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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
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失踪と帰還と②

「偵察隊が戻るまではまだあるようね。いいわ、話す」


 アルミラさんはそう言うと堂々たる胡座を掻いてその右膝に肘を突き、さらには頬杖をしてみせた。


 おぉ……なんというか、うん。さまになっている。


 結い上げた彼女の紅い髪が左肩から前に滑り落ちるのと同時、不敵で強気な笑みを浮かべた表情は――どこかグランに似ていた。


 やっぱり姉弟(きょうだい)なんだな――。


 なんとはなしに思っていると、彼女はふ、と息を吐いて話し始めた。


******


 その家族がとある商隊の護衛になったとき、娘は十六歳、息子は十二歳だった。


 父親と母親は長いこと商隊の護衛を請け負ってきた玄人で、その界隈ではよく知られる存在だ。


 彼らが子連れであっても仕事にありつけるのは、ひとえにその仕事ぶりが評価されていたからである。


 娘――アルミラはそんな両親を誇りに思っていたけれど、自身が商隊の仕事……つまり商売に興味を持ち始めると、護衛よりもそちらを学ぶことに時間を割くようになった。


 とある商隊の商人たちが彼女に惜しみなく知識を与えてくれたのも大きく、しかも商売の才能があったらしいアルミラは日増しに頭角を現していく。


 その傍らで息子――グランは体格に恵まれ、戦闘において頭ひとつ抜きん出ることとなった。


 当然護りはより堅牢なものとなり、とある商隊の護衛を終えたときには一家での知名度が上がっていたほどである。


 ――そんな一家に目を付けたのが『セウォル商隊』だった。


 グランたち家族はアイシャと呼ばれる大陸のラナンクロスト王国で活動していたのだが、この『セウォル商隊』もラナンクロスト王国での商売を望んでいたのである。


「……山に登りたい?」


 聞き返した母親に行き先の希望を述べた青年はうんうんと軽い感じで頷いた。


「ラナンクロストにも山がありますよね、そこで採れる鉱石、宝石、薬草、魔物の素材。なにが商材になるかわからないですし!」


 声音も口調も軽いその男は年齢で言っても二十前半と若く、鮮やかさに欠ける小麦色の髪と新緑色の猫目をしていた。


 商人らしい丈長の服の腹あたりを小さなポーチがたくさん付いた太いベルトで留めており、その腰にはごてごてと装飾された鞘の短剣が装備されている。


 ――しかしその彼こそ、商人五人、馬車三台の『セウォル商隊』を率いている商隊長であり、その手腕はなかなかのものだった。


「雇い主がそう言うなら当然護衛はするが……目的が商材探しとなると鉱山がいいか?」


 焚火を準備した父親が会話に入ると、商隊長――セウォルは「ひひ」と悪戯っ子のように笑う。


「いいえ、今回はあまり開拓されていない山がいいです」


「……馬車はどうする? 預けられる町や村が麓にある山で開拓されていないというのは相当限られるぞ」


「馬車は一番近くの町に預けて商隊員を三人置いていきます。商売させて営業力も付けさせないとですから」


「……ふむ」


 父親は逡巡しながら頷くと、ちら、とアルミラとグランを見た。


 その意を汲んだアルミラはすかさず口を開く。


「私は行くわ。置いていくならグランね」


「は? なんでだよ。俺だって戦えるようになってきたんだぞ」


 グランが不満を顔一杯に表すと、彼女は畳みかけるように言葉を続けた。


「は? 戦えるかどうかじゃないわ。あんたも商売とはなんたるかを学べばいいじゃない。護衛するのに商隊がなにを希望するのか――わかっているのといないのでは大違いよ」


「それは確かにそうですね。じゃあグラン君、よかったら君には三人の商人の『気になるところ』を客観的に判断してもらいたいです」


 アルミラの言葉を後押ししたのは商隊長セウォルで、グランはさすがに文句を呑み込んだ。


「気になるところ……?」


「そう。この売り方はよくなかったとか、これはよかったとかです」


「……」


 そういうのは苦手だと顔に出したグランだったけれど、そこは雇い主であるセウォルの希望に添うべきだということくらいわかる。


 父親は眉を寄せつつ渋々頷くグランに笑ってからセウォルに向き直った。


「決まりだ。少し時間をもらうが、場所を絞って提案しよう。それでいいか」


「はい。この国は不慣れなもので、お願いします」


******


 そうして向かった先はラナンクロスト王国王都の北西、北にある商業大国との境界である山脈の西端だ。


 グランと商人三人、馬車三台は鍛冶師の町ニブルカルブで商売をしながら待つことになった。


「さて、どんな場所ですかね。商材になるものがあればいいですが。ひひ……楽しみです」


「殆ど未開ってことは道もないってことだし、注意しないと死ぬわよ」


 猫目を細めたセウォルにぴしゃりと言ってアルミラは山を見上げた。


 木々が身を寄せ合う山肌は全貌を見ること能わず。


 魔物も多いはずの場所はどこか淀んでいるようだった。


「アルミラちゃんは歯に衣着せないところがありますね、ひひ、そこも商人に向いているかもしれません」


「……はっ、よく言うわ……い、痛ッ」


 つんと顎を上げて言ったアルミラの頭に拳骨が落とされたのはそのときだ。


 見上げた彼女の瞳に、彼女によく似た紅髪の父親が飛び込んでくる。


「――こらアルミラ。さすがに目に余るぞ。……失礼した、セウォル」


「いや、俺はこのくらいで構わないです。気が楽ですし」


「そう言ってくれるとありがたい。……さて、進み方についてだが――この先に川があるんでな、それを辿る形になる。装備は整えてきたがやはり危険はあるはずだ。全員気は抜かないように」


 ともに行くのは五人だ。


 商隊長セウォルと、無口な商人タトアル。


 護衛一家の父親エインと母親グレミラ、その娘アルミラである。


 ――既製品だけを仕入れるわけではなく、まさか商材になりそうなものを探すところからなんて商人にもいろいろあるものね。


 アルミラは颯爽と歩き出すセウォルのそんなに大きくはない背を一瞥して、そう考えた。


 

グラン(姉)のターンです!

よろしくお願いします✨


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