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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
639/845

襲撃と迎撃と①

******


 そういえば名乗っていなかった。


 気付いた俺たちが自己紹介を終えガルという巨人族を待つあいだ、ラキとスイはいろいろと話をしてくれた。


 例えば、古くからあるこの巨人族の町では鍛治(かじ)や細工、陶芸など……いわゆる工芸が盛んで、林業、狩猟も行っていること。


 例えば、自由国家カサンドラと魔法大国であるドーン王国に跨がる山脈での生活は決して楽ではないけれど、どちらの国にも属していないこと。


 そのなかで子供たちは十五歳を越えると山脈で薬草採取や狩猟を行い、同時に大人たち――つまり職人から伝統の技を教わるのだという。


 一部の食料や日用品は山脈を通る行商人から買うことが多いけれど、やはりいまは滞っているそうだ。


「……行商人にどっちの部族と取引するのかって怒鳴った奴らがいるダイ。馬鹿ッらしいと思わないダイ? 結局『どちらにも属すわけにはいかない。そちらこそドーン王国とカサンドラのどちらにも属してないだろう?』なんてぴしゃりと言われたらしいダイ」


 ラキは机に頬杖を突いて不満げにそう言ったけど――へえ。その行商人すごいな。


 巨人族に囲まれても物怖じしない人物だとしたらグランみたいな奴か?


 考えながら左隣のグランをちらと見ると、その向こう側のボーザックと目が合う。


 心を込めて頷くとボーザックの頷きが返ってきた。


 だよな、そう思うよな?


「あー、ごほん。参考までに聞くが、もともと向こう側の部族とは仲がよかった……ってことでいいんだな?」


 そこでグランがわざとらしい咳払いを挟んで俺とボーザックを一瞥しながら言う。


 俺はそっと目を逸らし、焼き菓子を一枚摘まんだ。


 いつもならファルーアに踏まれているかもしれない。


「――さっきははっきり言わなかったけど、そのとおりだイ。ソナとも一緒に過ごしてきたイ。今回は珍しくダダンッムルシが下流に移動していたからそれを狩ろうとして――邪魔だって喧嘩になったイ。それで橋から落ちたイ」


 どう答えるか迷いを見せたラキに気付いたのか気付いていないのか……返事をしたのはスイだった。


 俺はでかい碗からお茶をすすり、少し気になって質問を重ねる。


「珍しく……? 普段はあのあたりにいないのか? ダダンッムルシ」


「いないイ。もっと上流に生息する魔物だからイ」


「……なんで移動したのかわかるか?」


 さらに重ねるとスイは首を振った。


 俺は……なんとなく嫌な感じがしてもう一度グランを見る。


 災厄が起きてしまったことで生態系に影響が出た……なんてことはないだろうか。


 いままでもそれが原因と思われる事象はあったはずだ。


 もしくは岩龍のせいかも――。


 同じ考えに至ったんだろう。グランは俺を横目で見て顎髭を擦りながら小さな頷きを返す。


 すると……少しの沈黙のあとでラキがはあ、とため息をこぼした。


「向かいの部族にはアタシッの友達も多いダイ。でもいまは族長から話してはいけないと言われていて――招くことも許されないダイ。ガルが来たら聞いてみるといいダイ。スイを助けてくれた恩はその家の長が返すもの……話くらいなら聞けるはずダイ」


 眉尻を下げて憂鬱そうに言う彼女は隣にいるスイの頭をがしがしと撫でる。


「なにするイ」


「アンタッもソナも災難ダイ」


「…………」


 彼女の言葉にスイが黙って唇を尖らせる。


 よくわからないまま「友達とは話すな」なんて言われたら嫌に決まってるもんな。


 納得がいかない気持ちが痛いほどわかって……いたたまれない。


 なにか言おうと口の中で言葉を探していたそのとき、どこかで低い地響きのような音がした。


「……?」


 思わず顔を上げてあたりを見回す。


 ボーザックも気付いたらしく同じように首を巡らせ、眉をひそめた。


「――聞こえた? ハルト」


「……ああ。『五感アップ』『五感アップ』」


 俺はボーザックの問い掛けにすぐバフを広げる。


 ――瞬間、俺たちは弾かれたように立ち上がった。


 座っていた椅子がガゴ、と音を立てる。


「……なんだ? なにがいやがる……⁉」


 グランの声に被せるようにして、研ぎ澄まされた聴覚に再び低く重い地響きが届く。


「ど、どうしたんダイ?」


 目を瞠るラキと眉間に皺を寄せたスイにどう説明していいかわからず、俺は咄嗟に口を開いた。


「わからないけど……上流からなにか来る」


 距離があるというのにこの存在感。


 気配を読む特訓によって底上げされているのもあるかもしれない。


 グランは右足を踏み出すとまだ座っているラキとスイに言った。


「ラキ、ちと外に出るぞ」


「えっ? あ、ああ、かまわないダイ」


「俺も行くイ」


 スイが立ち上がるあいだにボーザックが動いていて、木製の扉を開け放つ。


 飛び出すと――西日が視界に差し込んだ。


 谷を流れる川は東から西へと続いていて、俺たちは太陽に背を向けて目を凝らす。


 ――はたして。見えたのは上流から押し寄せる濁流だった。


「……ッ、おいおい……やべぇぞ⁉」


 グランが声を上げると同時にけたたましい鐘の音が谷間をこだまし、あちこちから怒声と悲鳴が聞こえた。


「まさか堰堤(えんてい)が決壊したダイ⁉」


 あとから出てきたラキの驚愕した声。


 濁流はすでに町の下層を呑み込み、轟々と地鳴りのような音がする。


「……なあ……グラン……」


 俺は速くなる鼓動に必死に呼吸を整え、対岸を見た。


 濁流の勢いで抉られる岸辺。


 上層へと逃げ惑う人々。


「皆は……どこにいるんだ?」


よろしくお願いします!

いつもありがとうございます。

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