魔物と巨人と⑨
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町は近付けば近付くほど圧倒された。
谷の斜面をなめるように建てられた家々が上層にも下層にも続いていて、谷を挟んだ向かい側にも同じような景色が広がっている。
そして家ひとつひとつがとてつもなくでかい。
まあ巨人族自体がでかいから当然なわけだけど。
その間を縫うように造られた岩畳の通路は長年の往来によるものか平らに均されていて、荷車を引く馬に似た動物を連れ歩く巨人族が見えた。
満ちる空気はひやりと冷たく澄み渡り、砂と岩の町並みが無機質な静謐さを思わせる。思い切り肺に入れると体が内側から洗われるような気がした。
「……向こう側がソナの部族の町か?」
グランが聞くとスイが細い三つ編みの蒼髪をちょいちょいと触りながら頷く。
そっか、あっちにディティアたちがいるんだな。
眺めてみるけど……結構距離がある。
ただそこで気が付いた。
俺たちは谷の中腹あたりにいるようだけど、見下ろす先に川を真っ直ぐ分断している橋が見えたんだ。
「あれ? 橋がある。あれで行き来できるのか?」
聞くとスイは「そうイ」と言ってからちょっと言いにくそうに続けた。
「いまは封鎖されているのイ……だから向こう側に渡るには俺とソナがいた吊り橋を使うイ」
「ああ、そうなんだ……」
町を繋ぐ橋まで封鎖するって――揉め事のせいだとしても思いのほか徹底しているぞ。
一抹の不安を感じた俺にグランが顎髭を擦りながら言ったのはそのときだ。
「ハルト、ボーザック。とりあえず俺たちは俺たちのやることをやるぞ」
「――うん、そうだな」
「できれば揉め事もなんとかしてあげたいけどね」
俺たちは頷き合って――硬く冷たい、でもどこか温もりを感じる石畳を踏み締めた。
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スイが案内してくれたのは町の上層だ。
一段が大分高い階段を何個も何段も上った場所である。
岩をくり抜いたり積み上げたりして造られた建物には小さな窓がいつくもあって、時折鼻をくすぐる美味そうな匂いが漏れ出ていた。
なんていうか家同士は密着しているところが多いんだけど、時折細い路地や橋のようになっているところを潜ったりもする。
アルヴィア帝国帝都もこんな感じに入り組んでいたものの、すべてが白っぽい黄色の岩で統一されたこの町はまた違った美しさがあった。
「ここイ。俺の家だイ」
スイが足を止めたのは上層でも少し外れのほうだ。
そこははるか眼下に広がる町並みを一望できる立地で、俺は思わず感嘆の吐息をこぼす。
「こりゃ、すげぇ眺めだな」
グランもそう言うと腰に手を当ててぐるりと景色を見渡した。
「そうだろイ。夜になると灯りが綺麗だイ。楽しみにしておくイ」
スイはガハイガハイと笑うと木製の巨大な扉を押し開けた。
「戻ったイ! 客人を連れてきた――イ?」
瞬間、中からヌッと太い腕が伸びてきてスイの頭を掴む。
「スイ⁉」
俺は咄嗟に双剣の柄を握る。
けれど……そのでかくて太い腕の先から出てきたのは……女性だった。
お……おお……。
「スイ、オマエッどこほっつき歩いてんダイ!」
スイと同じ蒼髪はやはりところどころを細い三つ編みにして垂らしてあり、その長さは彼女の肩より少し下くらい。
瞳は茶色っぽくて丸く、だけど俺の眼に比べたら倍はあるんじゃないかって大きさだ。
そういえばスイの瞳も同じような色だな。
着ているのは岩壁と似た色のひと繋ぎになった服で、腹のあたりを赤い紐でぐるりと結んでいる。
そこまで確認した俺は双剣から手を放し、頬を掻いた。
身構えていたグランとボーザックも肩の力を抜いて見守っている。
まあ、どう見ても家族……だよな。
「や、薬草を採りに行ったイ! ただ……そこで橋から落ちかけて……彼らに助けてもらったイ」
