王族たるもの。④
屋敷の入口に来たとき、漸く人の気配がした。
「ご用件は何でしょうか」
メイド姿の女の子が、中から出てきてくれる。
俺達は馬車の手形を見せて、サーシャに言われて訪ねてきたと伝えた。
「サーシャ様の。かしこまりました、今暫くお待ちくださいませ。……奥様!お客様ですー!」
ぱたぱたと屋敷に入っていくメイドを見送り、待つこと数分。
慌てた様子でやってきたのは、ドレスのご婦人だった。
「あらあら、まあまあ!貴方達、白薔薇の皆様ね?」
少しふくよかな身体で、くるくると巻かれた紅い髪。
ぱっちりした猫目は、サーシャと似ていた。
「ああ。突然で申し訳ないんだが、少し相談があってきた」
グランが頷くと、ご婦人はおっとりと微笑んで、両手を胸元でパチンと合わせる。
サーシャが手紙でも送っておいてくれたんだろう。
助かった。
「そんな、かまいませんわ!うちのサーシャがご迷惑をおかけしたと伺いましたの」
「いや、そんな大したことはしてねぇんだ、だから気にしないでほしい」
「まあまあ、折角なのでお茶でも。エリーゼ、エリーゼ!」
「はい、奥様」
エリーゼというのか、さっきのメイドが奥から出てくる。
「お茶の用意をお願いするわ。では、皆様はこちらへ」
一瞬、フェンを気にしたけど、彼女はフェンのこともすんなり招き入れた。
優しい人みたいだ。
「良かったなフェン」
声を掛けたら、尻尾で叩かれた。
可愛くない奴!
そんなわけで。
お茶を飲みながら、俺は代わる代わるやってくるメイド達を眺めていた。
老若男女、たくさんの人達がこの屋敷にいるみたいだ。
…でも、それってつまり、彼等は奴隷ってことなのかな?
「そうですの、これが菓子白薔薇ですのね」
他愛ない話は全てファルーアとディティアが受けてくれる。
サーシャとカイの話も、ご婦人はにこにこと嬉しそうに聞いていた。
「そう!カイとは仲良くやっているのね。嬉しいわ」
思いを馳せる表情は、やっぱり母のそれだと思う。
やがて、話は本題へと移った。
「実は、私達は王様への謁見をしたいの。けれど、ギルド長が1カ月戻らないみたいで」
ファルーアが言うと、ご婦人……サーシャの母、ルーシャさんは口元に手を当てた。
「あらあら、大変ですわね。つまり、私に謁見を申し込んでほしいのね?」
おっとりして見えるけど、中々に頭が良いんだろう。
俺達が頷くと、ルーシャさんは少し考えて言った。
「ギルドからの使者ですもの、うまく伝えれば1週間で会えると思いますわ。……サーシャの恩人ですもの、お任せくださいな」
「本当か!助かる」
「ただし」
「おお?」
「ひとつ、お願いがあります」
したたかなご婦人は、意味深な笑みをたたえていた。
……結論から言えば。
ルーシャさんは冒険者のドルムと同じく、奴隷制度の廃止を訴えてきた。
それを、王に打診しろ、と。
「別に、やらないと仰ってもかまいませんわ。謁見申し込みは必ずいたします」
にこやかに告げられたけど、俺達としてはそんな言い方をされたら良心が痛む。
たぶん、完全に見透かされてる。
「……ひとつ確認してぇんだが」
「何でしょうか?」
「俺達は、ただの冒険者だ。何でそれを頼もうと思うのか、よくわからない。自分で話せないのか?」
グランは、あえて答えず、質問を返す。
ルーシャさんは頷いた。
「この国で、奴隷制度に当てはまらない冒険者は本当に貴重な存在ですの。ギルドを見ましたわね?冒険者の少ないこと…。他国はもっと活気があります」
「それは、確かに少なかったね」
ボーザックはクッキーを口に放り込んだ。
「牽制……でもあるかと思うのです。奴隷制度をやめたら?と言ってくださる冒険者達がいることを上の者に悟らせることは。私達の国のことに、貴方達が関係ないことは重々承知しております。けれど、冒険者のその言葉は、ギルドの言葉の一部分ですから。完全に排除するには恐いはずなのです」
「……つまり。それに俺達を利用しようってことだな?」
「はい」
まっすぐ返ってきた返事に、グランは肩を落とした。
「ふー。随分な覚悟だな。……どっちにしろ、ドルムって冒険者にも頼まれてる。ギルドの様子も知ってるってことは、知り合いじゃねぇか?」
ルーシャさんは、そこで驚いた顔をした。
「まあまあ!ドルムが既に話していましたのね?…これは失礼を。あの子ったら何も言わないんだから……」
「ん?」
グランが、訝しげな顔をする。
ルーシャさんは、おっとりと微笑んだ。
「あらあら、失礼致しました。私、ドルムとサーシャの母、ですのよ」
ぶは。
「ええっ、あいつ、あれで貴族なのか!?…っ」
ファルーアがテーブルの下で蹴飛ばしてくる。
痛い。
「いや、ちょっと、貴族にしては、ほら。鍛えてるっていうか」
取り繕うと、ルーシャさんはころころ笑った。
「いいんですよ、あの子は冒険者に誇りを持っているんですから。…サーシャも、兄があんななので冒険者になったんです」
「そうなんですか?」
ディティアが身を乗り出すと、ルーシャさんは楽しそうに話してくれた。
サーシャが奴隷を欲しいと言ったとき、哀しかったそうだ。
けど、よくわかってない子供故の考えなのかもしれない、現状を学ばせる機会なのかもしれない、と思い立ったらしい。
そこで、虐げられているのを知っていたカイを、かなりの金額で買い取ることにしたそうだ。
案の定、それを見たサーシャはカイを大切にすることを決めてくれた。
「本当は、人を買うなんてあり得ないと思ってますのよ。…ここのメイド達にも、毎月給料を出してます。いつでもこの国から出て行けるように。…皆、どうしてか残ってくれていますけど」
少し困った顔をするルーシャさんを見て、控えていたエリーゼが、ちょっと首を竦めた。
ディティアがそれを見て微笑む。
「皆さん、ルーシャさんが大好きなんですね!」
「お給料があるなら、それは本当に仕事ってことだもんな」
俺が頷くと、ルーシャさんは首を振った。
「それでもこの現状は変えられてないのですから、情けないのですけどね。…サーシャの考えを聞けたので、皆さんには本当に感謝しておりますの」
奴隷を持つ立場にいながらこういう考えの人も、ハイルデンには存在している。
そう知っただけで、俺にとっては実りある事実。
俺達は、確約はできなくても努力することを伝えて、宿に戻ったのだった。
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