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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
641/845

襲撃と迎撃と③

******


 茜と濃紺の入り混じる空の下で轟々といななく茶色い濁流が()にぶつかり飛沫を上げる。


 俺たちがそこに辿り着いたとき――すでにこと(・・)は始まっていた。


 松明を持った巨人族たちが怒声を上げ、ツルハシを振り上げていたんだ。


「……! 肉体硬化、肉体硬化ぁッ!」


 そこで俺が咄嗟に広げたバフが彼らを包み、跳ね飛ばされた(・・・・・・・)ひとりが目の前に転がってくる。


「大丈夫――⁉」


 ボーザックが駆け寄ると、巨人族は太い腕を地面に突いて体を起こした。


「い、生きているのカ……? 死んだ、かと思ったカ……」


 俺はその言葉を聞き終わる前にバフを広げて自分たちにかけ直す。


 ……それくらい余裕がなかったんだ。


「肉体硬化、肉体硬化、肉体強化、肉体強化!」


 聞こえるのはグゴオオ、という重低音。


 それが腹の底を震わせるなか、俺は『そいつ』を見上げて息を呑んだ。


 例えるなら岩山。


 爬虫類に似たあぎともそれひとつが岩のようで、伸ばされた太い首はまるで崖。


 形は亀に似ているだろうか。盛り上がった背中には甲羅の代わりに白や黒の岩がびっしりと生えている。


 その巨躯は飛沫を上げる水流の勢いなどものともせず、堂々と川に鎮座していた。


 大きさだけでいえば飛龍タイラントをはるかにしのぎ、重さでいえばその何倍――いや、何十倍と思われる岩塊(がんかい)


「あれが――岩龍なのか?」


 俺が呟いた言葉は重低音に掻き消されて誰にも届かない。


 だけどたしかにグランもボーザックも同じことを思っているはずだ。


 その魔物の爛々と明滅する金の双眸には圧倒されるほどの敵意が満ち、巨人族がじわじわと後退る。


 階段になっていたのだろう柱の残骸が彼らの奥に見えているってことは……どうやらこの先は河原へ下りる道だったらしい。


 つまり、この濁流は河原全体を呑み込んでしまった……そういうことなんだろう。


『グゴオォォォッ!』


 そのとき、ずしん、と。


 岩が落下してきたかのような音と振動があたりを震わせる。


 咆哮とともに魔物の右前脚が地面に突いた――その衝撃だった。


 やばい、やばい、やばい――。


 本能が警告を発し、呼吸が荒くなる。


「おい下がれッ! 踏み潰されるぞ!」


 グランの怒鳴り声で巨人族たちは一斉に踵を返すけど――くそ!


 ひとりが腰を抜かしたらしく、なんとか地面を掴もうと土の上で手を泳がせている。


 俺は咄嗟に地面を蹴り抜きバフを練り上げた。


「速度アップ! 速度アップ!」


 肉体硬化を速度アップに書き換えて、立ち上がれずにいる巨人族へと一気に駆け寄る。


 そのまま彼の腕を両手で掴んで思い切り引き、俺は腹の底から叫んだ。


「立てえぇ――ッ!」


 そのあいだに魔物の左前脚が持ち上げられ――視界に残っていた僅かな茜色が陰る。


「……ッ!」


 間に合わない――!


 俺は歯を食い縛り、巨人族の腕を放して双剣を引き抜いた。


「肉体強化ッ、肉体強化ッ……肉体強化ぁッ! おおおぉ――ッ!」


 肉体強化の五重。


 これでも支えられるかはわからない。でも――諦めてたまるか!


 けれど無我夢中で剣を振り抜く瞬間、視界に閃いたのは白い光だった。


「おおぉぉっらああぁ――ッ!」


「たあああぁ――ッ!」


 グランとボーザックが己の得物を叩きつけ、俺と一緒に岩のような脚を受け止めたのだ!


「グラン――ボーザックッ……!」


「はっ、ひとりで格好いい真似しやがって……、おら、踏ん張れッ!」


「そうだね、ハルトだけに見せ場は持っていかせないよ! ……とにかく、なんとかしよう!」


 軽口を叩くふたりの腕にはくっきりと筋が浮かび、ギシギシと武器が軋む。


「……おう!」


 俺は応えて必死で抗った。


 膝が折れそうなほどの一撃……いや、この魔物にとってこれはただの『前進』だ。


 ――だっていうのに、どれだけ重いんだよ……!


