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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
644/845

襲撃と迎撃と⑥

 きっと俺ひとり残っていたら、とっくにやられていた。


 ボーザックがいてくれたから――だから俺は無事なんだ。


 グランがいれば。


 ファルーアがいれば。


 ディティアが――〈爆風〉がいれば。


 そんな願望はいまこの瞬間、なんの役にも立たない。


 助けられたんだから――あとは俺がなんとかしないと。しっかりしろ!


 俺は自分を叱咤し、岩龍を見据えたまそっと右脚を外側へとずらす。


 焦って動くな、ゆっくり、ゆっくり――。


 猛獣を相手に背中を向けてはならない……走ってはならない……そんなことを養成学校の授業で習ったはずだ。


 龍が猛獣なのかと言われればどうかと思うけど……俺は金の双眸から目を逸らさず、いつでも攻撃を躱せるように膝を曲げて一歩ずつ確実に地面を踏み締めた。


 岩龍は俺をじっと睨め付けたままで、巨躯の周りを取り巻く岩は円を描いて浮遊し続けている。


 ボーザックは動く気配がなく、かといってバフを練ることで岩龍を刺激するのは危険だと判断した俺は、焦る気持ちを堪えるしかない。


 時間だけが過ぎていくのがもどかしい。


 そうしてようやく辿り着いた小柄な大剣使いの隣、俺はそろりと膝を突いた。


(ボーザック……、おい、ボーザック)


 呼んでみるけれどうつ伏せになった彼は動かない。


 あれだけ派手に飛ばされたのに剣の柄はしっかりと握ったままだ。


 左を向き右頬を地面に密着させた彼の顔は土で汚れ、下りた瞼は俺の呼びかけに震えもしない。


 薄く開いた唇にも泥が付着し、血が滲んでいた。


 とにかく移動しないと――。


 俺はボーザックを背負うために彼の体の下に腕を差し入れ――硬直した。


『グゴオオオオォッ!』


 重低音。首筋がチリチリして全身の産毛が逆立つ。


 攻撃がくる、避けろと本能は叫ぶけど……ボーザックをこのままになんてできるわけがない。


「肉体硬化、肉体硬化ッ!」


 俺は咄嗟に彼に被さるように身を屈めてバフを広げ、残していた肉体強化ふたつも硬化に変える。


 なんとしてでも耐え抜く、そのためだ。



 ――グワシャアッ!



「……え?」


 けれど。


 覚悟した衝撃の代わりに聞こえたのは、なにかが潰され、ひしゃげて砕け散る音。


 目を上げると――俺たちと岩龍のあいだ、夜闇に浮かぶ白い霞とキラキラ舞う銀色の破片が見えた。


 地面には砕けた『それ』が折り重なってランプの灯りを映し、てらてらと光っている。


 吐いた息が急速に白く煙り、凍てつく空気が肌を刺す。


 氷の、魔法――か? ああ、それじゃあこれ……!


「ファルーア……! よかった、来て――」


 ――くれたんだな、なんて。


 情けない声を上げた俺の後方、パキ、と枝を踏み折った『彼女』は……目が合うと鼻を鳴らした。


「誰と間違えているのか知らないけれどそれどころじゃないわ。さっさと担ぎなさい。逃げるわよ青年」


「……え?」


 口調こそファルーアなんだ。


 ファルーアなんだけど――その見た目は――『グラン』だった。


 頭の後ろで結った長い紅髪と紅眼で、極めつけは紅鎧の女性だったのである。


 すると彼女は双眸を眇め、短めの杖でビッと俺を指す。


「さっさと動きなさいッ、死にたいの⁉」


「うえっ、は、はいッ!」


 一瞬呆けていた俺は慌ててボーザックを背負い、大剣を拾う。


 俺を怒鳴りつけた女性は片手で器用に杖を回すと、今度は岩龍のいるほうを指した。


「――凍れ」


 凜としていて、かつ堂々たる声音。氷の壁がせり上がり肌が痛いほどの冷気が一気に俺たちを包む。


「行くわよ、長くは保たないわ」


「はいッ!」


 俺はそう応えて踵を返す女性のあとに続く。


 背負うボーザックの微かな体温。


 ――息はしているけど弱い。


 それがわかって自分の不甲斐なさに腹が立つ。


 骨は折れていないだろうか、内臓はどうだ?


