襲撃と迎撃と⑦
「えっ……と……グラン、あの……?」
とにかく衝撃がすごすぎて俺の理解が追いつかない。
思わず聞き返した俺にグランは肩を跳ねさせて視線を送り、隣に横たわるボーザックを見てから眉間をぎゅっと摘まんだ。
「あぁくそ……跳ね飛ばされて頭を打っちまったからな。腹が痛ぇのは仕方ねぇとしても幻覚まで見えちまう――ボーザックは大丈夫か?」
「おい。幻覚っていうのは私のことかしら。いい度胸しているわね」
「ハルト。あの魔物はどうなった? ……ここは……巨人族の広場か」
「……ちょっと。聞いているのかしら?」
「……なんだ、どうしたボーッとして。……くそ、それにしてもうるせぇ幻覚だな……なんだって今更現れやがる」
いや、グランそれ……幻覚じゃないけど……?
俺が教えようと口を開きかけたとき――グランが姉貴と呼んだ女性が右手で腰の杖を引き抜いて問答無用の一撃を振り下ろした。
ゴッ……
「ッだ⁉ い、痛ぇ…………ッ、な、なん……⁉」
「しばらく会わないうちに脳味噌が腐ったのかしら? 幻覚じゃないわ。本物のアルミラよ」
「……⁉ そんな馬鹿な話あるか! あ、姉貴は俺が冒険者になる前に失踪して死んだ――形見だって受け取ったんだぞ⁉」
「生きているじゃない。失踪は……そうね、確かにそんな感じ」
「そ、そんな感じ⁉ ふざけんじゃねぇぞ、この――」
「……悪かったわよ。お詫びにそこの青年ふたり助けてあげたじゃない。放っておいたら死ぬところだったわ?」
「――は?」
瞬間、跳ね起きるグランからひょいと退いた女性は肩を竦め、結んだ長い紅髪をぱっと払った。
「……死ぬところだ? おい、ハルト……いったいなにがあった」
「ああ――えぇと、その人に助けてもらったのは本当。……でもボーザックが……その。よくない……起きないんだ」
「……!」
グランはばっと隣に横たわるボーザックを見る。
ぐったりしたボーザックの白い顔に、彼は軋むほどに歯を噛み締めた。
「討伐はできたのか」
「いや、逃げるので精一杯だった。魔法を使われたんだ――あれはもう大規模討伐じゃないと正直厳しいって思う」
俺が応えるとグランは逡巡して顔を上げる。
「そこの巨人族。あんた、一緒に戦ってくれたうちのひとりだな? ……対岸の巨人族との火種はなんだ? 協力しねぇと町ごと崩壊しちまうぞ!」
「……その件は丁度話さないとならなかったカ」
グランに応えたガルは周りでこちらを窺っていた巨人族たちに頷いてみせる。
俺は黙って腕を組んだ女性をちらと見た。
アルミラって名乗っていたな――そういえばグランは冒険者になる前、商隊の護衛をしていたって話を聞いたことがある。
一緒に行動していたのかな? でも失踪して死んだって……?
正直、ただでさえ問題ばっかりなのにまたひとつ問題が増えた気がする。
ディティアと〈爆風〉、ファルーアのこともまだわからない。
すると女性はついと俺に視線を重ね、グランとよく似た感じで鼻を鳴らした。
「青年、ハルトだったかしら。ちょっと買い物していかない?」
……は?
******
結論から言えば、買い物をした。
アルミラ……さんは行商人で、気付け薬を売っていたからだ。
巨人族も使うという強力な気付け薬の原料はなんとダダンッムルシだと聞いて、ボーザックには少し同情するけど仕方ない。
酒に溶かして布に染みこませ鼻先に持っていくと……ボーザックが呻いた。
「……うぅ」
「ボーザック! しっかりしろ、大丈夫か? ボーザック!」
俺が呼ぶと彼は弱々しく頷いて薄く瞼を開ける。
「……ハルト、無事……? 俺……どうなってる……?」
「ごめん――俺は大丈夫。治癒活性は重ねてあるけどどうなっているかまでは――う」
瞬間、俺は自分の馬鹿さ加減に情けなくなった。
しまった、バフが――。
ゆらりと体が振れ、倒れ込む俺を隣にいたアルミラさんが支えてくれる。
「……ちょっと、あんたまで倒れるのはどうなのかしら」
「す、すみません……俺もしばらくは動けないかも……」
「バフ切れかハルト。――巨人族に話は聞いてきた。横になってろ、説明する」
そこに話を聞きにいっていたグランが戻ってきて、アルミラさんは俺をボーザックの隣に文字どおり転がす。
「痛ッ」
「――バフ切れ? よくわからないけど元気そうね。あんたの気付け薬は必要ないかしら」
「わぁお。……なんか……グランとファルーア足して割ったみたいな人、だね……」
白い顔のまま小声で言ったボーザックにグランの眉が寄るけど――いや、だって……なぁ。
「その説明も頼むよ……グラン……」
転がされた俺が言うとグランはゆっくりと頷いた。
「わかってる。とりあえず偵察隊が出て岩龍の状況を確認中だ。襲撃されるまで無理には動かねぇ――多少時間はあるだろうよ。ま、俺も聞きたいことが山ほどあるしな」
その言葉にアルミラさんはふふと笑う。
「迎撃するにも入り用でしょう? 物資の購入なら任せなさい」
妖艶というよりは自信に満ちた豪胆な笑み。
グランは困ったように眉を寄せ、煌々と燃える篝火を背にどかっと腰を下ろした。
「とりあえず――姉貴。生きていたんだな? いなくなって十年近いはずだぞ、連絡ひとつ寄越さねぇってのはどういう了見だ?」
その言葉に……ぶは、と息を吐いてから呻いたのはボーザックである。
「い、いてて……あ、姉貴? ちょ、ええ? うう、俺の肋骨いってる、かも……」
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