失踪と帰還と④
…………纏めるとこう。
得体の知れない商隊の護衛になったグラン一家は二手に分かれ、アルミラさんと両親はセウォル、タトアルのふたりと山に登った。
ところが意味深なことを言われたあげく意識を奪われたアルミラさんは、気が付くとトールシャの魔法大国であるドーン王国にいて……かつ長いこと眠っていたらしい。
グラン曰くアルミラさんは失踪したと聞かされ、彼らの両親とセウォル、タトアルが彼女を捜し回ったものの……見つけられたのは川辺に落ちていた紅い薔薇の髪飾りだけだったそうだ。
その後、セウォルは山に登ると言った責任を感じている――と、多額の金をグラン一家に支払い――商隊を解散。
グラン一家も護衛を辞めてしまったらしい。
俺は知らなかったけど――グラン一家の娘が失踪した話はそれなりに有名だそうだ。
セウォルとタトアルの眼の色が変わったことは勿論、どうやってアルミラさんをトールシャまで運んだのかは、いまもって不明。
もしかしたら本当に吸血鬼なんてものが存在していて、未知の魔法を使うのか?
そりゃ、血結晶みたいに失われた知識は確かに存在するわけだから……あり得ない話、とは言い切れないだろうけど……。
俺はセウォルとタトアルの名前を覚えておこうと決めた。
「争った痕もない、となりゃ……川に落ちたもんだとばかり……。俺も両親も姉貴は死んだと思っていたんだ――まさかあいつらが犯人だとは……くそったれ」
グランはそう吐き捨て、それでもまだ信じられない様子でアルミラさんを眺めている。
俺とボーザックは相変わらず転がったまま視線だけを交わした。
「でもさ……どうして無事だって連絡しなかったの?」
……そうだよな。
ボーザックの問いに俺が胸のなかで同意していると、アルミラさんは肩を竦めた。
「セウォルたちの動きがわからないから下手に動けば危険だと思った……それだけよ。なにしろこっちは文無しで生活にさえ窮するんだもの。とにかくまずは商売、お金でしょう? 最初は自分がどこにいるかもわからなかったし」
「それでいま行商人だってことなのか? 商魂たくましいというかなんというか……」
思わずぼやくと、にっこりと笑われた。
恐い。
「……で、あんたはなんでこんなところに? ぶっ倒れているあんたを背負ったガルを見つけたときは誘拐かしらと思ってとにかくぶっ飛ばすべきか悩んだのよ?」
「それは困るカ……」
アルミラさんの言葉にガルがでかい体を震わせると、篝火に照らされて赤味を帯びた蒼髪が揺れる。
グランは目を閉じて顎髭を擦りながら唸った。
「俺は冒険者になったんだよ。こいつらと……対岸にいるはずのほかの仲間と一緒に旅してきたんだ。……今回は自由国家カサンドラのトレジャーハンター協会から依頼を受けて岩龍のことを確認しにきて……このとおり巻き込まれちまった」
「ああ……それで目撃情報がどうとか言っていたの? ……まったく。対応が遅いのよね」
「は?」
グランが眉間に皺を寄せる。
するとアルミラさんは髪を払ってしれっと言った。
「目撃情報を流したのに調査もしていないし、使えない協会だと思っていたのよ」
「……えっ? 目撃情報を流した?」
思わず口を挟んだ俺に、彼女は小さく頷く。
「そうよ。巨人族が揉めている理由は察していたから、さっさと解決してもらおうと思って。見た、なんて言われれば動くでしょう?」
――そういうことだったんだ。
俺たちは彼女がもたらした情報に踊らされてここに辿り着いたのか――。
「おい……ふざけんじゃねぇぞ……!」
そのとき、突然グランがアルミラさんに掴みかかった。
「なにが目撃情報だ⁉ ただの嘘じゃねぇか! 最初からこの状況を伝えりゃよかっただろうよ! 俺たちはその情報のために二手に分かれたんだぞ!」
「ちょっ、グラン⁉ うぅっ」
咄嗟に体を起こそうとしたボーザックが呻く。
五重バフが切れているのは理由の一部で……おそらくはまだ治りきっていない箇所があるのだ。
「あぁ? ……だからなによ? 私の情報のせいでこうなったとでも言いたいの?」
「現にそうだろうよ! 姉貴が情報を隠さなければ、あいつらは――!」
「あいつらは、なに?」
「……ッ」
グランは冷たく返された言葉にギリリと歯を鳴らしたけど……それ以上は口にしなかった。
いや、たぶんそれを口にしていたら俺もボーザックも怒った……そういう内容だろう。
だから俺は……ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……グラン、らしくないぞ。少し落ち着いたら?」
「…………ハルト」
「よかっただろ、姉さんが生きていて。だからいまはそれを喜んだらいいんじゃないか――?」
――だってそうだろ。
正しい情報があったとして、俺たちが巻き込まれなかったか……っていうのは話したところで意味がない。
俺たちはもう、巻き込まれてしまったんだから。
するとグランはアルミラさんの胸元を掴んでいた手をゆるりと解き、そのまま項垂れた。
「――ファルーアに踏まれちまうな」
「そうだね。……グラン、とりあえず俺、食事がしたい!」
そこで笑ったのはボーザックだ。
「賛成。腹が減ってはなんとやら……だしな」
俺もそう口にして、鉛のように重い左腕をなんとか持ち上げる。
鍛えているからなのか、バフを重ねすぎたあとに動けるようになるまでの時間はかなり短縮されてきたと思う。
できることならいますぐにでも捜しにいきたい――だから少しでも早く動けるようにならないとな。
手首で光るエメラルドの填まった腕輪を見詰め――俺は唇を横一文字に引き結ぶ。
するとグランが渋い顔をして俺の腕を握り……引き起こしてくれた。
「動けねぇくせに……どうやって食うつもりだよ」
「えー? 当然、そこはグランが食べさせ……痛いッ、痛いグラン!」
グランは戯けてみせたボーザックも引き起こし、その額を中指で弾いてフンと鼻を鳴らす。
「ったく……まだ腹が痛いようなら教えろよ、ボーザック。それからガル、お前らも食っておけ。次はいつ時間が取れるかわからねぇからな」
「たしかにカ……岩龍がここに来るならいまのうちカ」
巨人族が大きく頷いたところで……グランは眉尻を下げて続けた。
「――それと、姉貴もだ。しばらくここに留まるんだろ? ……その、さっきのは八つ当たりだ。悪かった」
眠いので朝見直します……
水曜分です、よろしくお願いします!
いつもありがとうございます。