 俺はここから離れたらすぐさま治癒活性バフをかけようと決め、必死で足を動かした。


******


「……治癒活性、治癒活性、治癒活性ッ……」


 巨人族たちの避難場所と思われる広場には煌々と篝火が燃えていた。


 腕に覚えがあるという巨人族が残って陣を敷いていたのだ。


 俺は篝火の近くにボーザックを横たえ、バフをかけ直す。


 意識の戻らないボーザックは炎に照らされているのに白い顔をしていて、呼びかけても一切反応しない。


 すぐそばにはグランも寝かされていて、俺はその汚れた顔を見て小さく「ごめん」と口にした。


 俺、なんの役に立ったんだろう――。


「……すまなかったカ。巻き込んでしまったカ」


 そこにやってきたのはグランを背負ってくれた巨人族だ。


 俺はかぶりを振って立ち上がり、右手を差し出した。


「いや……グランを運んでくれてありがとう。俺はハルト、冒険者……トレジャーハンターだ」


「俺はガルだカ」


 巨人族は俺が見上げるほどの位置からそう応え、でかい手で俺の手をギュッと握る。


「……ガル?」


 なんだか引っかかって聞き返すと、自身の蒼髪をガシガシとかき混ぜた巨人族は大きく頷いた。


「ラキとスイが世話になったカ」


「……!」


 俺はその言葉に言葉を詰まらせる。


 そうだった……。


 橋から落ちそうになった巨人族のスイを助け、その母親であるラキと話していたときに濁流が押し寄せたからすっかり忘れていたけど。


 そのとき俺たちが待っていたのが『ガル』という巨人族だ。


 つまり彼……ガルはスイの父親でラキの夫なのだろう。


「ラキたちから話は聞いたカ。岩龍の話を聞きたがっていたとカ」


「あ……うん。そうなんだ。……さっき戦ったのが岩龍なんだろ?」


「……そのとおりカ」


「…………」


 俺はなにを話そうかと迷い言葉を見つけられずに唇をつぐむ。


 本当なら聞きたいことは山ほどあるんだ。


 でも――いまそれを聞いたとして……俺になにができるだろう。



 ……そのときだった。



「いつまで寝ているのかしら。おらッ、起きなさいよ」


 ファルーアより少し――いや、かなり荒々しい口調で言ったグランみたいな女性が、寝かされていたグランの腹を蹴飛ばした(・・・・・)のである。


「え、ええッ⁉ ちょ、あの、なにして……ッ」


 俺はたぶん、眼を剥いたと思う。


 いやいやいや、なんでグラン蹴ってるんだよこのひとは! 

 

 すると当のグランが呻き声を上げ……うっすらと瞼を持ち上げた。


「ぐ、グラン……! 起きたのか⁉」


 思わず呼ぶと、グランの右腕がゆるりと持ち上がって眉間をぎゅっと摘まむ。


「……あ……? なんだ……?」


「なんだ、じゃないわ。こっちは商売あがったりなのよ。キリキリ動きなさい」


 けれど女性は容赦なく再びグランの腹を蹴りつける。


 まあ、鎧の上からだから痛みはないだろうけど――恐い、ものすごく恐い。


「うぐっ……あぁ?」

「あァ? 文句があるのかしら?」


 グランが唸るそばからその体を跨ぎ、腰を折った女性がずいと顔を寄せて間髪入れずに凄むけど――恐すぎる。


 俺とガルが黙って見ていると――グランはみるみる目を見開いてこぼした。


「………………姉貴?」



 …………は?



昨日更新できなかったので。

なにとぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんと!まさかのグランの姉ちゃん登場?という予想外の展開に驚いたカ! そしてファルーアさんみたいなってところは、これまでの伏線回収的で、これまた好きですナ
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