガイルディア〉と合流することだろう。
「夜の山道は危険すぎるカ。明るくなってから出発するカ。それまでは休むといいカ」
ガルはそう言いながら俺の頭を掴めそうなほどでかい手で、丸められた羊皮紙を差し出した。
「……この書状を届けりゃいいのか?」
受け取ったグランが聞くと、彼は深々と頷く。
「岩龍の近くに見張りを置いているカ。動きがあれば狼煙が上がる……空に注意しておくカ」
「わかった。ハルト、ボーザック。少し休むぞ。明るくなるまでに動けそうか?」
「おう。たぶん大丈夫……」
「俺もいけると思うー。ただ、やっぱり脇腹に違和感があるかな……?」
俺とボーザックが答えるとグランは羊皮紙をしまって唸った。
「骨だけで済んでりゃいいが――」
「そうだな、内蔵まで傷付いてたら治癒活性だけじゃなんともだし……。しかもいまバフかけたらどうなるかわからないからなぁ……ガル、ヒーラーはいないのか?」
俺が続けるとガルは首を捻る。
「むう……ヒーラーは俺たちの部族にはいないカ……対岸の部族なら……」
「そうすると行くしかねぇな……」
「この感じなら動けなくはないし、なんとかなるよ」
ボーザックは顎髭を擦るグランに笑ってみせ、水をひとくち飲むとまだ動かしにくいであろう腕で口元を拭った。
「う……いてて。でもいまはバフ切れで精一杯かも。ちょっと寝ておくー」
「――俺もそうする。なにかあったら起こしてくれ、動けるかわからないけど」
「わかったカ。警戒は俺たちに任せるカ」
「助かるよ、ありがとう」
分厚い胸板を叩いたガルに礼を言って、俺は先にひっくり返ったボーザックを横目にばたりと寝転ぶ。
するとなにを思ったか……アルミラさんが俺とボーザックの口になにかを捻じ込んだ。
「んぐっ……がはっ、げ、おえっ……に、苦……ッ」
「……うえぇ……な、なにこれ……苦いんだけど……ッ」
ああ……この感じ……わかるぞ。
ファルーアがこんな感じだった……つまり原料はアレ、だろ? ……最悪だ。
「だ、ダダンッムルシ……ダダンッムルシなの……?」
呻くように口にしたボーザックにアルミラさんはふふっと強気な笑みを浮かべた。
「よくわかったわね。特別配合の滋養強壮薬なの。これ高いのよ? 仕方ないからまけてあげるわ」
「滋養強壮……っていうか金取るのか……?」
「あ? 当たり前じゃない。私は商人だもの」
「…………」
――いや、ここは我慢、我慢だ。
これで動けるんなら耐えてみせるぞ、俺は!
そんな意気込みとともに、僅かな甘さも感じさせない『なにか』を必死で飲み下し、俺は無意識に地面を掴んでいた指先の力を抜いた。
すると……突如急激な眠気が襲ってきて視界が霞む。
「……あれ……?」
「? おい、どう――ハル……?」
「…………?」
グランの声がどこか遠くて聞き取れない。
俺は抗うことができずに……瞼を下ろす。
そんなに疲れていたかな? バフを使いすぎたとか?
いや……そんなことはない、はず……で……あれ……?
――暗くなる意識の向こう側、濃茶の髪が揺れたのが見えた気がした。
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「おい、ハルト……ボーザック?」
「平気よ、少し眠っただけ。眠りを助ける薬も入れたから」
「さっきの薬にか?」
「そうよ。見たところハルトはまだ余裕があるけれど、ボーザックのほうはしっかり眠ったほうがいいわ」
「……そうか」
アルミラはそこで難しい顔をするグランに、彼とよく似た瞳を向けた。
「父さんと母さんは……元気?」
「ん、ああ……トールシャに来る前に顔は出した。もう一年くらいか……その、姉貴は変わりなかったのか」
「はっ、あんた私の話聞いてその質問はどうなの? ま、このとおりなんとかやっていたわ。……言っておくけど心配していなかったわけじゃないから。目覚めたのだってたった五年前なのよ」
「あ? 五年前? ……姉貴が失踪したのは俺が二十歳過ぎとかそのあたりだったか……もう十年だぞ、それなのにか?」
「ええ。魔法かなにかでずっと眠っていたようね。私はドーン王国を拠点としているのだけど、それを調べているの。眠る私を見つけて以来ずっと看ていてくれた人がいるのだけど……その人と協力しながら、セウォルたちがなんだったのかも合わせて調査しているわ。……ところでラナンクロストはなんともないの?」
「ドーン王国は魔法大国だって聞いているが……なるほどな、そういう事情か。ラナンクロストでは災厄が起きた以降、とくに問題があるって話は聞かねぇな……。それで、父さんと母さんには報せていいんだろう? ずっと気に病んでいやがる」
「……十年もあればセウォルたちのことはもう気にしないでいいのかもしれないけれど……まだ気になるわ。あんた普段から手紙は出している?」
「いや?」
「なら突然手紙が届くのは警戒される可能性もあるわ。……帰る予定は?」
「いまのところねぇが……いや、待てよ。それならハルトを使うか」
「……ハルト?」
グランは寝息を立てているハルトに目を向けて頷く。
「ラナンクロストの次期騎士団長と手紙のやり取りをしていやがるんだ。そこを通して伝達させる。俺たち〔白薔薇〕はそれなりに名が売れたようだしな。〈閃光〉ならうまくやってくれるだろうよ」
「〈閃光〉……〈閃光のシュヴァリエ〉ね? ラナンクロストの守護神か……」
「ああ。ハルトに二つ名を付けた奴でもある」
「……へえ、バフを重ねたりしているのを見るに、なかなかやるようね?」
「すげぇぞ、うちのバッファーは」
「言うわね。それなら頼みましょう。…………ほかの仲間も早く見つかるといいわね。挨拶させてもらうわ」
「ああ。姉貴の調査の話も聞かせてくれるんだろ?」
「――そう、ね。とりあえず岩龍ロッシュローク討伐が先かしら。それにしてもあんたが〔白薔薇〕を名乗るとはね」
「……はっ。赤薔薇好きな姉がいたからな。俺は無垢な白薔薇がいいんだよ」
姉が失踪したあとに遺された赤い薔薇の髪飾り。
それを思い出し、グランはゆるりと瞼を下ろす。
薔薇を見ては姉を思い出していた。薔薇があれば自然と目を向ける自分がいた。
けれど赤い薔薇は姉の記憶が詰まっていて――詰まりすぎていて、いつしかグランは白い薔薇を好むようになったのだ。
「……なら私はパーティー〔赤薔薇〕でも作ろうかしら?」
「なんだそりゃ」
アルミラは昔のように豪快に笑うと……続けた。
「私の幸運の星が見付かったかもしれないわね――」
「……?」
「あんたも寝なさい、私は巨人族と商談してくるわ」
グランはどこかで聞いたことのあるその単語に首を傾げたが……立ち上がるアルミラの言葉に頷いた。
先週それほど投稿できておりませんでしたので!
いらっしゃってくださった皆様に感謝を。
よろしくお願いします。