頭を掴まれたスイは女性の手首をバシバシ叩きながら抗議の声を上げた。
「橋から落ちかけたダイ? 馬鹿ッかねオマエッ! ――オマエッたち、手間をかけて悪かったダイ! とりあえずお茶でもどうダイ?」
女性は憤怒の表情でスイの頭をぐいぐいと押して下げさせると、俺たちに向けて豪快に笑った。
当然……ガハイガハイと、である。
「なんか……強烈だね……」
「巨人族の女性ってぇのは初めてだな。迫力がすげぇ……」
ボーザックとグランの言葉に頷きを返し、俺は笑った。
「グランよりでかい女性ってのも見応えがあるなぁ」
「ガハイガハイ、そうでなきゃ困るってもんダイ。アタシッらは巨人族だからでかさが自慢ダイ。……さあ、そのへんに座るんダイ」
女性はそこでようやくスイを解放すると、後ろ……つまり家の中を肩越しに指さした。
おお。対応も豪快……。
スイは掴まれていた頭を擦りながら「さあ入るイ」と俺たちを促す。
こんなに気持ちよく対応してくれるのに――部族間で揉め事ってどういうことだろうな……。
……とにかく俺たちはスイの家にそろそろと足を踏み入れた。
入ってすぐは客間のようだ。
椅子と長机と棚、それからランプがあり、大きな丸い葉を何枚も広げた観葉植物が入口のすぐそばに鎮座している。
窓がいつくもあるからか思いのほか明るくて、壁にはなにかの骨のような飾りがぶら下がっていた。
言われるがままに席に着くと、一度奥へと下がった巨人族の女性があれよあれよというまにお茶を持ってやってくる。
スイは背負っていた籠を部屋の隅に置き、棚からなにやら箱を出してきた。
「誰かを招くのは久しぶりダイ、ゆっくりするダイ。アタシッはラキダイ。その馬鹿ッの母親ダイ」
えぇと。ラキダイ……それともラキか?
迷っているとスイが言った。
「彼らはダダンッムルシの王虫を狩ったイ。あとは岩龍を探しているイ」
「へえ! 王虫ダイ? 高級食材だから大切に食べるといいダイ。焼いても蒸しても美味しいダイ」
ラキダイかラキかわからない女性は俺たちの前にお茶を出すと自分も向かい側――スイの隣に座った。
どうでもいいけどこのお茶……器がお椀くらいあるぞ……。
俺が緑がかった褐色の茶をちらりと見ていると、彼女は家の中だというのに少しあたりを警戒するように首を巡らせて……声を落とす。
「……ただ岩龍の話はここではやめておくダイ。スイ、オマエッも言わないでおくダイ」
「なにか知っているのか? あー、ラキさん、でいいのか?」
グランが聞くと女性は一瞬だけきょとんと瞬きをして……ガハイガハイと豪快に笑った。
「悪かったダイ、ラキ、ラキでいいダイ!」
「岩龍の話なんて聞いたことないイ……?」
そこでスイが箱を開けて俺たちの前に置く。
入っていたのは美味そうな焼き菓子だった。
種類も豊富で芳醇な甘い香りがして、ディティアとファルーアがいたら喜んだだろうなと思う。
「そりゃ大人の話だからダイ。オマエッには早いダイ。……さ、食べてほしいダイ。最近人を呼んでないから余っちまうダイ」
ラキはスイに顔を顰めてから……にこにこと箱を差し出した。
グランは礼を言うと顎髭を擦りながら続ける。
「ラキ。俺たちは岩龍の目撃情報を聞いて状況を調べにきたトレジャーハンターでな。どんな魔物かもわからねぇとちと困る――街道だってあるだろうよ、知っていたら教えてほしいんだが」
ラキはそれを聞くと大きな眼を見開いて、困ったように眉を下げた。
「トレジャーハンターダイ? まあ、そりゃあそうなるダイ……。それならガルを待つダイ。アタシッは判断できないダイ」
「ガル?」
「俺の父ちゃんイ」
聞き返す俺に……焼き菓子を頬張ったスイが笑った。
どうやら、魔物と巨人族にはなにやら繋がりがあるらしい。
俺たちは頷いて、とりあえず焼き菓子を頂戴することにした。
昨日更新できてないぶんです!
基本は平日更新ですがズレております、来てくれている皆様ありがとうございます、よろしくお願いします!