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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ 自由国家カサンドラ
630/845

魔物と巨人と①

******


 峡谷まではおよそ三週間程度。


 俺たちは街道を順調に進み、ときに気配を感じる遊びを堪能しながらようやく森へと入った。


 ファルーアはコツを掴んだようで〈爆風〉に触れる速度が桁違いになっている。


 どうやっているのか聞いたら「気配というより魔力の流れね」なんて……とんでもないことを言った。


 いやいや……それ『魔力感知』バフの存在意義を問われる気がしてならないんだけど。


 俺はといえば『気配を隠して〈爆風〉に触れる』ことに専念しつつボーザックに触られつつ、ほどよく夕飯当番をしている。


 なんとなく皆の気配を区別することもできてきた……はずだ。


 まあそんなわけで。


 この森を進むと山道に入り、やがて吊り橋に辿り着くことを俺は知っている。


『知識付与』によって見せてもらったからだ。


 ……俺と〈爆風〉で旅をしているあいだに皆がユーグルを探して通った道。


 考えてみたら災厄を起こした首謀者のひとりであるサーディアスが皆を落とした橋がそこかもしれない。


 まだ昼前の森は涼しくて気持ちがいいんだけど……鳥の声と一緒によくわからないギロギロという鳴き声がしていて、草原よりもこう――命の気配が濃い場所だ。


「もう少しで岩龍と巨人族か」


 俺が考えながら歩いていると、先頭を進むグランが口にする。


「巨人族とは話をするとして……岩龍ってやっぱ強いのかなー」


 ボーザックが言うと〈爆風〉が笑った。


「龍と言うくらいだからな。とはいえ被害が出ているのかどうかもわからん。戦うべきかの判断にはまだ早いだろう」


「賢くて優しい龍かもしれません!」


 俺は微笑むディティアに頷いて木々の先に消えていく道を見遣る。


「そうだな、どっちにしてもとりあえずの目的地は巨人族の町になりそうだ」


「ええ。……それにしてもこの森、こんなに騒がしかったかしら」


 そこでファルーアが同意してぐるりとあたりを見回す。


 あれ、ファルーアから見てもそうなのか?


 ――そう思うとギロギロという鳴き声が一際気になってくる。


 俺も一緒になって見回していると……ボーザックがうーんと唸った。


「もっと静かだったはずだよね。なんだろう、繁殖期とか……?」


「ふむ。いい線かもしれん。龍の影響も考えられる。魔物の様子も気に掛けておくか」


「えぇ……魔物も活発化していたら最悪だな――っと⁉」


 さらりと嫌なことを言う〈爆風〉に思わず眉をひそめた俺の前、拳大(こぶしだい)はあろうかという黒々と艶めく『なにか』が行き過ぎていく。


「うおっ⁉ なんだ、虫か?」


 どうやら同じような状況らしいグランの声に……〈爆風〉は俺の隣で頷いた。


「〈逆鱗〉、バフを解禁していいぞ。しばらくは遊んでいられないようだが……ここなら成果もあるだろう」


「ん? わかった。――『五感アップ』」


 俺は手を上げてバフを広げ……目を見開く。


 感じるのは色濃い気配たちで――小さいもの、大きいもの、様々だ。


 あまりに濃厚な生命(いのち)の鼓動。俺はぶわっと鳥肌が立つのを感じた。


「なんだこりゃ……」


「なんか……いつもよりはっきり感じる……?」


 グランとボーザックがこぼすけど……うん。


 前よりずっとわかるんだ。


 夜の警戒のときはそこまで感じなかったけど――草原だったからだろう。


「はは。目に見えて成果があったか? うん、いいだろう。次からは少し難易度を上げるぞ」


「難易度って……さらっと言ってくれるわね」


 ファルーアが呆れたようにこぼすけど、俺はちょっと嬉しくなってあちこちの気配を探った。


 ギロギロという謎の鳴き声が補強された聴覚を刺激する。


 ――しかし。


「ひゃああぁっ⁉」


 拳大(こぶしだい)くらいで矢のような速さの『気配』が通り過ぎた瞬間、俺の前にいたディティアが飛び退いた。


「おわあっ⁉」


 こっちに跳ねた彼女を思わず受け止めると、ディティアは背中を俺に預けたままこっちを見上げてエメラルドグリーンの瞳を(みは)る。


「――っ」


「あー。大丈夫か?」


 さっきの黒い虫らしき『なにか』だろうな。


 思い当たった俺がぽんと頭を撫でると……ディティアはぎゅっと身を縮めた。


「なんかでっかい虫みたいなのがいるね」


 ボーザックが大剣の柄に手を掛けて言うけど――瞬間。


 俺たちの右側から再び気配が迫り――


「……うッ」


 ――呻き声とともにファルーアの体が傾いだ。


「ファルーア……⁉」


 硬直していたディティアが咄嗟に手を伸ばした先、ファルーアが膝を突く。


「あ、あ……ファルーアッ!」


 弾かれたように駆け寄るディティアに、ファルーアが蒼い双眸を眇めながら首を振る。


 彼女は自らの腹から右手で『なにか』を引き剥がし、それを投げ捨てると同時に左手で握った杖――その結晶を光らせた。


「こ、おりな……さいッ……!」


 ビシィッ


 凍てつく空気に息が白く煙る。


『なにか』は白っぽく凍りついた状態で地面に落下した。


「……は、はぁ……は……あぁ、もう……ハルト……五感アップ、消し……て」


 荒く呼吸するファルーア。


 俺はその腹部から鮮血が滲んでいるのに気付き、はっと息を呑んだ。


「な……っ⁉ 治癒活性、治癒活性ッ! ファルーアッ」


 咄嗟に練り上げたバフで五感アップを上書きし、さらにもうひとつ重ねる。


 五感アップで痛覚も上がっているはずなんだ――それなのに、こんな……!


「おい! なんだ、なにが――」


「虫だ! 黒い虫みたいなのがファルーアを刺して……!」


 グランが焦ったように大盾を構え、ボーザックが大剣を抜いて体の前に構える。


 虫が一匹かどうかわからないのだ。


「ファルーア……あ、あ……血、血が……」


「大丈夫よティア……」


 治癒活性を施してもすぐに傷が塞がるわけじゃない。


 失った血も戻るわけじゃない。


 俺はファルーアの隣に膝を突いて取り乱しているディティアの肩に手を掛け、しっかりと目を合わせて頷いた。


「応急処置するぞ、手伝えるか?」


「……は、はいっ……」


 ディティアは懸命にもぎゅっと唇を噛んで頷く。


「グラン、ボーザック、警戒は任せた」


「ああ」


「うん。ファルーアをお願い」


 バックポーチから布と包帯を取り出した俺はディティアに手伝ってもらって傷口を服の上から布で押さえ、包帯で固定する。


 そのあいだに〈爆風〉は凍った虫が動かないのを確認し、双剣をシャアンッと鳴らした。


「――来るぞ。少し耐えていろ」



本日分です。

よろしくお願いします!

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