魔物と巨人と⑥
「薬って……」
ディティアが酷く狼狽える。
巨人族にとって大した毒じゃないのかもしれないけど、グランが見上げるほどの大きさがある彼らと比べたら俺たちには強すぎるのかもしれない。
そう思って体を強ばらせた俺たちに『イ』の巨人族は「別に死ぬほどではないから平気だイ」と付け足した。
「……紛らわしい言い方しねぇでくれ……。で、その薬ってのは売ってもらえるのか? 俺たちはあんたら巨人族に会いにきたんだ。腕のいい職人がいるなら装備も調整したい」
グランが言うと『ナ』の巨人族が残してある赤髪を前後にわしわしと掻いた。
「俺の部族んとこにあるナ。助けてもらった礼をする、それが巨人族ナ」
すると慌てたように『イ』の巨人族がでかい両手をぶんぶんと振った。
「そいつの部族はよくなイ、俺の部族にいいのがあるイ。こっちこイ」
「…………」
グランは呆れ顔で彼らを交互に見ると深々とため息をこぼす。
どうやら対立している部族には違いなさそうだけど――面倒くさそうだ。
「参考までに聞くが、その薬の原料はなんだ?」
そこで〈爆風〉が聞くと巨人族たちは同時に言った。
「ダダンッムルシの肝だナ」
「ダダンッムルシの肝だイ」
「ダダンッムルシ……」
続けて深刻そうに呟いたのはボーザックだけど、俺は笑いそうになったのを咳払いで誤魔化す。
ボーザックが悪戯っぽく笑ったところで〈爆風〉が続けた。
「作り方はわかるか?」
「わかるナ」
「わかるイ」
「なら教えろ。ここに肝がある」
……ん?
さらりと言った〈爆風〉は背負った荷物から『それ』を引き出した。
ディティアがものすごい勢いでズサーッと下がってきたけど……いやいや、なんで持ってるんだよ……。
「ダダンッムルシだナ! しかもこれは……王虫ナ!」
「貴重な個体だイ! なんでこれを持ってるイ?」
うん、俺も聞きたい。
巨人族の言葉に頷くと……〈爆風〉は爽やかな笑顔で言った。
「食えるかと思ってな」
「無理ですガイルディアさん。食べられません。絶対に食べられません!」
ディティアがぶんぶん首を振りながら目を剥いて否定するけど――巨人族は反対にコクリと頷いた。
「食えるナ。しかも王虫……高級品ナ」
「……ところで王虫ってなんなの?」
ボーザックが聞くと巨人族のふたりはニヤリと笑う。
「ダダンッムルシを統べる個体のことだナ」
「ひとつの群れに一匹しかいなイ。指示を出して狩りをさせるイ」
「へえ。やっぱりこいつが統率してたんだな」
語尾が被った気がしないでもないけど、頷く俺を見て〈爆風〉は楽しそうに言った。
「そこの〈逆鱗〉が仕留めた魔物だ」
「……えぇ、それ言う必要あるか? 気付いたのは〈爆風〉だろ。……それで、薬の材料はそれだけ?」
俺が顔を顰めると巨人族たちはなぜか目を輝かせる。
うわ。なんか嫌な感じが……。
思わず上半身を引くと彼らはズイッと俺に顔を寄せた。
近い。でかい。怖い。近い。
「オメェ小せぇのによくやったナ!」
「オマエッ、見かけによらねイ!」
「ぶふっ……痛ッ!」
噴き出すボーザックに一撃見舞って俺は唇を尖らせた。
なんだよ、小せぇとか見かけによらないとか! お前たちから見たらグランだって『小せぇ』やつだろ……。
「おいハルト。俺を見るんじゃねぇよ……顔に出てるぞ」
「……あれっ、そう?」
グランが言うので俺はへらっと笑ってみせ、巨人族からそっと距離を取る。
威圧感がすごいんだよな……。
頬を掻く俺に『イ』の巨人族はガハイ、ガハイと変わった笑い方をして言った。
「薬の材料は肝と薬草イ。薬草は二種類を混ぜるんだイ。ダダンッも口にする薬草イ」
すると『ナ』の巨人族が自分の背負う籠を下ろす。
「一種類は俺が持ってんナ。さっき籠に……ほら、これナ」
差し出された草は根の部分からスラッと細長く伸びた茎みたいなものが何本か生えていた。
「おお、助かるよ」
俺が受け取ると見ていた『イ』の巨人族も籠を下ろす。
「……抜け駆けすんなイ。これだからオマエッの部族は駄目イ……!」
彼は言いながら懐からむんずと革袋を取り出し、そこからなにかを握って差し出した。
「俺がもう一種類を持っているイ」
「わーお、俺たち運いいのかな? ふたりともありがとう!」
丸められた団子状の草を受け取ったボーザックが言うと、巨人族はそれぞれ満更でもなさそうに笑う。
「この状況がいいのか悪いのか……よくわかんねぇな」
「……虫は食べられません、グランさん」
「まあ薬らしいから我慢しとこうぜ。呑むのはファルーアだしな」
泣きそうな顔をして距離を置いているディティアにさらっと返し、グランはバンバンと拳を打ち合わせた。
「それで? その三つをどうすんだ?」
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薬はダダンッムルシの腹側を裂いて肝を取り出し、薬草二種類を細かくちぎったものと合わせて鍋ですり潰しながら混ぜ、団子にしたら完成……という、なんとも簡易的で生々しいやつだった。
それに使った鍋は当然俺たちのものだけど、ディティアが泣きそうだ。
「あとでちゃんと洗うからさ……ファルーアのためだろ?」
慰めにと声をかけたら彼女は悲鳴を上げて逃げてしまった。
あれ、おかしいな。また間違えたか?
首を傾げると――ボーザックが生温い笑顔で言った。
「ハルト……薬丸めた手で頭撫でたりしたらさすがに引かれるよ? せめて洗ってからにしてあげて……」
「いや、さすがにこの手で撫でないからな⁉」
遅くなりましたが昨日分ですー
よろしくお願いします。