襲撃と迎撃と⑤
「……とりあえず、こっちを向かせるのは上手くいったな」
「……で、このあとどうしようか?」
暗闇に聳える岩の塊。
俺とボーザックが言葉を交わすと、岩龍が右前脚を持ち上げた。
「……!」
俺たちは地面を蹴って互いの距離を開け、ズシン、と下ろされた脚を避けると同時に攻撃に転じる。
俺が狙うのはボーザックが岩の鎧を引き剥がした箇所だ。
皮膚――と思われるところも異常な硬さを感じるけど、岩よりはマシだろう。
「たあぁッ!」
気合を吐き出すボーザックの一撃に白濁した岩盤の一部が舞う。
「――ふっ!」
そこを狙い回り込んだ俺が腹に力を入れて突き込んだ刃は……やはりほんの僅かに皮膚に埋まった。
「思ったより速いけどなんとかなりそうだね。このまま倒せたりしないかな」
「いやさすがに無理があるだろ……。せめてもっと柔らかい場所があれば……」
軽口を叩くボーザックに応え、俺は胸の前に双剣を構え直す。
『グゴオォォ――』
そこで低く嘶いた龍が長い首を振り、俺たちの左側から大きく顎を開いて襲いかかった。
見えた口の中にはゴツゴツした黄ばんだ歯が並んでいて――並大抵の岩なら易々と噛み砕くだろうと予想できる。
この大きさだ、俺なんてひと呑みだな。
俺たちは跳ねるように数歩退いてそれを躱し、行き過ぎたその首に剣を振り下ろす。
だけど――当然ここも硬い。
「――ねぇハルト。俺たちが上流方面に退いたら追ってくると思う?」
すぐに体勢を整え、大剣を右肩付近に引き寄せたボーザックが言う。
「追わせたいところだけど木があるからな――俺たちを見失って諦められたら困る」
「――そうかぁ。やっぱりこういうときはファルーア頼みだね」
ぼやいたボーザックは空振った首を上げる岩龍に向けて左足を踏み込み、再び剣を振り下ろした。
掠めた切っ先に削り取られた破片が、ボーザックのベルトで揺れるランプの灯りにちらちらと瞬く。
――そのとき。
『グゴォオォ』
岩龍が轟く唸り声を上げ――突如脚を折って体を低くしたんだ。
「なんだ⁉」
首筋がチリチリする感覚。
俺は腰を落として身構える。
「なに⁉ なんかやばそう――」
ひらりと後退してきたボーザックが俺の前で防御の姿勢を取って――。
ゴウッ……
なにかが空を裂くような音が耳朶に触れた。
俺はその瞬間――目を瞠る。
岩が。
岩龍の纏う、その鎧すべてが……ぶわっと浮き上がって。
――龍の体の周りをぐるぐる飛び始めたのである。
「なん…………がッ」
「ボーザック!」
そのうちひとつが間髪入れずに発射され、驚愕に言葉を詰まらせたボーザックが目の前で弾き飛ばされて地面を転げた。
岩は龍を取り巻くように浮かんだままぐるぐると飛び続け、発射されたひとつもすぐさまその輪に戻っていく。
――龍は身を低くしたまま動かず、俺は視線を外さずにボーザックに駆け寄り膝を突いてその体を引き起こした。
「ボーザックッ、大丈夫か!」
「う、ぐ……さすがに、不意打ちなんだけど……」
ボーザックはそう応えると、放さなかった大剣を地面に突き刺し、支えにして立ち上がる。
俺は彼の様子に思わず安堵の吐息をこぼし……すぐに意識を切り替えた。
「まさか魔法を使うなんて思わないよな……」
……ボーザックは大剣で受けたからまだよかったんだ。直撃を喰らったらひとたまりもない。
もし連続攻撃も可能だとしたら――そう考えるとぞっとする。
「……あ、はは……確かに……。さすがに、ちょっと分が悪いかな……?」
言葉こそ軽口めいているものの、ボーザックの表情も固い。
俺は頷いて慎重に立ち上がった。
「ここまでか。一旦退こう――時間稼ぎくらいにはなっただろうし」
けれどその瞬間、再び首筋がチリチリする感覚に呑まれ――俺は咄嗟にバフを広げる。
「肉体硬化、肉体硬化、肉体硬化ッ、肉体強化、肉体強化!」
三つを肉体硬化に書き換え、ふたつは上書きに。
いまバフが切れたら終わりだ。絶対に切らすわけにはいかない。
「――ッ、ハルト!」
そこで思ったとおり次の岩が放たれ――ボーザックが俺の前に体を捻じ込んで大剣の腹で受けてくれる。
けれど岩の勢いは凄まじく、耐えられるものじゃなかったんだ。
俺はボーザックを受け止めた格好で一緒に吹っ飛ばされ、そのまま折り重なるようにして背中から木に叩きつけられた。
「うぐっ……ゲホッ」
――息が詰まり、目の前がチカチカする。
「だ、大丈夫か、ボーザック……」
俺は額に左手を当て、小さくかぶりを振って前にいるボーザックにそう言ったけど――。
「がは……ッ」
肺から空気を絞り出されたような声とともにボーザックが次の岩に弾き飛ばされ――地面を跳ねて転がるのが――見えたんだ。
「あ――うあ……ボーザックッ! おいっ、ボーザック!」
やばい、やばい、やばい――。
本能が告げている。
逃げろ、このままじゃやられる。
ボーザックを連れて……せめて龍の視界から外れないと――!
俺は浮かぶ岩に囲まれた龍を前に――歯を食い縛った。
遅くなってしまいました、こんばんはとおやすみなさいませ!
いつもありがとうございます。
よろしくお願いします。