「誰でもいいッ、そいつを――早く、逃がせッ!」


「わかったカ!」


 グランが指示を出すと後方から巨人族が駆け戻ってきて、腰を抜かしたひとりを引き摺る。


「ぐ、おお……くそ、重てぇ――押し返せ、そうかッ⁉」


「うぅっ、このままじゃ、ちょっと……ッ、ハルト! 俺たちのバフも書き換えて!」


「ぐううぅッ、まか、せろっ……肉体強化、肉体強化ッ……肉体強化ァッ!」


 右の剣を脚に押し当て震わせながらバフを広げる。


 ふたりの肉体硬化を書き換えてさらにひとつ重ねた五重。

 

 これだけのバフでも自信がない、それほどの重さだった。


 せめてこの脚の下から逃げる……その時間があれば……!


「手伝うカ!」


 そのとき、巨人族がひとり戻ってきてくれた。


 彼に追随するようにほかの巨人族がひとり、またひとりと加わる。


 歯を食い縛っていた俺はその行動に己を奮い立たせた。


「いいぞ、一気に押し返して離脱……うわッ⁉」


 けれど。


 俺たちが押さえていた左前脚が持ち上がり、必死に耐えていた剣が突如空を切る。


『グゴオォォォッ!』


 轟く重低音が耳朶を打ち――腹の奥が震えたとき、切迫詰まったグランの声がした。


「くそッ……退けお前らッ!」


 白い大盾がぶん回され、俺は後ろに弾き飛ばされて踏鞴を踏む。


「うぐ……グラン! なに――」


 ――するんだよ、と。


 言いかけたんだ……俺。


 だけど。



 目の前を岩壁が行き過ぎるのと同時に、グランの体が視界から――消えた。



「……え……」


「ぐ、グラン――ッ!」


 俺と同じように弾かれていたボーザックの悲鳴に近い叫び声。


 岩壁が魔物の脚だと気付き、俺の全身から血の気が引いていく。


 魔物が上げた左前脚を振り抜いたのだ。


 咄嗟に奔らせた視線の先、真っ赤な鎧が木々のあいだに見える。


 ――でも。


 起き上がらない。動かない。


『グゴオォォォオオオォッ!』


 ビリビリッと鼓膜が震え、俺は弾かれるように駆け出していた。


「い、一旦退くぞボーザックッ! 巨人族も退いてくれ! グランっ、グラン――!」


 このままじゃ戦えない、やられる――!


 ばくばくと心臓が跳ね、俺はギュッと唇を噛んだ。


 落ち着け、落ち着け、最善はなんだ⁉


 俺は倒れたグランの意識がないのを確認し、とにかくその腕を引いて上半身を起こすと肩を入れた。


「肉体強化、肉体強化、肉体強化、肉体強化……肉体強化ッ!」


 ここでバフが切れたら動けない。それも注意しておかないとならないけど――どこまで続けられる?


 俺は五重のバフをかけ直し、落ちていた大盾を拾ったボーザックに頷く。


 そのあいだも魔物は大きな一歩を踏み出し、濁流から体を引き上げようとしていた。


 このままじゃこいつは巨人族たちの避難先に向かってしまうかもしれない。


 どうにか足止めできないか――いや、せめて方向を逸らせたら――。


「俺が背負うカ! 行くカ!」


 俺が必死で考えていると、巨人族が駆け寄ってきて軽々とグランを背負ってくれる。


 おそらくさっきも一番に動いてくれたひとだろう。


「助かる――」


 そこまで言って……俺は気付いた。


「……ハルト、行こう!」


 大盾を手に走り出したボーザックとグランを背負う巨人族。


 ボーザックのバフが切れても、彼らなら――。


 その背を見詰め……俺はふーっと息を吐いた。


「行ってくれ。俺が時間を稼ぐ。囮くらいになら――」


「なに言ってんの⁉」


 弾かれたように振り返ったボーザックに、俺は笑ってみせた。


「せめてこの魔物の行き先を町から逸らさないと。そうだろ? 俺だけならなんとでもなるからさ。……なあ巨人族! こいつが動けなくなったら背負ってやってくれ!」


「だ、駄目に決まって――それなら俺も一緒に!」


「お前のぶんもバフを保つ余裕はないんだボーザック! だから……お前はグランを。頼む……!」


 言い切った俺に――ボーザックは顔を歪めて唇を引き結んだ。

 

本日分です、よろしくお願いします!

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