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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
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魔物と巨人と②

〈爆風のガイルディア〉は、ふっ、と小さく息を吐くと踏み切った。


 さっと視線を奔らせると彼は飛来する黒い塊を次々に迎撃している。


「どうやら群れる魔物らしい。奥からまだ来るぞ」


「わかった」


 俺はグランとボーザックの間にファルーアを横たえ、必死な顔で唇を引き結ぶディティアに傷口を押さえてもらった。


 ファルーアは真っ青になっているけど意識があって、目が合うと小さく頷いてくれる。


 大丈夫――治癒活性はちゃんと効いているはずだ。


 バフを三重にすることも考えたけど、まだ魔物がいるなら得策ではない。


 治癒活性を施した場所にまた攻撃されたりしたら――そう思うといまは動けなかった。


 皆の五感アップもそう。〈爆風〉やディティアはともかくとして、俺やグラン、ボーザックは気配を感じる必要があるだろう。


 俺は双剣を抜いて立ち上がり、目を閉じた。


 濃厚な気配が満ちる森のなか、拳大(こぶしだい)の気配たちを相手に吹き荒れる〈爆風〉が広範囲を守ってくれている。


 だけど数が多い。掻い潜った黒い魔物がグランの大盾にバチンとぶち当たって地面に落下した。


 俺はひっくり返ったそいつの腹に剣を突き立て、金属に似た光沢を持つ殻とナイフのような頭部を確認した。


 あの速さで……しかもこの頭部に刺されたなんて。


 ごめん、ファルーア。


 俺は大きく息を吸って吐き出し――覚悟を決めた。


「……五感アップ、速度アップ、速度アップ」


 五感アップの二重と速度アップの二重で四重。


 気配を感じることで回避の確率を上げたかったんだ。


 痛覚も強化されるため、それが諸刃の剣であることも当然わかっている。


 ――でもいま戦えるのは俺だけだから。


 気付いたグランが一瞬だけ眉を寄せ……ギリッと歯を鳴らした。


「俺とボーザックはここを守る――任せたぞハルト」


「ああ。任せろグラン! 俺にやれるかわからないけど……できるだけ早く片付ける!」


「そこは『俺が殲滅してやる』くらい言ってもいいんじゃないー?」


 俺はこんな状況でも戯けてみせるボーザックに思わず笑って、不安そうなディティアに頷いた。


「ファルーアを頼むな」


「……うん」


 さて……それじゃあやるとするか!


「よしっ! 〈爆風〉、手伝う!」


 俺は双剣を抜いて〈爆風〉の近くに駆け寄り、彼を真似て剣を振り下ろし――――盛大に空振った。


「――あ、あれっ?」


「〈逆鱗〉……威勢はいいがさすがにどうなんだ?」


 目敏(めざと)く見ていたらしい〈爆風〉に言われたけど……思ったより速いんだよ、この魔物。


「ならこうだ!」


 俺は剣を上から振り下ろして斬りつけるのではなく、向かってくる魔物の進行方向から横薙ぎに振り抜いた。


 ガギィッ……


「……っ、か、硬……」


「殻はかなりの硬度だが腹側は柔らかいようだ。羽根の隙間かそっちを狙え」


「ね、狙えって簡単に言うけど――ッ!」


 痺れる腕に顔を顰め、俺は迫る気配を察知してもう一度剣を振るう。


 再び鈍い衝撃が奔る。


 でも――こんなのそう何度も耐えられないぞ。


 そのとき、ぐるりと体を捻って立て続けに二匹を撃ち落とした〈爆風〉が言った。


「〈逆鱗〉、少し大きな気配を感じられるか?」


「はっ? 少し大きな気配?」


 余裕がないなかで応えると〈爆風〉はさらに飛来した一匹を右の黒い剣で斜め下から上へと突き通す。


「正確には二回り程度大きな奴がいる。少し奥だ」


「お、奥だ、って……ッ!」


 俺は次の一匹を弾き飛ばし双剣の柄を確かめてから必死で気配を探った。


 奥、奥……どこだよ奥って!


「んっ……あれ……か?」


 ビュンビュンと飛び回る魔物たちのなか――宙に留まって動いていないものがひとつある――気がする。


「動いていないならそれだ。魔物を統率している奴かもしれん、やれ」


「や、やれ⁉」


「『俺が殲滅してやる』んだろう?」


「いや、それ言ったのはボーザックだろ……ああもう」


 俺は膝を曲げ体勢を低くして地面を蹴った。


 俺ひとりじゃ飛来する魔物を捌ききれないから。


 あの場所から〈爆風〉が離れるのは危険――それは理解したつもりだ。


 茂みに踏み込み、木々を避けてガサガサと進む。低木や草があちこちを掠めて痛むけど――こんなの、ファルーアに比べればなんてことはない。


「肉体強化! 肉体強化ッ!」


 気配が近くなったところで俺は五感アップの二重に上書きし――双剣を思い切り振りかぶった。


 ――この茂みの向こう――そこだッ!


「うおおぉ――ッ! いけえぇぇ――ッ!」


 ゴウゥンッ!


 鈍く重たい音と衝撃。


 叩き落とした『それ』は下草の中で弾んだけど――まだだ!


 俺は咄嗟に飛び込むようにして左手で『それ』を掴み、地面に押しつけた。


 ギチギチと嫌な音がしたけど放すわけにはいかない。


 瞬間、ブゥンッと低い音を伴ってなにかが頬を掠めた。


 集まってひとつの生き物のように渦巻く気配が濃くなっていく。


 俺の周りに魔物が集まっているんだと気が付いて、焼けるような痛みを伴う頬とは反対にヒヤリと背中が冷たくなった。


「このッ……」


 俺は藻掻く『それ』と地面の隙間に剣を差し込み、一気にひっくり返して突き立てる。


 ――そのとき初めて気が付いた。


 剣のような角の内側にあるそいつの頭部は蛇を思わせる形で、大きく開けた口の内側には尖った牙がびっしり並んでいたんだ。


 こいつ――肉食なのか?


 ゾッとした瞬間、ざあっと音を立てて黒い魔物たちが散った。 


「……! 終わった……?」


「どうやらそうらしい」


 呟くと……いつの間にかすぐ隣に来ていた〈爆風〉が応える。


「ファルーアは?」


「毒がないとは言い切れないが意識はある。しかし傷が深かったはずだ。できれば治療はしておきたい」


「わかった……急ごう。五感アップ」


 ここからじゃ皆の姿は見えないけど〈爆風〉の様子からとりあえず大丈夫だと判断し、俺はバフを消して五感アップをかけ直してから立ち上がる。


 すると転がる魔物を見た〈爆風〉が『ふむ』と唸った。


「こいつが女王で残りは兵といったところか。この頭で獲物を狩って喰らうんだろう」


「こんな危険な魔物が出るなんてなにひとつ聞いてないけど……普通のことなのかな」


「さあな――だが警戒は続けるぞ〈逆鱗〉」


「うん」


 俺は頷いて双剣を収めようとして……顔をしかめた。


「げ……ベトベトだ……」



本日分です!

よろしくお願いします!

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