魔物と巨人と④
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その轟くような怒鳴り声が聞こえたのは吊り橋だった。
山道を登りゆるりと弧を描いた道の先、突如開けた空間に見えたその橋は新しく設置されたものだろう。
足場に使われているのはまだそう汚れていない丈夫そうな木の板。縄を何重にも編み込んで作られ、ここからじゃ深さはわからない谷を跨ぐ橋。
本来なら息を呑む絶景……なんだけど。
それをぐわんぐわん揺らしながら、声の主たちはいがみ合っていたわけで。
「オメェの言い分は聞かねぇナ! 邪魔だ、退くんだナ!」
「オマエッこそ邪魔だ! いなくなっちまイ!」
『…………』
五感アップに引っかからなかったところを鑑みるに、彼らがいがみ合い出したのはまさに「いま」だ。
……巨人族。
橋が小さく感じる巨躯の二人組が両手を組み合っている。
昼飯を食っていない俺は空腹。それを意識してしまったからには……なんというかその光景にはイラッとした。
なんだよこの状況……。
「ふむ。これは困ったな、通れん」
「あんたその笑顔でなに言ってんだ……」
笑いながら腰に手を当てた〈爆風〉にグランが突っ込む。
「うーん、なんかふたりとも籠を背負ってるみたいだけど……細かいところまではわからないや。採取目的とかかな?」
ボーザックが意味もなく右手で庇を作ってぼやくとディティアが困ったように眉尻を下げた。
「なんにしても、あの場所で立ち往生するのはやめてもらわないとだね……」
その瞬間、再びキューと鳴いた彼女――正確にはその腹に視線が集まる。
「う、その! いまのはですね……」
真っ赤になるディティアに、グランは背負っていたファルーアをゆっくりと下ろした。
「……ここで食うか」
「賛成ー」
「そうだな、喧嘩もそのうち終わるだろ」
「よし。〈逆鱗〉、〈不屈〉、薪を拾ってこい」
応えた俺とボーザックに〈爆風〉が指示を飛ばす。
グランと〈爆風〉、それとディティアがいればファルーアが眠っていても守り切れるだろう。
「じゃあ、さっさと集めちゃおうハルト」
「おう。……五感アップ!」
俺とボーザックは目を合わせて頷き、歩き出した。
……そうして集めた薪に火を着けるのは、いつもならファルーアだ。
俺たちが戻るとファルーアは起きていたけど、かなり怠そうにしている。
「具合は?」
「……ちょっと血が足りないみたいだわ」
俺が聞くと左目だけを器用に開けてファルーアが応える。
「火は俺がやろう」
〈爆風〉はそう言うと火打ち石を取り出してあっという間に火を起こした。
「さすが伝説の〈爆〉。早いね!」
ボーザックが感心しながら彼の隣に座り、小さな枝をくべて火を大きくしていく。
いや、それ〈爆〉関係あるか?
俺は突っ込みを呑み込んで鍋に水と穀物を投入したディティアの隣に座った。
「入れるのは香草でいい?」
「あ……うん! ありがとうハルト君」
嬉しそうな顔で応える彼女に俺も笑みを返す。
よっぽど早く食いたいんだな。
そのあいだもグランは警戒してくれていて、巨人たちは怒鳴り合っている。
ギロギロ音も慣れたし、巨人族のでかい声にも案外慣れるものだ。
そんなわけで、俺たちは彼らをさっぱり無視して食事に舌鼓を打ち、ひと息ついた。
――んだけど。
「さすがに長ぇな」
グランが呟いた。
……そうなんだよな。
焚火を始末し、グランがファルーアを背負い、さあ出発……の予定が、吊り橋をぐわんぐわん揺らしながら巨人族はなおもいがみ合っていた。
「そうだな。あれって争ってる二部族なのかな?」
俺がぼやくと満腹らしいディティアが微笑んだ。
「長いだけの言い争いなら可愛いくらいだね。もう近くまで行って話してみようか」
「え……可愛いか……? 近くって……かなりぐわんぐわんしてるけど……?」
「俺、もうここから落ちるのは嫌だなぁ……」
そこでボーザックが心底嫌そうな顔をするけど……やっぱり皆が落とされたのってこの橋なんだな……。
「――落ちるのは……そうだね」
ディティアも眉を寄せたので、俺はその言葉に「ふー」と息を吐いて前に踏み出した。
「グラン、ちょっと大盾貸して」
「あ? 貸してって……お前なにを……」
「いくぞ、腕力アップ!」
俺は思い切り腕を振りかぶりグランの腹――というか大盾を双剣でぶっ叩いた。
――ちなみに怒られたくはないから剣は鞘に収めたままだけど、そこをグランが評価してくれるかはわからない。
『!』
巨人族たちはガァンッと響いた音に動きを止め、手を組み合ったままでこっちを見る。
俺は大きく手を振った、
「なあ! 悪いんだけど渡りたいんだ! あとさ、もしかしてこのへんの町に住んでいたりしないか?」
「わぁお。ハルト思い切ったね!」
ボーザックはカラカラ笑うけど…………うん。グランの目が冷たい。
俺は作り笑いを浮かべて肩を竦め、グランに言ってみた。
「……ほら、グランの大盾って硬さが自慢だろ? いい音が……痛ッ! い、痛いってグラン!」
「声張りゃいいだろうが!」
降ってきたのは拳骨……ではなく頭突きだ。
まあファルーアを背負っているから仕方ないけどさ……もう少し加減してくれよ。
「あ、ほら。巨人族のふたりがこっちに来ますよ!」
頭頂部を擦る俺を笑いながらディティアが声を上げたのはそのときで、彼らは我先にと互いの顔を押し合いながら走ってくる。
――いやいや、危ないんだけど……。
そう思った瞬間だった。
「ぬおぉ、危ねぇ――ナッ⁉」
「オマエッこそ危な――イ⁉」
轟くような大声を上げて。
それぞれ反対側へと傾いて。
巨人族が……足を踏み外した。
本日分です。
今週もよろしくお願いします!