魔物と巨人と③
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あとでみっちり磨くぞ、と爽やかに笑われた俺は肩を落として皆のところへと戻った。
「終わったのか? ……って、おいハルト、頬切ってるぞ」
「ああ、うん。とりあえず大丈夫……治しておくよ。『治癒活性』」
そういえば魔物が掠めたんだったな。
固まった血を拭ってバフをかけてグランに応えると、彼はふーっと息を吐き出して大盾を背負い直し、ファルーアの横に膝を突く。
「……そっちはどうだファルーア」
「……少し深くやられたわ。……まだ痛むけれど平気よ」
気丈にもそう言うファルーアだけど顔色は酷い。
ディティアが眉尻を下げて泣きそうな顔でグランを見上げると、彼はディティアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「大丈夫だ、心配すんなディティア。……仕方ねぇな、俺が背負うから少し我慢しろよファルーア」
「馬鹿言わないで……。大盾が使えないでしょう……また襲われたらどうするつもり?」
ファルーアは思い切り顔を顰める。
「…………それなら俺が背負うけど?」
俺が言うと、何故か〈爆風〉が苦笑し、ボーザックが大剣を背負い直して肩を竦めた。
「……なんだよ?」
聞き返すけどファルーアは右手で額を押さえ……ふぅー、と深いため息をこぼす。
「……あんたに背負われるのは……ちょっと抵抗があるのよ。ねえ、ティア?」
「ええっ⁉ え、その、時と場合じゃないかな……なんて……もう、ファルーア!」
「だからどういうこと……?」
「大人の事情よ。……仕方ないわね。グラン、お願いするわ」
「で、でも……ファルーアぁ……」
「ふふ、いいのよティア」
ディティアが困った顔で口を尖らせているけど――なんだよ、本当に。
俺が盛大に不満を顔に出していると……ぽんとボーザックが肩を叩いた。
「これがわかるようになったハルトを見たい気もするけど、見たくない気もするよ、俺ー」
「はぁ?」
「おい。お前ら、遊んでんじゃねぇよ、出発するぞ。夜までに巨人族の町まで行けりゃいいんだが……」
グランが言うので、俺はむっと唇を突き出してかぶりを振った。
「別に遊んでないけどさぁ……」
「な、なんかごめんねハルト君……」
なぜかディティアがしゅんと首を竦めるので、俺はグランがしたようにぐしゃぐしゃとその髪を撫でた。
「ひあ⁉」
「別にディティアのせいじゃないだろ。ま、ファルーアのために頑張るとするか。……五感アップ!」
熟れた果物みたいに顔を染めたディティアに言って俺は自分の治癒活性を消して次のバフを広げ、ファルーア以外にかける。
ちなみに自分だけは二重にしてあるんだけどな。
そのあいだにグランは大盾を体の前に持ってきてファルーアを背負う。
「先頭は俺が引き受けよう」
〈爆風〉がそう言ってくれて……俺たちは歩き出した。
ギロギロという謎の鳴き声はいまも聞こえているけど、すっかり慣れてしまって気にならない。
夜までに巨人族の町か……そういえば二部族間で争っているんだったな。
揉めごとに巻き込まれないといいけど。
そこまで考えて――俺は意識を切り替えた。
とりあえずいまは集中だ。
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昼を過ぎて少ししただろうか。
やっぱり結構な負荷がかかっていたらしいファルーアはグランの背で早々に意識を手放したままだ。
そういえば昼を食べていなかったなと気付いたのは、ディティアが――正確にはディティアの腹がキューと鳴いたからである。
神経を尖らせていた俺は無言で腹を擦った。
うん――腹減ったな――。
「…………飯食うか」
呟いたのはグランで、ディティアは俺の前でぎゅっと体を縮こめている。
ちらりと見えた耳が赤いのが可愛くて笑いを噛み殺したら、先頭で肩越しに振り返った〈爆風〉が笑った。
「はは。俺も腹が減った。いい合図だ〈疾風〉」
ディティアはその途端にぶんぶんと首を振った。
「ひ、酷いです……! いまのは不可抗力で……! そ、そんなに大きくは鳴らなかったと……」
「ぶはっ、はは! 鳴ったのは認めるんだな」
駄目だ、堪えきれない。
思わず笑ったらディティアは真っ赤な顔で振り返り頬を膨らませる。
「は、ハルト君まで!」
「いや、だってさ……あははっ、ディティアは本当に可愛いよな」
「…………!」
「うーん、俺、ハルトのそういうところは素直にすごいと思うよ……」
なぜか目を丸くしたディティアが息を呑み、ボーザックは呆れ半分といった様子でこぼす。
「よし、もうすぐ吊り橋のはずだ。そこで飯にするぞー。腹が減ってはなんとやらだしな。まあ、〈爆風〉はともかくハルトは仕方ねぇだろうよ」
グランがそう言うと……ディティアも頷いた。
「は、はい……」
「〈爆風〉、言われてるぞ」
「ははは。お前と違ってわざとだ、一緒にするな」
……なんだよ、わざとって?
寝落ちして投稿できてなかったです……
昨日分です、よろしくお願いします!