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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
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襲撃と迎撃と④

「……先に行って。避難している巨人族にも危険を知らせてあげて」


 そう言ったボーザックはグランを背負ったまま困惑している巨人族に大盾を押しつけ、どこか泣きそうな顔で俺を見た。


 魔物は体の半分以上を引き上げていて、いまにも上陸しそうな状態だ。


 あれだけ滲んでいた敵意はグランを弾き飛ばしたことで落ち着いたのだろうか。


 視界から外れた俺たちにはすでに見向きもしていない――それは運がよかった。


「……早く行って、俺たちは大丈夫だから。グランをお願い」


 ボーザックが背を向けたまま静かに言うと……巨人族は小さく頷いて先に進んでいた仲間と一緒に山道を駆け下っていく。


 それを感じ取ったのか、濁流の渦巻く音が絶えず聞こえているなかで……ボーザックは白い大剣を手にふーっと息を吐いた。


 空はすでに暗く、俺たちが身に付けたランプの灯りが揺れている。


 その灯りを映す黒い双眸が一瞬だけ伏せられ――次にゆるりと俺を見たとき、俺はボーザックが怒っているのだと気がついた。


「ボーザック……?」


「……ハルトさあ。いま俺の逆鱗(・・)に触れたかんね」


「……は?」


「俺の逆鱗(・・)に触れたんだって! あー、もう、嫌だよ俺。俺が先に行ったらハルトだけ怪我して意識ないとかさ! グランとハルトが流砂に呑み込まれるとかさ! もう絶対嫌だかんね!」


 俺は捲し立てたボーザックに……そんな場合じゃないのにぽかんと口を開けてしまった。


「……いや、お前……いまそんな場合じゃ……」


「そんな場合だよ! なんだよひとりで格好つけてさあ! グランは俺たちふたり(・・・)を庇ったんだ、だから俺たちふたり(・・・)でなんとかしようって考えてほしいんだけど? ……先に行けとか、そんなの俺が頼りないみたいじゃん。なにが『余裕はない』だよ。最高のバッファーが聞いて呆れるっていうかさあ!」


「……え、えぇ?」


「五重バフふたり分くらいなんとかできる、そう言ってよ〈逆鱗のハルト〉! この状況でハルトだけ置いていくなんてあり得ないでしょ。ひとりで戦うとか馬鹿だよ。俺、ティアに怒られたくない。ファルーアに踏まれたくない。逆ならハルトだってそうするんじゃない? グランは巨人族たちがなんとかしてくれる――それなら囮は俺たちふたりが引き受けるべきだと思う――違うかな?」


 ボーザックは不満たっぷりの声で吐き捨てると、すたすたと魔物の前へと歩き出す。


 正直、ここまで言われたのは初めてだったんで……呆然としていた俺は我に返り慌てて踏み出した。


「え、ちょっ……おいボーザック!」


「俺はティアや〈爆風のガイルディア〉ほど速くはないけど……こんな魔物に負けたりしないから」


「…………」


 ボーザックがきっぱり告げ、胸の前で大きな剣を構える。


 体を引き上げるために前脚を掻いた魔物が道沿いの木々をメキメキとへし折るのを前にしても、彼は屈しない。


 つばの部分に彫り込まれた薔薇が夜闇のなかで白く浮き上がって見え――俺は思わずこぼしてしまった。


「お前……やっぱ格好いいなボーザック……」


「…………。あのさハルト……ちょっとさあ、俺、いま怒ってるんだかんね?」


 呆れたような声でこぼすボーザックの隣に立って、俺は頷いた。


 ボーザックの言うとおりだなって思ったんだ。


 ディティアも、ファルーアも、〈爆風のガイルディア〉もいない。


 そんななかでグランが倒れて――焦って、ボーザックだけでも逃がしたい――どこかでそう考えた。


 でもそれは愚行だし、そうだよな……俺はバッファーだ。


 ひとりで戦うだけが俺のやるべきことじゃない。


「悪かった、ごめん。たしかに逆なら俺もお前だけ置いていくなんて無理だ。最高のバッファーが聞いて呆れるよな。……だから任せろ。絶対にバフは切らさない! ――でも逆鱗云々は余計だからな!」


「…………」


 ボーザックは黙って前を向いたまま、少し間を置いて左の拳をちょんと差し出す。


 俺はそれを横目に見て――笑みを浮かべた。


「よし、目標はこいつの向きを変えること! 最悪は時間稼ぎして離脱しよう。やろうか〈不屈のボーザック〉!」


「――ちぇ、ハルトは本当にハルトだよね……。行こう〈逆鱗のハルト〉」


「今回は褒め言葉だと思っておくよ」


 俺たちは互いに拳をぶつけ合い、同時に踏み切った。


「ボーザック、上陸させない……っていうのはできると思うか?」


「俺たちだけじゃ怪しいね。ファルーアがいたら地面を崩してもらえたかな……!」


「だよな。それなら上流方面から叩こう」


「了解ッ! 俺からいくよ!」


 ボーザックは魔物の上流方面から弧を描くようにして突っ込む。


 魔物の右前脚は木々を薙ぎ倒し、例えが正しいのかはわからないけど地面を掴んだところだ。


 左脇から横薙ぎに振り抜かれたボーザックの大剣はガガガッとその脚を擦り、一部の岩らしき『なにか』を剥がして散らす。


『グゴオォォオッ!』


 吼えた魔物の首がぐるりと巡りこっちを捉えたところで、俺は双剣を思い切り振り下ろした。


 岩のような脚には凹凸があって、その隙間になら剣を捻じ込めるかもしれないと思ったんだ。


 ――だけど。


 ガツッ……!


「……駄目か……」


 捻じ込んだ刃は思ったよりも浅いところで止まってしまい、それ以上押し込むことができない。


 俺がすぐさま剣を引き抜くと、魔物が右脚をズズッと引き摺るようにして地面を抉り旋回を始める。


 見上げるほどの高さからこちらを睨め付ける金の双眸に俺はふんと鼻を鳴らして肩を竦めてみせた。


「少しは痛かったのか?」


「かもね! それならこの表面、全部剥がすッ!」


 ボーザックは鼻息荒く言い切ると次の一撃を叩き込む。


 俺は魔物から目を逸らさず、亀のような体をじっと見詰めた。


 ――見た目は亀っぽいけど龍にも見える。体は表面が剥がれるし岩の鎧ってところか……やっぱりこいつが岩龍(がんりゅう)で間違いないだろうな。


 こんなでかい魔物がどこに潜んでいたのかはわからないけど、もしかしたら堰堤(えんてい)を破壊したのもこいつかもしれない。


 考えるあいだも地鳴りのような音を立てて向きを変えた魔物は、いまや完全に上陸していた。



本日分です。

剣と岩が擦れて火花が散ると格好いいなと思ったけれど、この岩が削れて火花を散らす素材かというとそれはないな、とあれこれ。

火打ち石とか憧れの道具ですが普段はファルーアさんがいますから出番は少ないです。

いつもありがとうございます、よろしくお願いします!

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